【AsianScientist】花粉粒で術後の腹膜癒着に対処―ハイドロゲルフィルム開発 シンガポール

シンガポール工科大学(SIT)は地元の新興企業 Sporogenics と協力して、手術後の合併症を防ぐ特性を持つ花粉粒を使用したハイドロゲルフィルムを開発した。(2023年4月7日公開)

人間の腹部は、腹膜と呼ばれる薄い連続した膜の層で覆われている。腹膜で覆われていることで、臓器は動くときに、臓器同士や腹壁と骨盤壁との摩擦から保護されている。腹腔(臓器と腹壁・骨盤壁との間の空間)に少量の液体が含まれているため、摩擦が軽減される。

腹腔が損傷すると、臓器が互いにくっついたり、腹壁や骨盤壁にくっついて動きが制限されたりする可能性がある。腹膜癒着として知られるこの状態は、消化管手術による感染または外傷が原因である場合が多い。

研究の系統的レビューでは、腹膜癒着の発生率が66%と高いことが報告されている。これは腹膜癒着が一般的な手術後の合併症であることを示している。腹膜癒着は放っておくと、慢性疼痛、小腸閉塞 、不妊症などの深刻な状態につながる恐れがある。

シンガポール工科大学(SIT)の食品、化学、バイオテクノロジークラスターのCheow Wean Sin准教授は「腹膜癒着は病的状態やその他の合併症の主な原因であるため、対処することが重要である。腹膜癒着による再入院や治療の費用は度合いが増し、数年にわたって増加する可能性がある」と指摘する。

地元の新興企業Sporogenicsは、術後の癒着防止のニーズが満たされていないことを認識し、研究チームを率いるCheow 准教授と協力して、花粉ベースのハイドロゲルフィルムを開発した。Sporogenics は、MedTech Innovator Asia Pacific 2020コホートの20社のアクセラレーター企業の1つであり、自然由来の素材を使用した臨床ソリューションの開発を専門としている。

ハイドロゲルフィルムは、腹膜癒着を防ぐ膜障壁として機能し、癒着部位に治療薬を放出することを目的としている。ハイドロゲル フィルムは完全に生分解性で生体適合性があり、花粉粒、具体的に言うとヒマワリのスポロポレニンから作られている。

花粉粒は、植物の遺伝物質を含有するマイクロスケールの粒子である。その壁が過酷な環境に耐えられるように進化したため、花粉粒は自然の状態のままで、微生物の攻撃、長期にわたる乾燥状態、酸化的フリーラジカル、紫外線による損傷からの回復力が高い。

「花粉粒には、再生可能で大量に供給できることに加えて、薬のカプセル化や医療用途向けに非常に適したマイクロカプセルにできるという魅力的な特性がある。私たちのハイドロゲルフィルムは、非アレルギー性にするためにスポロポレニンからアレルゲン物質も除去されている」と Cheow 准教授は話す。

完全に生分解性で生体適合性のある花粉ベースのハイドロゲルフィルムは、腹膜癒着を防ぐ膜障壁として機能する

腹膜癒着の治療には医薬品が利用できるが、腹部に物理的障壁を挿入する方がその部位を直接標的にできるため、より効果的である。この手法は世界的に医療の主流治療となっているものの、現在市販されている癒着防止剤には欠点がある。

たとえば、広く使用されている防止剤の中には、使用前はもろく、破れやすいが、濡れた手術器具と接触すると粘着性になるものや、その構造が観血的処置で癒着を引き起こす微孔フィルムであることから婦人科手術などの非観血的処置に対してだけ使用が承認されているものがある。

「私たちは広範な研究を通じて、現在市場で提供されている癒着防止剤の課題を克服できる、堅牢な機械的特性を備えた柔軟なフィルムを開発した」と Cheow 准教授。

Cheow 准教授は「Sporogenics は、物理的な作用機序とアジュバント(補助剤)の生理活性メカニズムの両方を検証するために、ラットモデルに私たちの試作品を貼付した。手術から21日までの間、動物に細胞毒性や癒着は見られなかった。現在、私たちはより大規模な動物実験を進めている」と述べた。

動物実験では、試作品が現在の市場の主力製品よりも親水性、柔軟性および膨潤能力が高いことも実証されている。これらの有利なインビトロ特性は、ハイドロゲルフィルムが細菌の付着をより効果的に防ぐことができ、弾力性が高いことから手術で取り扱いし易く、液体をより速く吸収して凝固できることから内出血を最小限に抑えられることを示している。

スポロポレニンはもともと抗炎症性であるため、最初にハイドロゲル内に抗炎症薬をカプセル化する必要はない。さらに、ハイドロゲルフィルムは、市場の主力製品よりも分解が遅い。

この研究プロジェクトはSporogenicsが共同出資しており、業界と協力して初期段階の研究を支援するSITのIgnition Grant(振興補助金)からも資金提供を受けている。SITはシンガポールの応用学習大学として、企業との戦略的パートナーシップを通じて応用研究とイノベーションを重視している。

ハイドロゲルフィルムは腹膜癒着への対処を目的としているが、Cheow准教授は、その開発を推進する技術、生材料および研究が他の臨床用途に役立つ可能性があると考えている。Cheow准教授は考えられる応用分野として止血、軟組織の再生、化学療法の代替治療を挙げている。

動物実験はまだ進行中であるが、Sporogenics は2023年前半にハイドロゲルフィルムの臨床試験を開始した。試験が成功した場合、チームは2024年に規制当局の承認を申請し、2025年にハイドロゲルフィルムの商品化に向けて動き出す予定である。Sporogenicsのパートナーであり創設者でもあるNg Wei Beng 博士は、2026年までにハイドロゲルフィルムを世界市場に導入したいと考えている。

Ng博士は「海外にはより大きな市場があるため、地域市場で製品を登録する前に、米国とヨーロッパで規制当局の承認を取得することを目指している。最初に米国食品医薬品局(FDA)の承認とCEマークを取得することで、商用利用を促進できる」と話している。

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