統合アプリ「サツセハット」が鍵を握るデジタルヘルスの将来 インドネシア

2023年3月2日 JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 斎藤 至

インドネシア保健省は2月20日、統合的な医療情報アプリケーション・サツセハット(SatuSehat)の導入を発表した 1。従前から進められてきた医療情報のデジタル化に関する同国の大きな一歩と位置付けられる。高度化・専門化が進むヘルスケア分野において、散逸する医療情報を統合し、医療従事者の負担も軽減しつつ、患者にとって最適な医療サービス提供へつなげていくことが期待される。

医療者・患者双方にとって最適な医療情報の提供へ期待が高まる(写真はイメージ)

インドネシアでは、最新の第4次国家中期開発計画(RPJMN)2020-2024 2にこそ明示していないが、保健省戦略計画2020-2024でヘルスケアシステム強化に際したデジタル化施策を計画している。ジョコ・ウィドド(Joko Widodo)大統領は2019年6月に「Satu Data initiative 3」(政府2019年規制第39号)を公表し、データガバナンスに関する方向性を示している。そこではデータの収集・管理に関する平準化、データの網羅性向上と統合化、データ解析の効率化と最適化、その一環としての人工知能(AI)の導入(ヘルスケアAIソリューションの提示)などが目標として掲げられている 4

サツセハットは元来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに対処する連絡先追跡アプリPeduliLindungiを拡張・移行する計画に沿って実現したプラットフォームであった。またインドネシアでは人口1万人当たりの医療従事者数がアジア・太平洋平均に比べて少なく、限られた人材で医療サービスの質を確保し、国民健康水準を改善することが課題に挙げられていた 5。ブディ・グナディ・サディキン(Budi Gunadi Sadikin)保健相が2月20日の会見で「健康データサービスの統合と標準化のプラットフォーム」と述べたように、サツセハットの導入で、患者は都度新たな書類への記入を必要とせずに他の医療機関へ移ることができる。また受診記録はデータ所有者の同意の下、デジタルシステムへ安全に保存されるため、患者は自身の健康状態に関して一層透明性の高い情報を得ることができる。このように、インドネシアで国民が享受する恩恵は遥かに向上すると期待される。

インドネシアDXオフィス(DTO)のセティアジ・セティアジ(Setiaji Setiaji)課長によれば、本プラットフォームは保健省の下で、技術、法的規制、システムセキュリティ、個人情報保護の各側面に充分な検討を重ねたうえで準備されてきた。まずは2022年末までに8,000の医療機関をサツセハットに統合し、現在は31の多様な医療機関が参加するベータテストで試用中であり、2023年末には全ての医療機関を統合するよう目指しているという 6

医療(臨床医学)のデータガバナンス整備は他の東南アジア諸国でも急速に進んでいる 7。シンガポールでは人口1人当たりの医療費が突出して高く、2014年に発表されたスマート・ネーション構想の一環で医療情報のデジタル化が先行した。マレーシアでも2017年に健康データ倉庫(Malaysian Health Data Warehouse)が立ち上げられ、電子カルテと連動して医療機関からのデータ集約が進められている。背景には、国民に医療アクセスを保障することにより健康寿命を延伸する、肥大する医療費がもたらす国家財政の悪化を抑制する、および医療現場の情報処理にかかる負担を抜本的に軽減し、対人的サービスの質を高めるといった目的がある。

日本でも内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)において「AIホスピタル」による高度診断・治療システムの設置計画が進む 8。技術の態様は異なるものの、「医療の質を保ちつつ現場の負担を軽減する」目的においては東南アジア諸国の動向と軌を一にする。東南アジア最大の2.7億人を擁するインドネシアで本格的に医療情報の統合が進めば、医療従事者・患者ともに負担や課題が軽減され、東南アジア地域におけるデジタルヘルスの好事例となることが期待されよう。

上へ戻る