2023年12月25日 JSTシンガポール事務所 馮偉誠(Max Fong)
12月6日に発表された「Oxford Insights Government AI Index」という、政府やテクノロジー業界、人工知能(AI)のインフラストラクチャなど様々な指標に基づいているランキングでは、シンガポールは世界2位にランクされ、既に世界トップレベルのAI研究拠点とされている。シンガポール政府はAIのポテンシャルを生かすために2019年に初めての国家AI戦略(NAIS)を策定し、ここ数年AIに関わるインフラストラクチャの整備やAI研究能力の向上に励んできた。そしてシンガポールのローレンス・ウォン副首相兼財務相は12月4日、この戦略の新しい改訂版「NAIS 2.0」を発表した。
新たな国家AI戦略は、2019年に策定した戦略と主に3つの違いがある。1つ目は、戦略の焦点が「プロジェクト」から「システム」に変わったことである。前の戦略では貨物の運送や国営サービスでの具体的な課題を解決するための5つの国家AIプロジェクトが中心になっていたが、NAIS 2.0では範囲を広げ、15の行動計画を通じてAIインフラストラクチャの改善やAI人材育成の取り組みを強化し、経済と社会全体にポジティブな影響をもたらすことを目指している。
2つ目の違いは、シンガポール政府のAI技術についての考え方である。以前はただAIをポテンシャルのある技術だと見ていたが、現在は国にとって必要不可欠な技術だと考えている。そのため、シンガポール政府はNAIS 2.0の一環としてAI人材育成のプログラムを大きくして数年でAI専門人材の人数を現時点の3倍、1万5,000人まで増やす予定だ。その他、より多くの企業がAIを導入するように従業員のスキルアップやAI導入の必要な整備までサポートすることも計画している。
新たな戦略の3つ目の違いは、国内のことに集中するだけでなく、グローバルなアプローチに切り替えることである。シンガポール政府は現在シンガポールが抱えている課題だけでなく、エネルギーやデータ、倫理などAIに関する複雑かつ世界的な課題の解決に貢献することも大切だと考えている。研究開発においても、グローバルなイノベーションネットワークに繋がることや世界中の優秀なAI研究の人材を引き寄せることも非常に重要なことだと確信している。そのため、これから世界トップレベルの研究者のAI研究者との関わりを深め、適切な人材を獲得や確保する専任のチームを設立することもNAIS 2.0の行動計画の1つである。
NAIS 2.0の目的はAI技術の開発と導入を推進することで社会へポジティブな影響を与えるという点で変わりはないが、シンガポール政府は改訂版の具体的な行動計画で世界トップレベルの地位を維持できるよう、AI研究開発の取り組みを強化するつもりでいることを改めて示していると思われる。
AIの活用事例としてNAIS 2.0の中で挙げられたAI技術の1つはシンガポール政府機関が開発したAI搭載型のチャットボット、「OneService AI Chatbot」である。これは国民が国内の建設や衛生、自然環境における様々な問題の報告を受けるためのサービスで、チャットの内容を分析して正しいカテゴリに分類し、重要な詳細だけピックアップして適切な政府機関に通知することができる。OneService AI ChatbotはChatGPTの公開より1年以上前、2021年7月に開始され、シンガポールで代表的なメッセージングアプリWhatsAppやTelegramなどでもチャットボットと話すことができるようになっている。
シンガポール政府はこのAI技術を開発した時、過去の国民からの実際の報告を16万件以上用い、AIの推論の精度を向上させたそうだ。チャットボットでAI技術を活用することでシンガポールの政府機関は分類の手間が省け、効率的に問題に対応できるだけでなく、国民も自分で調べて適切な政府機関にたどり着く必要がなくなり、どんな問題の報告でもワンストップのチャットボットを通じて簡単に政府機関を知らせることができる。