【AsianScientist】 研究室から臨床現場へ―ベトナムの国際医療システム

トランスレーショナル・リサーチの課題を克服するため、ベトナムの国際医療システムであるVinmecは、研究と臨床の専門知識を一つに統合したところ、早くも効果的な成果を生み出している。(2026年1月7日公開)

ベトナムのある研究所では、研究者たちが血液がん患者から採取した免疫細胞を慎重に修飾する作業に追われている。これらの細胞は悪性細胞を攻撃するように修飾され、わずか8日から12日以内に患者の体内に戻される。

これはキメラ抗原受容体 (CAR) T細胞療法と呼ばれる最先端の治療法であり、今までベトナムでは利用できなかった。しかし今、患者は海外渡航の経済的負担なしに、自宅でこの治療を受けることができる。

Vinmecはベトナムの先駆的な医療システムであり、CAR-T細胞療法をはじめとする革新的な治療法をベトナムで開発し、提供する扉を開いた。2023年に4歳の白血病の女児の症例で初めて成功をおさめ、これがベトナムにおける細胞療法の転換点となった。それ以来、Vinmecはトランスレーショナル・メディシンに全力で取り組み、希少疾患や複雑な疾患を持つ患者の治療選択肢を拡大し、これまでほとんど治療法がなかった疾患に新たな希望をもたらしている。

Vinmecヘルスケア・システムのCEOであるトラン・チュン・ドゥン (Tran Trung Dung) 教授は「トランスレーショナル・メディシンの本質は、単なる科学的探求ではなく、共感の架け橋です」と説明してくれた。「研究室での発見を、命を救う実際の治療法へと変えるのです」

この理念により、Vinmecは従来の病院から「生きた研究室」へと進化し、科学研究と臨床ケアが交わりシームレスに連携されるようになった。

「死の谷」の克服

研究室から臨床の場への道のりは、決して平坦なものではない。有望な発見は、研究者が「死の谷」と呼ぶ、初期の発見と実用化の間の溝にはまり込んでしまうことが多い。研究者は、初期の発見を検証し、複雑な規制プロセスを乗り越え、実験結果を安全かつ効果的な臨床ソリューションへと拡大させるといった課題に直面する。

Vinmecは、これらの障壁を克服する独自のモデルを開発した。幹細胞・遺伝子技術専門の研究所と免疫学専門の研究所を1つに統合することで、Vinmecはイノベーションを阻害する障壁を取り除いている。研究者が何かを発見すると、臨床医はすぐ隣の部屋で、その発見が患者にどのように役立つかを探る準備をする。

Vinmecタイムズ・シティ国際病院はクリーブランド・クリニックの正式な一員となった

この統合アプローチはパートナーシップにも広げることができる。クリーブランド・クリニック、GEヘルスケア、大阪大学といった国際機関とパートナーシップを結ぶことにより、Vinmecの研究は世界水準の基準を満たしつつ、ベトナム特有の医療ニーズにも合わせることができる。

現実の患者で成果を確認する

このアプローチの成果は、既に患者の転帰に現れている。Vinmecはベトナムで初めて、かつ唯一の、血液がんに対するCAR-T細胞療法の成功例となった。従来の治療法を試しても効果がなかった患者にとって、これは単なる希望ではなく、真の寛解のチャンスとなる。

免疫療法に加え、Vinmecは東南アジア初となる、胸壁及び骨再建のための3Dプリントチタン・インプラントの先駆者ともなった。これはカスタムインプラントであるため、従来の治療法よりも患者に正確に適合し、合併症を軽減し、回復期間を短縮する。また、チームは、ベトナムでこれまで治療選択肢が限られていた疾患に対する幹細胞療法及び免疫細胞療法の開発も行っている。

Vinmecのチームは東南アジアで最初の3Dプリントチタン胸部外科手術を行った

AIと患者の視点を統合する

さらに、現在、Vinmecでは人工知能 (AI) が医師による患者の診断を助けてくれる。AIは、画像や臨床データから微妙なパターンを検出して診断精度を高め、患者一人ひとりのプロファイルに合わせた個別ケアプランの設計を可能にする。

患者報告アウトカム尺度 (PROM) は、このモデルにおいて重要な役割を果たす。Vinmecは、患者から症状、機能、生活の質に関するフィードバックを体系的に収集することで、研究の優先順位が治療を受ける患者にとって最も重要なことと整合するようにしている。これは、トランスレーショナル・メディシンが単に分子を試験管から治療へ移行させることではなく、人々の健康に変化をもたらすことを改めて示すものである。

Vinmecは最新の技術を使い患者に最高の転帰を与える

地域イノベーションハブを目指して

最終的には、ベトナムを東南アジア地域のバイオメディカルイノベーション・ハブにするという壮大な目標がある。この構想の中で、研究機関と病院の区別はない。患者とのあらゆる交流が新たな科学的知見をもたらし、あらゆる発見が最も必要とする人々に迅速かつ安全に届けられる。

Vinmecのトランスレーショナル・アプローチにより、ベトナムの人々は自宅にいながらにして世界水準の救命治療を受けることができ、国外で治療を受けたならば直面したであろう経済的負担を軽減できる。この「低コストで高価値な医療へのアクセス」モデルにより、最先端の治療が富裕層だけでなく、幅広い層の人々も利用できるようになる。Vinmecのモデルは、医療界全体に対し、研究における「死の谷」は無事に渡りきることができることを示している。

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