【AsianScientist】 腸幹細胞のコミュニケーション、神経伝達に似た仕組み

テロサイトは微細な突起を伸ばして腸管幹細胞に信号を伝える。(2025年10月17日公開)

デューク・シンガポール国立大学医学部(Duke-NUS)と南洋理工大学の研究者たちは、多細胞生物にとって不可欠なシグナル伝達タンパク質の一種であるWntの動態を明らかにした。Wntがタイミングよく特異的に標的細胞に届かないと、がんなどの疾患の発生を引き起こすことがある。

特に成人の場合、腸管を中心として細胞が常に再生されている。幹細胞はそこで近くの支持細胞から放出されるWntに依存して腸管内層へと分化する。Wntは撥水性と粘着性を持つため、必要な時に幹細胞に到達する仕組みは謎に包まれていた。

シンガポールの研究チームは、テロサイトについて詳しく調べ、最近、Developmental Cell誌に論文を発表した。テロサイトとはWntを供給すると考えられている支持細胞で、腸上皮の下に畳み込まれた細長い突起という興味深い特徴がある。チームの発見は、腸が維持修復する方法に関する我々の理解を覆すものであった。

Duke-NUSでがん幹細胞生物学プログラムのディレクターを務め、本研究論文の共著者であるデイビッド・ヴィシュナップ(David Vishnup)教授は「Wntシグナルは単に組織内を漂っているだけではないことを発見しました。Wntシグナルは、特殊な細胞、すなわちテロサイトによって、驚くほどの精度でニッチ細胞から幹細胞へと伝達されています。これは、腸における細胞間コミュニケーションに対する私たちの考え方を一変させるものです」と語る。

チームは実験室でテロサイトと腸オルガノイド(シャーレ内で培養したミニチュア腸)を共培養し、高解像度の蛍光顕微鏡と電子顕微鏡を用いて画像化した。テロサイトは長いテロサイト突起を伸ばし、さらに細い糸状仮足へと分岐してオルガノイドを包み込み、各幹細胞に接触した。Wntシグナルは小胞に詰め込まれ、これらの突起に沿って輸送され、接触点で直接分泌されていた。

チームは、Wntを充填した小胞を運ぶ内部の「軌道」と、テロサイトと幹細胞の接合部が、ニューロンがシナプスで信号を伝達する様子に似ていることに気づいた。確かに、テロサイトはLiprin-α2とKANK1を運んでいた。これらは枝状の構造を支える神経タンパク質であり、標的部位に誘導された輸送小胞が放出されるための接合部位を形成する。Liprin-α2とKANK1を除去すると、テロサイトが形成する糸状仮足は少なくなり、Wnt輸送機構は働かなくなり、オルガノイドの成長は停滞した。

Duke-NUSがん幹細胞生物学プログラムの主任研究者であり、本研究を率いたゲディミナス・グレイシウス (Gediminas Greicius) 助教授は「基礎的なことを詳しく調べると、革新的な発見をすることがあります」と、述べた。 「この標的シグナル伝達システムは、これまで気づかれることはありませんでしたが、今回それが明らかになったことで、腸内幹細胞の生物学的理解が一変しました」

このチームの発見は、炎症性腸疾患 (IBD) や大腸がんなど、異常なWntシグナル伝達によって引き起こされる疾患の治療法開発に向けた新たな方向性を示す可能性も秘める。

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