シンガポール工科大学 (SIT)の研究者らは、応用研究と産業界の協力を通じて、食品、化学、バイオテクノロジーの主要分野における持続可能性と循環性の問題に取り組んでいる。 (2023年8月8日公開)
シンガポールは2021 年、持続可能な開発に向けて国家アジェンダとしてシンガポール・グリーン・プラン2030 を発表した。この計画は、緑地の増加、埋め立て廃棄物の削減、クリーンエネルギーへの移行、食品産業の現地生産能力の強化(現在、シンガポールは食料の90%以上を輸入している)など、政府が2030年までに達成を目指すさまざまな目標の概要を示すものである。
シンガポールの持続可能な開発の取り組みを支援しているのは、シンガポール工科大学 (SIT) の食品・化学・バイオテクノロジー (FCB) クラスターの研究者たちである。SITはカリキュラムの中で実生活を通じての学習と応用研究に重点を置いている。産学連携は SIT の精神であり、研究者と企業が協力してシンガポールの主要分野の問題に取り組んでいる。
FCBクラスターを率いるポール・シャラット (Paul Sharratt) 教授は「私たちは、目的主導型のトランスレーショナルリサーチに特化することで、研究主導型の伝統を持つ他の大学を補完します。 私たちの目的は、私たちの科学技術を通じて、主要分野の企業が技術を発展させ、革新し、能力を開発できるよう支援することです。私たちは信頼できるパートナーである企業と協力して分野の原動力を見定め、企業が目指す方向に向かうことを支援します。私たちの仕事は独自の価値をもたらすことです」と語る。
FCB クラスターは、食品、化学、バイオテクノロジー分野における持続可能性、プロセス効率、デジタル化の課題に取り組むことに焦点を当てている。チームの研究は学際的かつ集学的であり、業界パートナーのために特定のソリューションを開発し、全体が斬新なアプローチを生み出すことを目的としている。
企業は効率性の必要性を認識しており、あるいは変化を求める社会や政府の圧力を受けているため、持続可能性は重要な課題であり、興味の対象でもある。FCB のチームはこれら企業を支援するために、廃棄物からのたんぱく質回収の改善、原材料の代替となるものの調査、工程への循環経済モデルの導入など、さまざまな分野で専門知識を活用している。
「私たちは、緑豆などの植物原料や醸造所の使用済み穀物などの工程廃棄物からたんぱく質を回収する大規模なプロジェクトを進行中です。廃棄物を資源に変えることは私たちにとって重要なテーマです。 私たちは廃棄物バイオマスを化学物質への変換方法を研究する初期段階にあり、膜技術も検討しています。膜技術は廃棄物から材料を回収して再利用するので、エネルギー効率の高い分離装置という性質を持ちます」とシャラット教授は説明する。
SIT食品・化学・バイオテクノロジー・クラスターのポール・シャラット教授(左)とシメオン・ストヤノフ教授
チームのシメオン・ストヤノフ (Simeon Stoyanov) 教授もシャラット教授の意見と同じである。ストヤノフ教授は既存の材料の機能性と価値を最大化しようとしている。
「持続可能性と循環経済の原動力に注目すると、2 つのことがあるのが分かります。1 つは廃棄物の発生を減らすこと、もう 1 つは効率性と機能性を最適化することです。 同じ素材からさらに多くの製品を製造できるでしょうか? 逆に、材料の量が少なくても同じ数の製品を製造できるでしょうか?また、製品の質を高め、汎用性を高めるために、原材料の機能性を高めるにはどうすればよいでしょうか?」と ストヤノフ教授は問いかけた。
しかし、持続可能性を長期的に確実なものにするには、2つの要素を考慮する必要がある。まず、企業にとってコストが大きな制約となりえるため、経済的に実現可能な方法を取らなければならない。ストヤノフ教授によれば、提示されるソリューションはコスト的に妥当でなければならない。「常に明示的に語られているというわけではありませんが、持続可能性はまずビジネスの観点から意味をなすものでなければなりません。 企業も消費者も環境に対する意識が高まっていますが、小さな変更を加えるとコストが数倍になる工程にお金を払いたい人はいません。効率的でありながら費用対効果の高いソリューションが必要です」とストヤノフ教授は力強く話した。
次に、効果的な変更は多くの場合システム 全体を変えるものであり、企業が扱える範囲を超える。たとえば、エネルギー源である原油をバイオマスに置き換えることは、単純な 1 対 1 の置き換えではない。 バイオマスの処理にはインフラ、組み立て、手順が必要だが、規模はまったく異なる。切り替えを行うと、移行中にサプライチェーン全体が混乱したり、他の用途でバイオマスに依存している部門に影響を与えたりする可能性も出てくる。
「このような変更は大きな投資となりえますし、政府の介入を通じてリスクを回避するには、ある程度の検討と計画が必要です。なぜなら、プラグイン技術だけを検討すればいいというものではないからです。循環性はシステム全体で大きな課題であるため、この部分でどのように取り組むかについては慎重になる必要があります」とシャラット教授。
とはいえ、シャラット教授は、循環経済モデルは重要ではあるが、企業はそれを最終目標とすべきではなく、持続可能性の達成を最終目標とすべきであるとも指摘した。
シャラット教授は「物が枯渇し、生態系が破壊されるような急速な消費は避けるようにしなければなりません。 循環性は貴重な知恵をもたらし、会話のきっかけとして最適ですが、それ自体が目的になってはなりません。すべての過程を循環させることはできるでしょうか? おそらく、私たちは一歩下がって自問する必要があるでしょう。『この循環を作り出した場合、それは持続可能性に利益をもたらすのか?』そうでない場合は、他の方法を取ればよいのです」と付け加えた。
SITの研究者たちは、企業の環境負荷を減少させるために新しいソリューションを生み出している。大学はSporogenicsと協力して完全に生分解するハイドロゲルフィルムを開発した
その他、持続可能性に関してシステムとしてのアプローチを行うことは、教育にも及んでいる。SITでは、学部生も大学院生も、特に持続可能性に関する研究に熱心に取り組んでいる。また、産業界から多くの学生が参加し、自己啓発のため、あるいは仕事の一環としてコースを受講している。
ストヤノフ教授によると、即戦力となる卒業生が実社会の問題に取り組めるようにするためには、特に持続可能性の観点から、実生活を通じての学習を重視した学際的なアプローチが重要である。 持続可能性の問題は複雑であるため、ストヤノフ教授は、オープンイノベーションとコラボレーションの継続が影響力のある研究を牽引すると考えている。
「持続可能性とは、各専門分野における特定の課題に集約されます。異なる分野の多くの研究者と協力しながら課題に取り組み、全体像を見ようとすることは興味深いし、刺激になります。私たちが協力し合う方法を見つけることができれば、エネルギー効率や廃棄物効率の高いソリューションを生み出すことができるのです。持続可能性は、純粋な科学を超えた課題となっています」とストヤノフ教授は語った。