【AsianScientist】ヒトの「血中細菌叢」が反証される

シンガポールの研究者らは、包括的な研究を行い、健康なヒトの血液中には共通の微生物群集が存在するという誤りを見破った。この大発見は、輸血関連の敗血症を防ぐための重要な土台となる。 (2023年8月21日公開)

ヒトの腸や皮膚に存在する微生物は、ヒトの健康を作る上で重要な役割を果たしている。 しかし、ヒトの血流内に安定した微生物群集が存在しているという説は、長い間科学的議論の的であった。シンガポールの研究者チームは最近、「血中細菌叢(そう)」が存在しないことを確認したという研究を発表した。この研究はNature Microbiology誌に掲載された。

以前から、ヒトの血液は無菌であると信じられていた。だが、最近の研究では、健康なヒトの血液中に安定した微生物群集の存在が示唆され、この考えに疑問が投げかけられている。しかし、このような主張は、主に研究のサンプルサイズが小さかったことと汚染のチェックが不十分だったことから、依然として論議の的となっている。さらに注意すべきことだが、これらの検出された微生物は体の他の部分に由来するのか、人々に共通して見られる主要な微生物は存在するのか、ヒトの健康は微生物群集の構造と機能に関連しているのかどうか、これらのことは依然として不明であった。

シンガポール科学技術研究庁 (A*STAR)のゲノム研究所の科学者らは、こうした議論に終止符を打つために最大規模の集団研究を実施した。9,770人の健康な個人の血液DNA配列データを分析したのである。サンプルの取り扱い中と検査中に汚染が起こりえることから、研究者たちはフィルターセットを使用して、血液中の真の微生物シグナルを区別した。

A*STARのGIS上級研究員であり、本研究の共同監修著者である チャイア・ミンハオ (Chia Minghao) 氏は「私たちの研究室は、細菌叢分析と、配列データ内の汚染物質やアーチファクトの抑制に関して長い経験を持っています。研究室では、さまざまな菌類、細菌、ウイルスが体のさまざまな部位でどのように平和的に共存しているのか、そしてそれらがヒトの健康にどのように貢献しているのかについて研究を続けています」と語る。

チームは、健康なヒトの血液中に微生物が存在するのは稀であり規則性はなく、組織化された群集のエビデンスはないことを発見した。チームが検出した117種の微生物のうち、大部分は体の他の部位から移動してきたものであることが分かった。チームは微生物の DNA の特徴を分析する際に、活発な複製の兆候を示す一部の細菌も特定した。しかし、チームはこれらの微生物は血流に入る前に体の他の場所で複製している可能性が高いと述べた。これは、これらの一過性の微生物の存在が参加者の健康状態に悪影響を及ぼさなかったという事実と一致する。

論文の筆頭著者で、A*STARのGISのメタゲノム技術・微生物システム研究所の上級グループリーダー、さらにゲノムアーキテクチャのアソシエート・ディレクターであるニランジャン・ナガラジャン (Niranjan Nagarajan) 氏は、「微生物が血流に侵入して病気を引き起こす可能性については何十年も前から知られています。ヒトの血液中の細菌に関する最初の報告は 1969 年頃に遡ります。しかし、臨床の場では一般的に、血液は無菌であり、 たとえば、歯磨きなどの日常的な活動の中で細菌が一時的に体内に入り込むと考えられています。この数年間に、科学者たちは血液中の微生物群集の存在をほのめかし始め、その考えに異議を唱えてきました。 私たちの発見は、これらの最近の研究の主張を否定するものです」と話す。

この研究は「血液細菌叢」の概念に意義を唱える最も包括的な研究ではあるが、チームはまだ考えるべき余地があると述べた。一部の微生物種の中には、環境起源または非ヒト起源であると考えられるものもあった。それにもかかわらず、残留汚染の可能性を考慮しても、この研究では健康な人々に共通する細菌叢は見つからなかった。

この発見は、血流感染を研究する重要な基礎を確立し、献血における微生物検査を優れたものに改善するために特に重要である。そうすることで、輸血に関連した敗血症性ショックや死亡のリスクを最小限に抑えることができる可能性がある。

A*STARの GIS のエグゼクティブ・ディレクターであるパトリック・タン (Patrick Tan) 教授は、「これは、人間の血液中の微生物の特徴に関するこれまでの世界最大の分析です。ニランジャン・ナガラジャン博士のチームによるこれらの発見は、医療の中でより詳細な情報に基づいた意思決定に向け、重要な動きとなります」と話している。

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