【AsianScientist】 デング熱が免疫系をリプログラミングする仕組み

デング熱感染は免疫系の基準状態をリプログラミングし、ワクチンへの反応を高める一方で、リスクも高める可能性を持つ。(2025年11月5日公開)

デング熱は、ネッタイシマカによって媒介される高流行性ウイルス性疾患であり、発熱や発疹から、生命を脅かす出血や臓器不全まで多岐にわたる症状を見せる。さらに悪いことに、このウイルスには4つの異なるタイプ、つまり血清型が存在するため、生涯で最大4回感染する可能性がある。

ワクチンは存在するが、それは既にデング熱に罹患した人を守るものである。それでも、研究者たちは、なぜ2回のワクチン接種が1回の自然感染で得られる免疫力に及ばないのか、疑問を抱いている。

デューク・シンガポール国立大学医学部 (Duke-NUS) の研究者と外国の研究者から成り立つチームは、デング熱感染に対する体の自然な反応とワクチン接種が生み出す免疫力の間に根本的な違いがあることを明らかにした。Med誌に発表した研究論文の中で、チームは、デング熱感染は単に免疫反応を引き起こして消失するだけでなく、免疫系をリプログラミングして永続的な遺伝子痕跡を残すと述べている。そして、この効果はワクチン接種では発生しないことが分かった。

チームは調査を行うにあたり、米国で26人のボランティアを対象に、TAK-003デング熱ワクチンを90日間隔で2回接種する臨床試験を実施し、シンガポールでさらに50の血液サンプルを分析した。チームは高度な遺伝子発現プロファイリングを活用して、ワクチン接種前であっても、デング熱の既往症を持つ人々には独特の遺伝子活動パターンがあることを発見した。この「痕跡」は、抗体産生細胞に分化するメモリーB細胞ではなく、デングウイルスが標的とする自然免疫細胞、すなわち単球と樹状細胞に存在していた。

論文の筆頭著者でありDuke-NUSの主任研究科学者であるユージニア・オン (Eugenia Ong) 氏は「これは、デング熱の自然感染が免疫系に永続的な遺伝子痕跡を残す可能性があることを示しています」と語る。「免疫系は正常に戻るのではなく、再設定され、新たな基準状態を作ります。これが、再感染は重症化することが多い理由なのかもしれません」

この長期的なリプログラミングは「訓練免疫」と呼ばれ、マラリアやBCGなどの特定のワクチン接種後に観察されてきたが、デング熱ではこれまで観察されたことはなかった。これは、感染後、免疫系が単に以前の状態に戻るのではなく、その後のあらゆる反応に影響を与える新たな基準状態を設定することを意味する。

この違いは、ワクチンが感染歴によって異なる作用を示す理由の説明ともなる。デング熱未感染者の場合、2回の接種は軽いウォーミングアップのような効果を持つ。感染歴のある人の場合、免疫系が既に「訓練」されているため、1回の接種ではるかに強い反応が引き起こされる。

論文の上級著者でありDuke-NUSの新興感染症プログラムの研究者であるオーイ・エン・イオン (Ooi Eng Eong) 氏は「スポーツのトレーニングに例えてみましょう」と説明する。「免疫系が本格的に鍛えられるのは、試合全体を通してです。これは自然感染に相当します。ワクチン接種による軽いウォーミングアップでは、免疫系をリプログラミングするには不十分なのです」

この発見は、ワクチン接種を2回受けても、1回の感染で得られる防御効果と同等の効果が得られない理由を明確にし、デング熱の二次発症メカニズムを明らかにしている。つまり、再設定された基準状態は抗ウイルス防御を弱め、その状態が抗体の作用と組み合わさることで、一部の人では症状が悪化することがある。

本研究論文の上級著者であり、Duke-NUSの研究担当副学部長でもあるパトリック・タン (Patrick Tan) 教授は「デング熱はアジア、ラテンアメリカ、その他の熱帯地域で数百万人に影響を与え続けていますが、この研究は、感染が免疫系を変化させる方法について分かっていなかったことを教えてくれました」と述べる。タン教授は、この知見がワクチンの設計と政策に活かせるかもしれないと語った。

研究チームは、この発見がデング熱予防への新たなアプローチにつながると期待している。完璧なワクチンの実現にはまだ何年もかかるかもしれないが、今回のエビデンスは、たとえ不完全なワクチンであっても、世界中で年間1億人いるとされる感染者の数を減らすために安全に使用できることを示している。

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