2023年7月20日
マレーシア科学アカデミーからの寄稿を以下に紹介する。
発展途上国のほとんどでは、科学・技術・イノベーション (STI) を活用して生産性と国内総生産(GDP)を向上させることが依然として課題となっている。経済を成長させるためにさまざまな取り組みが計画され、実施されているにもかかわらず、STIに関する取り組みのうち、かなりの数が経済ニーズを満たし、社会全体に便益をもたらすという方向に向かっていない。途上国の課題はマレーシアにも見られる。マレーシアは国の変革計画の中で、主にSTIを経済成長の原動力として利用して世界的競争力を得る取り組みを長年にわたり続けてきた。マレーシアは、生産に基づく現在の経済を変え、より大きな価値創造の機会を提供するには、STI が重要な手段であると考えている。
マレーシアの研究・開発・イノベーション・商業化経済 (RDICE) の状況は、他の発展途上国とは大きく異なる。マレーシアの研究者の79.92%(2018年)は高等教育機関 (HLI) に所属しており、起業家の97.4%(2021年)は零細中小企業 (MSME) に分類される。ほとんどの中小企業は研究開発に投資しておらず、より良質な雇用を生み出すことができない。2023年1月の時点で、マレーシアでは約5300社の新興企業が存在するという記録がある。ハイテク分野の新興企業の割合は不明である。
HLIと企業が連携して問題解決のために高度な研究開発を行うことはあまり見られない。そのため、固有の技術や製品を商品化することは依然として課題となっている。研究の優先分野が経済の優先分野と一致していないだけでなく、戦略的政策に方向性がなく矛盾があるため、研究・開発・イノベーション・商業化活動を通じて経済を活性化させようという長期集中投資はうまくいっていない。研究・開発・イノベーション活動のために数百万リンギットの支出をしても、イノベーション・キャズム(イノベーションが多くの人に受け入れられる前に存在する障壁)が長く横たわっているために、利益率は低いものとなっている。イノベーション・キャズムを解消する取り組みの一環として、10-10マレーシア科学・技術・イノベーション・経済 (MySTIE) フレームワークとともに、科学・技術・イノベーション国家政策2021-2030が発足した。
経済の発展において科学・技術・イノベーション (STI) の役割が不可欠であると同時に、その基本的な影響は社会の発展のために欠かせない。2020年、マレーシアは10-10マレーシア科学・技術・イノベーション・経済 (MySTIE) フレームワークを利用して、STIを経済に結び付ける新たなアプローチに着手した。これは、世界をリードする科学技術の強みを活用し、国の社会経済分野を強化することを目的としている(図1)。このフレームワークは、マレーシアの多様なエコシステム全体で経済的繁栄を共有すると同時に、経済の主要部門を知識集約型かつイノベーション主導型にすることを目的としている。
図1:10-10 MySTIEフレームワークは、5G/6G、センサー技術、4D/5Dプリンティング、先端材料、先進インテリジェントシステム、サイバーセキュリティと暗号化、拡張分析とデータディスカバリ、ブロックチェーン、ニューロ技術、バイオサイエンス技術という10の科学技術推進力と、エネルギー、ビジネスと金融サービス、文化・芸術・観光、医療とヘルスケア、スマート技術とシステム(次世代エンジニアリングと製造)、スマートシティと交通、水と食料、農業と林業、教育、環境と生物多様性という10の社会経済推進力を統合している
このフレームワークは、マレーシアの10の主要な社会経済推進力と、国の強みとニーズに沿った世界をリードする10の科学技術 (S&T) 推進力を統合するものである。10の社会経済推進力は、国家主要経済地域 (NKEA)、国家科学研究評議会 (NSRC) 優先分野などといったマレーシアの研究優先分野を分析し、また、複数の経済部門における産業エコシステムを分析することで特定された。10のS&T推進力は、95の新興技術(マレーシア科学アカデミーによる主要新興科学・工学・技術 (ESET) 研究を通じてあらかじめ特定されていた)をまとめ、さらに過去数年間にわたる一連の世界的研究、特許分析、技術予測を追加している。今日までの間に、このフレームワークはすべての関連省庁、企業、公立・民間機関が取り組みを計画し、実施するにあたり指針となるツールとして幅広く採用されている。
このフレームワークは、8クラスタ・コラボレーション・プラットフォームも導入している(図2)。8クラスタとは、連結者、生産者と製造業者、技術プロバイダー、金融プロバイダー、基準設定者と規制当局、サプライチェーンと物流プロバイダー、市場アクセスプロバイダー、能力構築支援者のことである。このプラットフォームは協働の精神を支えるものである。関係者間のマルチチャネル・コミュニケーションを可能にし、効果的な意思決定を促進する。このプラットフォームは、地域社会に総合性の高い解決策を提供しながら、研究を大きな成果につなげるために不可欠である。
図2:コラボレーション・プラットフォーム
10-10 MySTIE フレームワークに従い、30のマレーシアSTIEニッチ分野が以下4つの基準に基づき特定された(図3)。
図3:マレーシアの30のSITEニッチ分野
STIEのニッチ分野では、資源、投資、介入を融合させ、STIの適用を通じて国の主要な経済活動を変革できる。このフレームワークは、焦点、優先順位、体系化、協力、包括的、将来性という6つの要素を社会経済的幸福に対するSTIの影響を実現するメカニズムとしてまとめている。
図4:実装に向けての10-10 MySTIEフレームワークの6つの要素
10-10 MySTIEフレームワークを最大限に活用するために、科学技術イノベーション省 (MOSTI) は、人工知能(AI)、先端材料、ブロックチェーン、ナノテクノロジーなどといった主要な技術分野について17の政策とロードマップを策定している。エコシステムを強化する戦略と行動計画を提唱しているマレーシア科学アカデミーが開発した研究・開発・イノベーション・商業化・経済 (RDICE) ロードマップはそのうちの1つである。RDICE ロードマップには革新的な戦略が含まれ、オープンRDICEエコシステムを通じたイノベーション推進はその1つである。オープンRDICEエコシステムがあれば、市場のニーズに対応する解決策を探る際に協働しやすくなる。また、学際的技術を通じて、誰もが解決者またはソリューションプロバイダーになれる。RDICE ロードマップで提案されているもう 1 つの主要な戦略は、マリアナ・マッツカートのコンセプトを取り入れた、ミッション指向のアプローチである。
STIを変化の媒体として認識してはいるものの、経済成長と持続可能な開発を目的として現在の技術革命を最大限に活用するにあたり、マレーシアがミッション指向イノベーションへの取り組み方法を知ることは重要である。ミッション指向イノベーションはイノベーションの一種であり、イノベーションの必要性について明確な方向性と目的を持つ。 ミッションを通じて、社会が直面する主要な課題の解決に関する研究、イノベーション、投資が集中される。さらに、エコシステム全体の取り組みはミッションの達成に向けて調整される。
マリアナ・マッツカートのミッション・エコノミーに従えば、イノベーション政策は多くの場合、成果に焦点を当てており、特定の技術を支え、特定の新興企業を奨励することを目的としている。新しい考え方として、イノベーションは課題の解決に焦点を当てなければならないというものがある。問題解決を目的とした技術が開発され、時間の経過とともに、課題に対応するために一層多くの新興企業が成長する。マレーシアの細分化されたイノベーションエコシステムは、RDIC活動に重点を置いた政策と投資を可能にするミッション主導型のアプローチを必要とする。
10-10 MySTIEフレームワークの6つの要素に基づき、ミッション主導の課題は以下のアプローチを取る。
ミッション指向アプローチは、複数の分野と関係者に影響を与える問題に焦点を当てる。ミッションの理想像と目的は、志高く設定されるべきである。
ミッションは、利益率と社会経済的影響が最も大きい分野の研究とイノベーションを優先すべきである。優先順位をつけて的を絞った投資を行う。ミッション指向のイノベーションを優先して資金調達メカニズムを継続させることは、複雑ではあるが、RDIC活動の勢いを持続させ、定められた目標を達成する上で重要である。
ミッションはSTIと経済を結びつけることで戦略的方向性を示す手法であるが、体系的な発展を確保するためには、成果に焦点を当てた政策手段やイニシアティブも必要である。実施するプロジェクトの実現可能性を評価するために、統治機関、政策手段、主要関係者、資金提供といったエコシステムの構成要素を評価すべきである。
ミッションは戦略の焦点を提供するが、さまざまな個人、組織、機関、省庁がそれぞれの役割を効果的に果たすことが不可欠である。具体的な問題を解決するためには、すべての主な関係者が一緒になってエコシステム全体の協働を促進する必要がある。ミッションは、共同投資、リスクの共有、報酬の共有を重視した官民間のパートナーシップを構築すべきである。
ミッションはコミュニティのメンバーを巻き込み、大きな社会的課題の解決に関与・貢献させることで、RDIC活動への参加の包括性を高めることができる。地域固有のSTIEエコシステムを開発することで、地域の資源と才能を包括的に活用することを目指す。開発戦略は、地域のSTIEエコシステムの構成要素(8iエコシステム・イネーブラー)を整備し、地域社会の社会経済ニーズを満たすために継続的な強化を確保するものでなければならない。
RDICEエコシステムが変化に適応し、不確実性や変動に伴うリスクを軽減できるようにするためには、ミッション指向のプロジェクトを常に監視し、定期的に予測を行う必要がある。ミッションの達成は、次世代のためにより良い未来を創造し、繁栄を共有することも検討すべきである。
ミッションの進捗状況のモニタリングでは、適切な指標と枠組みを用いる必要がある。ミッションの達成には、RDICの活動のバリューチェーン全体を通じて、先見性のあるリーダーシップによる強力なガバナンスと制度の支援を受けながら、積極的に参加することが必要である。
マレーシアは、STI開発競争と社会経済開発を並行させるためには、技術と才能を同時に開発しなければならないと考えている。しかし、社会経済的発展は技術によってもたらされるものではなく、人々が技術を活用してもたらされるものである。科学・技術・イノベーション国家政策2021-2030を通じて、マレーシアは2030年までにハイテク国家になることを目指している。この政策の推進力のひとつは、地元の才能ある人々に力を与えることである。有能、機敏、かつ適応力のある人材は、強力なハイテク国家の中心的存在となるだろう。10-10 MySTIEは、この戦略目標を達成するための触媒としての役割を果たす。
最先端技術やディープ・テクノロジーを応用し、採用するマス・ビジネスを支える広範なイノベーション・モデルがあれば、ハイテク国家を発展させることができる。ディープ・テクノロジーは、高度で複雑かつ洗練された技術であり、科学的・工学的に重大な課題に対する解決策を提供する。ディープ・テクノロジーはまた、分野横断的で、複数の分野にまたがる破壊的技術でもある。マレーシアは、ディープ・テクノロジーに着手することが、長期的には大きな影響をもたらすと考えている。
2020年の世界経済フォーラムの調査によると、2025年までに求められるスキルセットには、批判的思考、分析的思考、ならびに能動的学習、ストレス耐性、および柔軟性を含む自己管理能力などが含まれる。さらに、人間と機械との相互依存が進むため、将来の労働力には環境の変化への適応力が求められる。別の面から見れば、とりわけデータ入力者、事務補助員、組み立て労働者、工場労働者などは、将来的に余剰人員となるだろう。データアナリスト、科学者、ビッグデータ専門家、AI機械学習専門家、サイバーセキュリティ専門家、その他需要の高い役割など、グローバルに台頭する職務に適応するためには、人材は技術的・デジタル的知識を備え、さらにその知識は適切な認知スキルや対人スキルで補完する必要がある。
国家シンクタンクであるマレーシア科学アカデミーは、10-10 MySTIEフレームワークに基づき、10の科学テクノジー推進力に関係する115のアプリケーション、派生技術、下位分野をリストアップした(図5)。このリストは、知識提供者、教育者、学生にとって、知識の発見や人材の計画・育成に役立つ。また、このリストは、奨学金スポンサーが研究分野を評価する際の指針ともなる。
図5:10の科学テクノジー推進力に関係する115のアプリケーション、派生技術、下位分野(マレーシア科学アカデミーによる)
経済格差に対処し持続可能な国家発展のための取り組みとして、マレーシアは様々な努力を通じてSTIの卓越性を達成するつもりである。ツールとしての10-10 MySTIEフレームワークに裏打ちされた戦略は、その設計により、マレーシアを知識集約型経済に転換できる体系的なアプローチを提供する。これにより、マレーシアのために確保された富の創造と社会の幸福に向かい、集中的かつ包括的な発展が可能になる。