サステナブルDXへ先駆 シンガポール

2024年6月10日 斎藤 至(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

現代社会において、デジタルデータは教育から医療まであらゆるサービスの基盤となっている。世界が技術開発に鎬を削る一方で、その環境負荷を抑えた持続可能な利用、すなわちサステナブルDXが改めて注目されている。昨年には世界銀行が調査報告書を発表し、サステナブルDXにむけたデータセンターのあり方を、必要な構想や技術と共に明らかにした1。スマートネイションを国家構想として掲げるシンガポールは、アジア・太平洋のみならず世界に先駆けた取り組みを着実に進めてきた。ここでは近年の動向にも注目しながら、世界の流れに照らして今後を展望する。

データセンターは、肥大化する計算需要に対応しつつ環境負荷の低減も求められる
(写真はイメージ)

DXのサステナビリティとは何か

シンガポールはその政治的安定性や強固な通信インフラ、高度なセキュリティから、データセンター市場では東南アジア地域の60%を占める。主要国にとって当地の事業拠点となっており、今後5年間で6.8%成長すると予測されている2。同時に、データセンターを維持・運営するための冷却や配電による電力消費量も急増している。特に高温多湿な熱帯に立地することから、電力消費量の37%は冷却システムと換気システムに費やされると見積もられており、電力効率の高い冷却技術の開発が急務となっている。

図 データセンターの運用サイクルと環境持続性
世界銀行報告書をもとに筆者作成

世界銀行が2023年に発表した報告書では、気候変動に対するデータセンターの「適応」と「緩和」を運用サイクルに沿って6段階に分け、求められるサステナビリティを特定している(図)。人工知能(AI)の導入で計算量が膨大化し、増大する消費電力源の確保とともに3、発生する熱の冷却も課題である。私たちが日常の使用でも実感するように、コンピュータの歴史は熱との闘いとも言われており4、半導体を主材料とするCMOSトランジスタへ移行した今日もなお、深刻な課題となってきた。

シンガポールの取り組み

データセンターに限らず、シンガポール政府は都市に特有な熱の解消を国家課題と位置付けてきた。研究者たちはスマートネイション構想の立ち上がった2014年頃から、国家全体の3次元モデル化に共同で取り組み、効果的な都市計画に資する情報の可視化を試みてきた5。学際的なプロジェクトの立ち上げとともに、マサチューセッツ工科大学(MIT)やスイス連邦工科大学(ETH)など工学系の外国主要大学と連携して「クーリング・シンガポール」事業を立ち上げると、気候変動研究のために現実の都市空間環境をバーチャル空間に再現し「デジタル・アーバン・クライメート・ツイン(DUCT)」を実現した。更には、将来の気候変動分析の正確なシナリオを評価するために、このDUCTの活用を試みた6

2023年11月には、「持続可能な熱帯データセンターテストベッド(STDCT)」が、シンガポール国立大学(NUS)のデザイン・エンジニアリング学部内に設置された7。エネルギー消費・水消費・CO2排出量・電力効率について2024年半ばまでの削減目標を設定し、熱帯の利用環境に即応しつつ環境配慮を実現するべく研究を進めている。NUSと南洋理工大学(NTU)が国家研究基金(NRF)の資金援助を得て実施する本事業は、国の5カ年計画『リサーチ、イノベーション、企業2025年計画』8でも言及された、デジタル・イノベーションハブとしての同国の位置付けを強化するものである。2018年9月には、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)事業大手企業のメタ(旧フェイスブック)が新しいデータセンターをシンガポールに設置することを既に発表しており、各国で実装にむけた研究開発競争が進んでいるとみられる。

地形や景観・建築物・交通網・人口統計がプロットされた「バーチャル・シンガポール」
(写真はイメージ)

「グリーンなデータセンター」の将来構想に期待

2024年5月30~31日にシンガポールで開かれたAT×SGサミットでは、ヘン・スイキャット(Heng Swee Keat)副首相が登壇し、『グリーンなデータセンターのための計画表』を発表した9。その要点はコンピュータのソフト・ハード両面における「エネルギー効率性」と、電力源に再生可能エネルギーを導入する「グリーンエネルギー利用」から成る。ヘン・スイキャット副首相は同時に、量子科学技術への重点投資、生成AIガバナンスフレームワークの最終版を発表した。いずれもデジタルデータ駆動型の科学技術という点で、データセンターの持続可能性と密接に関わる。

電気化学分野の基礎研究では、電解液の流れを利用して電力を送る技術の開発も進められるが、まずは苛酷な気候条件に対応した冷却システムの高度化が当座の目標と考えられる。データセンターの整備を後押しに、シンガポールが今後、世界屈指の通商ハブ、そしてアジア・太平洋を牽引する科学技術イノベーションハブとしてどう成長するのか、引き続き注視したい。

上へ戻る