2021年04月
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「研究室から患者のもとへ」シンガポール、電光石火のスピードで診断キットを実用化

「最先端の研究を現実世界で実用化させることが私の日々の仕事です」 シンガポール科学技術研究庁の「診断開発拠点」(DxD Hub)のCEO、シドニー・イー(Sidney Yee)博士はこのように語る。

Asian Scientist--2020年始め、シンガポールきっての科学者たちは前例のないほど切迫し、時間との闘いに直面していた。COVID-19の感染拡大を防止すべく、SARS-CoV-2を正確に検出する試験が必要とされ、それは早急にということだった。無駄にする時間はなく、シンガポール科学技術研究庁(Agency for Science, Research and Technology:A*STAR)やタントックセン(Tan Tock Seng)病院において日夜、研究が続けられ、2月の第1週にはフォーティテュード・キット(Fortitude Kit)が発表された。

“Fortitude”(不屈の精神)と命名されたこのキットは、シンガポール初の優れモノのCOVID-19診断キットで、シンガポール保健科学省から臨床使用での暫定承認を得た。同キットは開発からわずか1か月たらずで完成。従来なら診断法開発には1年以上かかることを考えると、今回の開発はまさに電光石火のスピードで目覚ましい成果を達成した。

シンガポール科学技術研究庁が運営する国家レベルのプラットフォーム「診断開発拠点、Diagnostics Development Hub:DxD Hub)のCEOとして、科学者であり起業家でもあるシドニー博士は、同キットを市場に出すための中心的役割を果たした。アッセイ(測定法)の最適化から生産プロセスの構築まで、診断開発拠点は最終的な調整を行った。

「診断キットを研究室から患者のもとに届けるにあたって、診断開発拠点は国家レベルのプラットフォームとして、網羅的な専門知識を提供するのに役立っています。診断キットの最適化、検証、開発、試験的生産、そして地域の規制当局の承認までを担当しています」(シドニー博士)

診断開発拠点は2014年の始動以来、30以上もの企業と連携し、診断製品を市場に送り出してきた。毎日のように診断法を開発するというのは、大変な仕事であるように聞こえるが、実際そうなのである。シドニー 博士によると、80%の製品がフィージビリティスタディの段階でアッセイの再現性や市場実現可能性にかかわる問題のために不合格となるという。世界的パンデミックの真っ只中で、スケジュールはますます逼迫している。

「この診断キットの開発成功の背景には、診断開発拠点が保健科学局や国立感染症センターなどのようなステークホルダーと平時から積極的にかかわってきたことが挙げられます」とシドニー博士。

シドニー博士は自分のチームとともにさまざまな困難を首尾よく乗り越えてきたが、直面する課題は「終わりがない」とも言う。診断開発拠点が乗り越えた課題の1つに患者の募集が挙げられる。

「製品化に向けた重要なカギは、製品の臨床上の性能を検証することです。シンガポールは小さな国ゆえ、その人口規模と疾患有病率はときに、深刻な問題を引き起こすことがあります」(シドニー博士)

こうした制約に対処するため、シドニー博士らは臨床分野のオピニオンリーダーが関わる国際レベル、あるいは国内のネットワークを積極的に活用した。これによって患者募集という診断開発拠点が抱える諸問題を解決するだけでなく、協力者らの国々において製品化を確立することにもつながった。

シドニー博士の指導のもと、診断開発拠点はCOVID-19に対する闘いでさまざまな製品を共同開発し、商品化してきた。診断開発キット以外では、COVID-19のサンプル処理の手順を自動化する「合同RESOLUTE 2.0 およびRAVEシステム」などはそのよい例だ。

ただ、診断開発拠点には、パンデミックが最終的に収束した後も、重要な役割が残っている。
「シンガポール保健科学省の権限は大きくなっており、地元の産業を強化に貢献しています」とシドニー博士は言う。

治療法が見つかっていない医療上のニーズに対応するため、公的機関や大学との連携を強化し、シンガポールにおいて診断機器のエコシステムを確立したいと博士は望んでいる。

「規制、財政、販売経路など異なる側面から助けてくれる人々に囲まれて仕事をしてきました。それは謙虚な気持ちになる経験でした。これからも私たちはトレードオフをしたり、犠牲を払ったりする必要が多々あるでしょう。セーフティーネットに助けてもらうようなことは期待できません」(シドニー博士)

最後にアドバイスを聞くと、博士は「常に売り込む準備をしておくこと」と答えた。
まさに科学者であり起業家でもある人物の言葉である。

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