デジタル化と個人化が現代の医療の中心となるにつれて、診断と治療は革新的なアプリとデバイスによって提供されることが増えてきている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、現在の多くの側面、特に医療セクターの形を変えた。パンデミック中に当局によって課された制限により、健康関連のリソースを求める患者の物理的な移動が制限されたため、デジタル化された医療の採用が急増し始めた。医療のデジタル化は時間、場所、アクセシビリティの制約をなくすだけでなく、専門家が提供する医療サービスと患者が健康を維持するために取る行動との責任のバランスの変化ももたらしている。
現在利用可能なデジタルヘルスツールの中でも、ソフトウェアとデジタルアプリケーションは、一般的な病気と複雑な病気の両方において今後大いに期待できるものである。デジタルヘルスの一部であるデジタル治療(DTx:Digital therapeutics)は、高品質のソフトウェアプログラムによってもたらされるエビデンスに基づく治療的介入であり、メンタルヘルスの問題を含むさまざまな病状の治療、管理または予防を支援することを目的としている。
個人化された正確で迅速なDTxは、治療の質と臨床転帰をどのように向上させるかという点で、従来の健康アプリケーションとは異なる。私たちは、人工知能(AI)の技術革新が進んでいるなかで、医療の提供方法をさらに変革する可能性があるいくつかの興味深いDTxベースのソフトウェア技術を調査している。
宇宙で最も複雑な構造は分かっている限り、私たちの耳の間にある人間の脳である。しかし、その多くは謎に包まれたままである。数百億の神経細胞とその間の接合部が百兆を超える人間の脳は、私たちが考え、感じ、環境と関わり合うことを可能にする電気化学的活性の源である。
シンガポールで開発された AIベースのDTx プラットフォーム は、ポータブルで省電力の Bluetooth 対応装着型脳波計(EEG)装置と一体化されており、患者の脳に入りこみ、その思考、感情、興味を見ることができる。装着型EEGに搭載された6つの特別に設計されたセンサーは、脳信号を検出するのに十分な感度を備えている。AI駆動のプラットフォームは、それらを集中やリラックスなどの一連の精神状態に変換し、それが患者の状態を知る上での有益な手掛かりとなる。
第三者の開発者は、その手掛かりを利用して、多種多様な患者のさまざまなメンタルヘルスの問題に対処するために、個々の状態に合わせたソリューションを考案できる。たとえば、この技術を使用して、ADHDの子供の注意力を向上させたり、重傷を負った患者の身体的な激しい痛みを脳が感じないようにさせたり、ストレスの多い人のリラクゼーションを促進したりすることができる。
若年世代は、上の世代に比べてストレスや不安を感じやすいことが研究で示されている。これらの人口集団のほとんどは、近いうちに世界経済のバックボーンを維持するための労働力となるため、その精神的健康と回復力を養っていくことが最も重要になる。
シンガポールには他にも、積極性と生産性を促進するためにユーザーに特定の活動を実行するよう促すプラグアンドプレイ・ソフトウェアの形で使用できる技術がある。AIコーチは、個人の非常に詳細な情報を用い、福祉科学に基づいて、感情と行動の背景的枠組みを中心にトレーニングされている。メンタルヘルスの「測定器」のようなDTxプラットフォームにより、ユーザーは自分の気分や認識状態を追跡して振り返ることができ、正確に適切なタイミングで厳選された治療を受けられる。
このような技術を職場に導入して、従業員にメンタルフィットネスのトレーニング活動に参加させ、仕事の満足度をさらに高め、コミュニケーションスキルを向上させることができる。さらに、AIプラットフォームは保険や医療のアプリに組み込むこともでき、ユーザーは自分のメンタルヘルスを管理できるようになり、保険会社は契約者の心の状態を把握できるようになる。
メンタルヘルスの問題を管理するには、多くの場合、患者がセラピストや医者から専門的な治療を受けるために奮起しなければならない。メンタルヘルスに対する悪いイメージは、患者がそうするのを妨げる重大な要因となっている可能性があり、それによって患者の状態が悪くなってしまうことが多い。
モバイルベースのデジタル心理療法アプリケーションなどの代替ソリューションは、医療従事者の不足に対処できると同時に、患者に援助を求める別の手段を提供することができる。臨床的に証明されたデジタルツールでは、頬に配置したスマートフォンのフォトプレチスモグラフ(photoplethysmogram)センサーを使用して、心拍数や心拍変動などの特定の生理学的パラメータ(有効なストレスのデジタルバイオ マーカー)を、客観的に測定できる。さらに、自らの顔を30秒間動画に撮れば、顔の微表情が検知され、測定材料になる。
ユーザーには、マインドフルネスに基づく瞑想、音楽療法に加え、元がん患者、新米の母親、脳損傷患者などの特定のユーザー向けの特別コンテンツなど、さまざまなストレス管理方法が提示される。デジタルバイオマーカーによって収集された集団レベルのデータセットを使用して、この技術はユーザーのストレスレベルを30%低下させ、多くの人の生活の質を改善するのに有効的であることが証明されている。
DTxは、さらに手掛かりを得るために脳の奥深くを探り、健康を促進する習慣を形作り、ストレスを管理するかどうかにかかわらず、公衆衛生と医療との橋渡しとなり、効果的な医療の利用を個人の日常生活の一部にしている。
(2023年3月7日公開)