2023年4月28日 JSTシンガポール事務所 馮偉誠(Max Fong)
4月15、16の両日に札幌市で開催された先進7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会議では、化石燃料の使用の廃止に向けた取り組みを強化することが合意された。ここでカーボンゼロに向けたシンガポールにおける取り組み例を紹介したい。
今年3月に開所した武田薬品工業のシンガポールの新しいビルは、「ポジティブ・エネルギー・ビル(消費電力量以上のエネルギーを生み出す建物)」をコンセプトとし、カーボンゼロに向けた技術があらゆるところに採用された。このビルは、BCA(Building and Construction Authority:シンガポール建築建設庁)の「グリーン・マーク・プラチナ・ポジティブ・エネルギー(Green Mark Platinum Positive Energy)賞」を受賞した。
今年3月に開所した武田のシンガポールのビル。「ポジティブ・エネルギー・ビル」をコンセプトとし、注目を集めている
(撮影:金子恵美JSTシンガポール事務所長)
武田は2008年からシンガポールでの事業を開始した。この新しいビルは、シンガポールにある全てのバイオ医薬品製造企業の中で、初めてポジティブ・エネルギーを達成した建物だ。グリーン・マーク・プラチナ・ポジティブ・エネルギー賞の対象になるには、多くの持続可能性に関するガイドラインに加え、建物のエネルギー消費量の115%に相当する再生可能なエネルギーを作らなければならない。2040年までにカーボンゼロを目指している武田にとって、この新しいビルは持続可能な環境に注力している証となる。
エネルギー・ポジティブなビルを実現するために、武田は最初にシンガポール特有の気候とエネルギーに関する研究を実施した。赤道直下に位置しているシンガポールは、高温多湿であるため、他国に比べて省エネ設計が難しいが、 研究の結果を考慮した、このような気候にふさわしい様々な技術が建物の設計に組み込まれた。
まず、建物が消費するエネルギーを作るために、太陽光を電気エネルギーに変換する太陽光発電パネルが使用されている。ビルの屋上に1600平方メートル程の面積で660 枚以上の太陽光発電パネルが配置され、月に30~40メガワット時の電気を作ることができる。これはビルの平均エネルギー消費量(月間)を約15%超え、グリーン・マーク・プラチナ・ポジティブ・エネルギー賞の要件を満たした。余った電気はビルの近くにある武田の工場に使われる。
次に再生可能なエネルギーを作るだけではなく、ビルのエネルギー使用を最適化するためにも様々な技術が採用された。例えば、このビルはエアコン、シーリングファン、ディフューザーなどで構成されるハイブリッドACシステムを通して空気循環を改善し、エネルギーを省く。しかし、シンガポールのような国では、建物のエネルギー消費量は暑い熱帯気候に強く関係している。武田のビルは放射冷却性能を持つフィルム技術の使用と、ビルのファサードを日射熱取得率が小さいように設計することも、エネルギー消費を削減できる大きな要因だ。
そして、建物のエネルギー使用をさらに最適化するために、プラグ負荷管理システムやインテリジェントなビルの管理システムなどの技術も導入された。プラグ負荷管理は、プリンターやウォーターサーバーなどのプラグで接続された電子機器のエネルギー消費を監視し、それに応じて電路を開閉できる技術で、インテリジェントなビルの管理システムは人がいるところにのみ電気をつけたりすることができるシステムだが、両方もエネルギーの節約につながる。
シンガポールでは武田以外にも、カーシェア事業会社「GetGo」が環境にやさしい電気自動車(EV)を導入した。また、チャンギ空港がエネルギー消費を25%削減するためにECモーターの空気調和機に換えたように、カーボンゼロに向けた取り組みが次々に実施されている。
そうした中、武田の新しいビルはエネルギーの技術の他にも、雨水貯留やグリーンコンクリートなどの持続可能な環境を守る技術も使われ、バイオ医薬品製造業界でも地球の保護に貢献できる点で注目されるだろう。