発酵は、食品の味を良くして長持ちさせるが、それだけでなく、世界で回復力と持続可能性の高い食料システムを構築する鍵となるかもしれない。(2023年6月28日公開)
キムチ、紅茶キノコ、ケフィアは世界中のさまざまな場所で作られており、健康上の利点が広く知られているおいしい発酵食品である。発酵は古くからの食品保存方法であり、多くの文化に根付いている。食品の保存期間を延ばし、栄養価を高めると同時に独特の風味を与える。
現在、発酵加工は食料安全保障とも密接につながり、他の方法では食べられない食品廃棄物を、代替たんぱく質のような栄養値が高く健康的な食料源に変えている。 人口の増加と資源の枯渇を背景として、より多くの人々を養い、世界の食料安全保障を強化する持続可能な方法として発酵に注目が集まっている。
発酵はバクテリアや菌類などといった微生物の混合物を使用して、栄養素のバイオアベイラビリティとたんぱく質の消化率を高める。このプロセスは多くの一般的な食品や成分の製造技術の代わりとなる。
代替たんぱく質を作り出すために使用する発酵には、従来の発酵、バイオマス発酵、および精密発酵という3つの種類がある。従来の発酵では、生きた微生物を使用して風味と食感を変え、食品のたんぱく質の性質を改善する。バイオマス発酵では、成長が速くたんぱく質含有量の高い微生物を使用して、バイオリアクターでたんぱく質バイオマスを生成する。従来の肉の生産にはとても長い時間がかかるが、微生物の増殖ならばわずか数時間で済む。精密発酵では、ゲノム編集技術「クリスパー(CRISPR)」などのさまざまな遺伝子工学技術によって遺伝子を改変し、「細胞工場」と化した微生物によって、特定の機能性成分の生産が行われる。
固体発酵と液中発酵という2つの異なる技術を使用して発酵を行うこともできる。固体発酵は、液中発酵に比べて水の消費量がはるかに少ない。前者は、汚染への暴露が少ないことに加えて、稼働コストとエネルギー要件が低くなる。一方、液中発酵は生産サイクルが短く、プロセスパラメーターのモニタリングを適切に行えるため、大規模生産に適した一貫した方法を行える。
2030年までに都市国家が必要とする栄養の30% を地元で生産するというシンガポールの『30by 30』計画に沿っていること、そして体によい食品に対する消費者の意識の高まりと相まって、発酵は食品の生産と消費の方法に革命を起こす重要な触媒となりうる。
大豆はほとんどのアジアの国々の主食となっている。アジアの食生活において重要な役割を果たしており、豆腐スープから揚げ豆腐に至るまで、多くのおいしい料理の主役である。大豆を加工すると、見落とされがちな副産物であるおからも生成される。シンガポールでは、毎日 30トン以上のおからが生産されるが、食品廃棄物として廃棄されるか、動物の飼料として使用されるかのいずれかである。おからは栄養分が豊富であるが、難消化性食物繊維が多く、口当たりが悪いため、人間の消費には向いていない。
シンガポールで、おからの繊維組成は変更されても、栄養価はそのままという費用対効果の高い発酵技術が開発された。この技術により、大豆廃棄物に由来する植物機能性成分をパンや大豆チーズなどといった他の食品に含めることができるため、消費者の味覚を満足させると同時に栄養と繊維の含有量を改善することができる。
健康的で多様な腸内細菌叢の形成を促し、病気に対する防御力を高めることは、発酵食品の特徴の一つである。シンガポールの研究者は、プロバイオティクス乳製品を含まないが生物活性特性を持つ飲料を取り入れた。この飲料は乳糖不耐症だが胃腸を丈夫にしたい人に最適である。発酵工程では、植物由来の原料から生物活性化合物が放出され、長期間の保存にも耐えることが証明されている効能の高いプロバイオティクスが出来上がる。
報告によると、食品の約3分の1が農場から食卓に届く間に廃棄される。だが、廃棄がなければ年間10億人以上の飢えた人々に食品を提供することができる。食品ロスに取り組む取り組みとして、シンガポールの研究者たちは、農業廃棄物を安全な食品に変換できる効率的で持続可能な方法を開発した。
セルロースが豊富な農業食品廃棄物が、栄養価の高い単細胞たんぱく質を大量生産する微生物を急速に成長させる原料として、バイオマス発酵システムに送り込まれる。製品にはたんぱく質、脂肪、炭水化物、および特定の必須アミノ酸が含まれ、人間や動物が摂取するのに理想的な代替たんぱく質の構成要素が出来上がる。
農業廃棄物のアップサイクルは、付加価値のあるたんぱく質を生み出すだけでなく、様々な流れに乗る産業廃棄物によってもたらされる無数の課題を解決し、関連する産業の循環経済への経路を最適化する。
発酵は、様々な栄養を含む食品を作るだけでなく、特定の目的に役立つ特定の成分を製造するためにも使用することができる。たとえば、菌類を使う精密発酵は次世代の持続可能な食用色素を生産するために使用されている。精密発酵で作られる色素は天然の色素よりも強い着色力を持つ。同じ着色効果を得るために必要な投与濃度が低いため、費用対効果が優れている。このプロセスは、食品着色料を合成する従来の方法よりも水と土地の使用量が少ないため、カーボン・フットプリントも少なくなる。
食品に魅力的な色を加えるだけではない。イスラエルを拠点とするある革新企業は、精密発酵を利用して、腐敗しやすい食品や飲料に効果的に働く、緑色の抗真菌剤および抗菌剤として機能するたんぱく質を製造している 。生分解性、無毒性、消化性に優れ、粉末の形態でも液体の形態でも使用できる汎用性の高いたんぱく質は、植物由来の代替肉の保存から、収穫後の作物のコーティング、果物や野菜の鮮度長期維持まで幅広い用途で使用されている。
環境にやさしく費用対効果の高い発酵は、人間の幸福、環境、食料安全保障にとって有益であり、これらはすべて、持続可能性の優れた未来を創造する上で最も重要である。この地域のイノベーターたちは、発酵の力を利用して、食の持続可能性に積極的な役割を果たそうと取り組んでいる。持続可能な食品技術やその他のイノベーションの詳細については、techscout@ipi-singapore.org までお問い合わせいただきたい。