シンガポール工科大学の研究者たちは、脳卒中生還者、介護者、臨床医の協力を得て、ゲームや教育コンテンツを使い脳卒中に関する情報を提供する総合的なモバイルアプリを開発した。(2025年5月29日公開)
シンガポール脳卒中レジストリによると、2022年の脳卒中発症件数は9702件で、2012年の報告数から52.4%増加した。同時に、年齢調整死亡率は10万人あたり18.5人から14.2人に低下した。つまり、脳卒中は依然として大きな懸念事項ではあるものの、患者が脳卒中から生還する可能性は高まっていることになる。
多くの脳卒中生還者にとって、回復への道のりは厳しい。運動機能の低下、言語能力や運動能力の困難、さらには記憶力の低下など、脳卒中後の生還者に合併症が現れることもある。回復の過程も生還者ごとに異なる。数日で回復する者もいれば、何年も脳卒中のリハビリテーションが必要な者もいる。回復を妨げる大きな課題の一つは、患者が脳卒中後の管理に関する十分な知識を持っていないことである。
シンガポール工科大学 (SIT) 健康・社会科学群のエレイン・シオウ (Elaine Siow) 准教授は「三次医療施設は多忙であり、患者教育は必ずしも最優先事項ではありません。多くの患者と非専門職介護者は、病状や自宅での管理法について、必ずしも明確に理解していません」と語る。
エレイン・シオウ准教授は、ヘルスリテラシーとその推進、慢性疾患の管理とリハビリテーション、治療の改善のために調査を行っている
この医療情報格差の存在に気がついたシオウ准教授は、脳卒中患者への情報・資料提供方法を改善しようと考えた。現在、地域病院における患者教育は、小冊子やパンフレットを使って行われている。シオウ准教授は、学習にゲームを取り入れれば、患者は自身での管理についての知識と自信を高めることができるかもしれないと考えた。
研究チームを率いるシオウ准教授は、シンガポールのAng Mo Kio-Thye Hua Kwan病院の脳卒中治療チームと協力し、患者とその介護者に脳卒中後の基礎教育とセルフケア方法を教えるスマートフォンアプリを開発した。このアプリには、学習教材、毎日の気分チェック、そして患者の認知能力と服薬遵守の向上に役立つゲームが含まれている。
このアプリは脳卒中患者とその介護者が楽しく情報を得ることのできる様々なゲームを搭載している。スクリーンショットは「マッチングペア」ゲームのもの
このアプリのユニークな点は、その設計にある。
「アプリ開発の初期段階では、患者、介護者、臨床医、作業療法士、理学療法士、そしてアプリベンダーが参加して設計するアプローチを採用しました。各関係者がアプリの内容やデザインについてアイデアを出しました。その後、プロトタイプを試してもらい、フィードバックを収集しました」とシオウ准教授は語る。アプリのプロトタイプを開発した後、二段階に分けて研究が進められた。
第一段階では、研究チームは脳卒中患者と介護者を対象に定性的探索インタビューを実施した。この段階の目的は、参加者が認識するニーズを把握し、参加者のアプリ使用経験を評価することであった。第二段階ではパイロット試験を行い、地域病院の中でのアプリの実現可能性を評価した。
全体として、シオウ准教授は、研究に参加した脳卒中患者と非専門職介護者の両方から、アプリに関する肯定的なフィードバックを得ることができた。参加者の中には、アプリ使用後に脳卒中後の管理に関する知識で自己効力感と自己管理能力のスコアが向上した者もいた。さらに、シオウ准教授は、地域内の様々なニーズについてさらに詳しく知ることができた。
シオウ准教授は「脳卒中生還者と介護者は、求める情報の種類が異なることがわかりました。脳卒中生還者は自身の健康と幸福に関する話題を好む傾向があるのに対し、介護者が求めるのは地域社会の情報とサービス、そして介護者としての役割に対処できる自己管理能力なのです」と述べた。「脳卒中生還者はまた、愛する人々と強い絆を維持する必要性を感じています。その愛する人々が最終的に介護者となることも少なくありません」
アプリの教育内容はモジュラー形式で整理され、自己チェック式調査からトリビアクイズ、動画シナリオに至るまでさまざまな形で利用できる
シオウ准教授は自身の研究はよい影響を与えると考えており、アプリを一般公開する前に資金を確保し、改良を続けたいと願っている。また、複数の言語でアプリのコンテンツを作成し、異なる回復段階にいる患者に合わせてコンテンツをカスタマイズし、アプリの利用範囲を慢性腎臓病など他の健康問題を抱える患者にも広げたいと考えている。
シオウ准教授は「最終的には、患者と介護者が回復過程の一部としてこのアプリを使用してくれることを願っています。このアプリは既存の治療を補完し、退院後には、自宅でのリハビリで役に立つでしょう」と語る。現在、シオウ准教授は、地域病院におけるテクノロジーの導入を検討する別の研究プロジェクトを率いている。
シオウ准教授は整形外科看護師の資格を持ち、患者ケアと病院の役割についての知識がある。彼女は、脳卒中患者に関しては、看護師は患者が病状を管理する支援を行い、患者が自ら回復していくよう促すという大きな役割を果たしていると考える。しかし、病院は忙しいため、この役割は二の次になってしまう。これが、シオウ准教授が電子医療 (eHealth) を研究し、患者中心のテクノロジー主導型ソリューションを作り出すきっかけとなった。
シオウ准教授は最後に次のように語った。「テクノロジー、ゲーム要素の導入、そして人工知能は、医療の分野で一般的になってきています。特に看護師などが不足している場合、テクノロジーを試し、活用して働き方を補完し、改善する方法は数多くあります。私の見解では、テクノロジーは看護師が患者の回復を支援する上で、補完的役割を果たしています」