【AsianScientist】食料確保に向けて、耐熱性作物開発への取り組み

気温が上昇し、干ばつの期間が長引く中、東南アジアの農業研究者たちは、この地域の食糧供給を確保するために耐熱性作物の開発に取り組んでいる。(2024年7月3日公開)

2023年6月8日、米国海洋大気庁の研究者たちはエルニーニョ現象の到来を公式に宣言した。これは世界中の政府、農業従事者、農業研究者にとって、これからの暑い年に備えるよう促す合図となる。

東南アジアでは毎年、4月から6月が最も暑い季節となるのが普通である。その後モンスーンが雨をもたらし、暑さが和らぐ。しかし2023年には、エルニーニョ現象のため夏季に記録的な高温となったため、この地域の食糧生産に影響を与えるのではないかと懸念されている。例えば、タイ農業協同組合省は、2023年から24年の収穫期にタイの米生産が最大6%減少するかもしれないと予測している。タイはアジアにおける米の主要輸出国の一つである。

前回のエルニーニョ現象が起こったのは2015年であった。その時、フィリピンの州の85%が深刻な干ばつに見舞われた。フィリピン農業省は、2016年3月までに、2億1,700万米ドル相当の作物が熱により被害を受けたと推定している。

多くの主要作物は暑さに耐えられるように改良されてきたが、猛暑や干ばつには適応できないことが多く、収穫量の低下や、時には凶作につながることもある。

東南アジアの研究者たちは、全般的な気温の上昇や特にエルニーニョのような現象が農業に与える影響を意識しながら耐熱性作物の開発に取り組んでいる。また、地元の政策立案者や農業従事者に対し最善の農業手法に関する助言を行い、世界人口の8.5%を占める東南アジアの人々の食糧を確保しようとしている。

米がなければ食事ではない

東南アジアの多くの文化では、米のない食事は完全な食事ではない。そのため、この地域で消費されるカロリーのほとんどが主食である米によるものであり、国によっては75%以上を占めるのも不思議ではない。

しかし、米は特に猛暑に弱い。2015年には、エルニーニョ現象により、東南アジアだけで米の生産量が1,500万トン減少した。国連食糧農業機関によると、この損失は世界の米の価格を16%上昇させる一因となった。

世界中に600を超える研究開発パートナーを擁するフィリピンの国際稲研究所 (IRRI) は、丈夫な品種を開発し、この地域の食糧安全保障を確保しようと、最前線で稲の研究を行っている。IRRIが米国科学アカデミー紀要に発表した研究は稲作の収穫量が暑さにどれほど敏感であるかを正確に報告し、注目を集めた。

研究者たちは24年間にわたりフィリピンの気温の傾向と米の収穫量の関係を調査し、生育期の最低気温が1度上昇するごとに米の収穫量が10パーセント減少することを発見した。

IRRIが耐熱性を持つ米を作るために採用した技術のうち、注目すべきははゲノム編集である。この技術では、科学者は植物のDNAを直接改変して望ましい形質を導入する。ゲノム編集を使用すれば従来の育種を補完できるので、迅速かつ費用対効果の高い技術でもある。

IRRIのイネ遺伝子設計・検証部門の責任者であるイネス・スラメット・ロディン (Inez Slamet- Loedin) 氏は、Asian Scientist Magazine誌のインタビューで「編集では、既存の変異を模倣して、特定の形質や対立遺伝子を人気品種に直接導入することができます」と、説明した。「交配に数世代かかる従来の育種と比べると、ゲノム編集で必要とする時間はわずか3分の1です」

次のステップは、稲に遺伝子組み換えを導入するのに適切な成長段階を判断することである。稲の成長段階は、3つに大別できる。発芽と苗の成長に関係する栄養成長段階。草丈の成長、穂ばらみ、穂出し、開花を特徴とする生殖成長段階。そして収穫前に植物が成熟する成熟段階である。これらのうち、生殖成長期は高温に最も敏感である。現在、研究者たちはこの段階をゲノム編集の対象とし、耐熱性を高める取り組みを進めている。

「現時点では、耐熱性に関連する遺伝子が約97個特定されており、そのうち23個がクローン化されています」とスラメット・ロディン氏は述べ、耐熱性に関する遺伝子編集研究が現在IRRIで進行中であると付け加えた。

試験場

現在、研究が進んでいるが、新しい耐熱性米の品種が市場に出るまでには数年かかると考えられる。IRRIの米育種バイオ強化担当の上級科学者であるB.P. マリカルジュナ・スワミ(B.P. Mallikarjuna Swamy) 氏は、Asian Scientist Magazine誌に対し、「その間、農業従事者は地元の気象局の天気予報にもっと注意を払い、それに応じて作物を選ぶべきだ」と述べた。

例えば、農業従事者はNagina22 (N22) など、すでに市場に出回っている耐熱性を持つ米品種を植えたり、熱に弱い生殖期が1年で最も暑い月と重ならないように植え付け時期を調整したりすることができる。「これは、暑さが始まる前の作物の収穫、あるいは重要な段階で熱ストレス回避を可能にする植え付けを意味します」とスワミ氏は述べた。

科学者たちは、米だけでなく、マメ科植物など他種の植物の耐熱性を向上させる研究も行っている。インドのパンジャブ大学植物学部のハーシュ・ネイヤー (Harsh Nayyar) 教授は、ヒヨコマメ、緑豆、ウルド豆の耐熱性遺伝子型を特定することに成功した。ネイヤー教授はAsian Scientist Magazine誌のインタビューで、「これらの耐熱性遺伝子型は、熱ストレス条件下であっても、生殖機能の安定性が向上していることが分かりました」と語った。

耐熱性遺伝子型は、非耐熱性遺伝子型に比べてクロロフィル保持率が高く、酸化ダメージが少なく、根粒形成が増加している。これらはすべて、耐熱性に役立つ優れた細胞機能を示すものである。

アジアで猛暑に対する耐性を高める研究が行われているもう一つの主要作物として、小麦が挙げられる。2015年にNature Climate Change誌に発表された研究によると、気温が1度上昇するごとに小麦の収穫量は約6%減少する。ニューデリーに所在するボーローグ南アジア研究所の研究者たちは、メキシコに本部を置く国際トウモロコシ・小麦改良センターと協力し、開発した3,322種類の新しい小麦品種がインドの温暖な気温に耐えられるかどうかを試験した。研究チームは、気温が高くなる生育期(10月)の早い時期にこれらの品種を作付けし、最も優れた品種は標準的な品種よりも1ヘクタール当たり約2トン多く収穫できることを発見した。この研究は2021年にGenes誌に発表された。

今後、農業への熱負荷を軽減するのに役立つのは、研究室で開発された品種だけではない。農業従事者が手頃な価格のエネルギーや灌漑システムなどの資源を利用して、作物を持続的に栽培できるようにするには政府と地方自治体も協力する必要がある。例えば、水不足があれば、猛暑が水田に与える影響をさらに悪化させる可能性がある。同様に、新たに開発された耐熱性品種が農業従事者の手に早く届くよう、政府が効率的に承認できる円滑な行政システムも構築する必要がある。

スラメット・ロディン氏は「新しい品種を開発する際には、国や地域のパートナーと協力し、地域の状況に適した作物をできるだけ早く利用者に送り、地域のニーズを満たすようにすることが非常に重要です」と述べた。

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