2023年7月7日 JSTシンガポール事務所 馮偉誠(Max Fong)
アジアで最も大きなテックイベントの1つであるAsia Tech x Singapore (ATxSG) が6月6日から9日までシンガポールで開催された。その中のATxSummitでは、世界中の優れたイノベーターや政府のリーダーが現在のテクノロジーに関わる重要な課題について話し合い、自分の意見やアイデアを共有した。シンガポールのローレンス・ウォン副首相兼財務相、エストニアのカヤ・カラス首相、リトアニアのエグレ・マルケヴィチュテ経済・イノベーション省副大臣、そしてアメリカのマリサ・ラーゴ米商務次官を含め、合計2,500人以上の世界中の政府、企業、技術者の様々なリーダーが現地とオンラインでAT x Summitに参加した。
ChatGPTという生成AI(人工知能)を使ったチャットサービスが大きな注目を集める中、今回のパネルディスカッションでも生成AIが議論のテーマになった。生成AIは人間の役に立つ非常に有望な技術だが、人々や企業が生成AIに信頼を置き、安全に使用できるようにするためには、新しいテクノロジーに関する規制が必要となっている。テクノロジーは国境を超える影響をもたらすので、テクノロジーの悪用を防ぐためにはATxSGのようなイベントで世界中のリーダーが新しい技術の規制について話し合うのはとても重要なことだと思われる。
ATxSummitのパネルディスカッション
(撮影:金子恵美JSTシンガポール事務所長)
ATxSGの2日目にAI Verify Foundationの設立が発表された。これは、政府や企業のニーズに応えるAI Verifyの開発、そしてエシカルなAIの促進に取り組む国際的な共同ネットワークである。AI Verifyとは世界初の、実際にAIモデルを簡単に評価できる、公平性や説明可能性などをデーターサイエンティストでなくても理解できるようにするテストツールキットである。現在は40種類のAIモデルをサポートしているが、今後は更に様々な業界で使われているAIモデルもサポートする予定だ。
今回のイベントの参加者もAI Verify Foundationに招待されたが、共同ネットワークには既にIBM、Microsoft、Googleなどの巨大テック企業も含む60社が参加していることで注目されている。シンガポールでは以前に2019年にModel Artificial Intelligence Governance FrameworkというAIのガバナンスのフレームワークが策定されていたが、今回のAI Verify Foundationの設立はこういった動きを強化するものであり、今後の動きも注目されている。
一方で先に広島で開催されたG7サミットでも生成AIやその他の新しいテクノロジーが各国指導者の間で話題となった。各国政府は一般的に生成AIのような新しい技術の適切なガバナンスにおいて迅速に行動しなければならないと思われる。特に、AIによって生成された画像はプライバシーや著作権などに関連する様々な問題が生じるため、世界中の政府は生成AIの開発や利用に対する明確なルールを確立しようとしている。
日本の知的財産戦略本部は具体的な事例を調査してから、必要なルールを策定する予定だが、特に、AIによって生成された作品が著作物とみなされるかどうか、AIが生成したものが学習元の著作に似ている場合に著作権侵害になるか、あるいは機械学習において著作物の不当な利用とは何かという点が議論になっている。現在日本では、著作権者の利益を損なわない限り、機械学習において著作物の使用は制限されていないが実際にそれを判断することは簡単ではない。日本政府は、世界の状況の展開を注視しながら、日本の規則を策定するようだ。既にフレームワークが策定されネットワークも構築されているシンガポールの動きが参考となろう。