2021年06月
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スパコン駆使しアーバンヒートと格闘 シンガポールの研究者

シンガポールの研究者たちは、スーパーコンピューターを駆使し、眼前の地球温暖化の問題とともにアーバンヒートという複雑な難題と日々格闘している。

AsianScientist - 気候変動に関する政府間パネルは2年前、「2030年までに地球温暖化を1.5℃に抑えなければ、劇的な変化を伴う悪い事態を迎えるリスクがある」という厳しい警告を発した。

これが2℃という限界値を超えてしまうと、世界の大部分の地域が居住不可能となるが、住めなくなるのは人類だけではない。0.5℃の違いは一見大差がないように見えても、世界の人口の3分の1が異常な熱波にさらされ、サンゴ礁はほぼ全滅してしまうのである。

シンガポールはこれまでのところ、気候変動の最悪の影響を免れてきているが、これは時間の問題に過ぎない。この島は10年ごとに0.25℃ずつ上がり、気温上昇の速度は他の低緯度地域の2倍の速さである。ただでさえ湿度の高い環境で、今世紀末には1日の気温が35〜37℃になることが当たり前になる可能性がある。

このような環境下では、体温調節機能が損なわれ、熱中症や熱射病など、命に関わる病が引き起こされる可能性がある。猛暑は生活の質を低下させるだけではなく、投資先としてのシンガポールの生産性や魅力も低下させる。

しかし、温暖化が進んでいるのはシンガポールだけではない。都市部は、地球上の表面積のわずか3%であるにもかかわらず、排出する温室効果ガスについては全体の60%以上、地球上のエネルギー消費量については約75%を占める。IPCCが警告する温暖化の限界を世界で一丸となって乗り越えるために残された年数は10年足らずであり、研究者らは現在、スーパーコンピューターを活用して、より涼しく住みやすい都市を設計し、気候変動の流れを変えようとしている。

アーバンヒートを理解する

シンガポールのきらびやかな街並みは一見してすぐにそれと判るが、急速な都市化にはコストがかかるものである。日陰を作る緑が、熱を吸収したり生成したりするインフラに置き換えられるにつれ、島の都市部は周辺の農村部に比べて気温が上昇してきた。

この現象は、都市のヒートアイランド(UHI)効果と呼ばれ、悪循環の一部となっている。都市の温暖化に直面しているシンガポールの住民は、エアコンや自家用車に頼って生活しており、これら2つの行動が熱を発生させている。

アーバンヒートに影響を与える要因は多岐にわたり、緑地、インフラ、エアコンの使用、交通機関はその一部である。これらの要素の複雑な相互関係と膨大なデータを考慮すると、スーパーコンピューターは、アーバンヒートを理解して気候変動全体に対処するための不可欠なツールとなっている。

国家環境庁の下にあるシンガポール気象局のCCRS(シンガポール気候研究センター)所長であるデール・バーカー(Dale Barker)教授は、次のように述べている。「研究者の方々は、モデルを使ってこれらの相互作用を理解し、将来の変化を予測しています。気象や気候のモデリングは、半世紀以上も前から研究者がコンピューターを利用し数値を駆使した作業なのです」

バーカー教授によると、CCRSではAthenaと呼ばれるCray XC40スーパーコンピューターを使用している。これは最大容量として212T FLOPS(テラフロップス)、6,336コア、1コア当たり3.6GB RAMのメモリを搭載しているという。

CCRSではこのAthenaを使い、SINGVシステムで気温、風、降雨などの変化の気象数値予報を作成している。次の一連の地域気候予測を行うために、CCRSはシンガポール国立スーパーコンピューティングセンター(NSCC)と提携し、最大で3.2PFLOPS(ペタフロップス)の性能を活用する予定である。

バーチャルシティ、リアルインパクト

急速にデジタル化が進むシンガポールでは、アーバンヒート対策にコンピューターを活用することが、文字通り近年のホットな話題となっている。この課題に挑んだのは、同国の科学技術研究庁(A*STAR)と住宅開発局(HDB)のチームである。

2019年には、高性能コンピューティングを駆使した高度なモデリングツール「統合型環境モデラー(Integrated Environmental Modeler : IEM)」を開発したことで、大統領科学技術賞を受賞した。

A*STARのハイパフォーマンス・コンピューティング研究所の主幹サイエンティストであり、このプロジェクトの主任研究者を務めるポウ・ヒージョー(Poh Hee Joo)博士は、「IEMは、都市計画・設計プロセスと環境シミュレーションを統合したものです。これにより、ユーザーは、都市環境における太陽、風、温度、騒音などの環境要因の相互関係や複合的な影響を予測することができます」と説明している。

IEMは、環境要因の複合的な影響をモデル化できるだけではなく、個々の影響をシミュレーションすることもできる。プラットフォームには、建物や道路などの都市要素の影響や、植生などの自然の特徴が取り込まれる。市販されている他のモデラーは一度に1つの環境要因のみを評価するため、IEMはこの種のものとしては初めての真の統合ツールとなっている。

IEMを開発するにあたり、ポウ博士と彼の同僚らはまず、シンガポールの3次元(3D)幾何学データを丹念に変換し、非常に現実的な

都市のシミュレーションを作成した。同時に、43台の太陽電池式センサーノードをプンゴルとシンガポールの東半分に配置し、風、温度、日射量などの環境データを収集した。

これらのセンサーからのデータは、ワイヤレスで研究チームに送信され、モデルの結果を検証できるようになった。様々な要因が都市環境に与える影響を簡単に視覚化できるため、ユーザーは最初にプラットフォーム上で計算機を使って設計を改良・テストすることができ、コストのかかる物理的な試行錯誤のリスクが軽減された。

チームはスーパーコンピューターの限界に挑戦し、シンガポールのすべての建物をIEM上に描き出す史上初の3D空気流シミュレーションを作成した。このシミュレーションは、10メートルの水平解像度で行われ、NSCCのスーパーコンピューター「ASPIRE 1」の6,000個のプロセッサを使用して、わずか5日で完了した。

研究者らによると、島全体の風の地図があれば、風の回廊を特定することができ、都市開発者は、風の流れを最大限に利用し、自然換気を促進し、太陽からの光を軽減する涼しい建物を計画・設計することができるという。

「IEMは新しい住宅地の全体的な二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、より高い持続可能性と居住性を実現します」とポウ博士は語る。

デジタル都市のためのデジタルツイン

アーバンヒート対策に取り組んでいるのは、ポウ博士と彼の研究チームだけではない。その名の通り、Singapore-ETH Center(SEC)のゲルハルト・シュミット(Gerhard Schmitt)教授が率いるシンガポール冷却プロジェクト「Cooling Singapore」は、都市環境の冷却戦略を特定し、気候に対応したガイドラインを設計することを目的としている。

2017年以来、このプロジェクトには、SEC、シンガポール国立大学、TUM CREATE、シンガポール-MIT研究技術同盟(Alliance for Research and Technology)といったパートナーの学際的なチームが結集している。

Cooling Singaporeの第1フェーズでは、UHIを評価するための適切なツールを選択することに重点を置いていたが、先日開始された第2フェーズでは、これらのツールを実行に移すために、シンガポールのデジタルツインを構築する。デジタル都市気候ツイン(Digital Urban Climate Twin : DUCT)とも呼ばれるこのプラットフォームでは、研究者や意思決定者がアーバンヒート対策の様々なシナリオを検討することが可能である。

このプラットフォームでは、建物や道路などの都市要素が気温に与える影響を計算し、これらの結果を都市部すべて植生に置き換えたシナリオと比較することで、UHI効果をシミュレーションできる。

2020年9月にNSCCが開催したウェビナーで、Cooling Singaporeのプロジェクトリーダーであったハイコー・エート(Heiko Aydt)博士は、「DUCTを変えて、地域冷房、(ソーラーパネルや電気自動車の)存在など、特定のシナリオのシミュレーションを行うこともできます」と説明している。

エート博士によると、DUCTは複数のコンポーネント(モデルの連合体)を持つ分散型のモジュール式プラットフォームを目指している。これらには、気象庁が提供するミクロスケールからマクロスケールの気候モデルや、地表面、交通、建物のエネルギーなどのUHI要因の計算モデルが含まれる。

このプラットフォームは、Cooling Singaporeチームがマイクロスケールの都市気候モデルとして使用している、A*STARのIEMからの出力も含むことになる。DUCTはまた、都市気候が経済、環境、健康に与えるリスクと影響のモデルも提供している。このような高度なモデリングでは、何百万ものデータを同時に処理する必要があるが、スーパーコンピューターはこの作業に適している。

Cooling Singaporeの第2フェーズは2020年9月に開始されたばかりであるが、SECの社内リソースを使ってDUCTのプロトタイプをいくつか実装している。

「今回は、72個のCPUと200ギガバイト弱のRAMを搭載した控えめな社内コンピューティングクラスターを使用しました」とエート博士は語っている。

最終的に、研究チームは、複数のマシンを使って複数の組織にDUCTを展開したいと考えている。このため、Cooling Singaporeチームは、近い将来、NSCCのコンピューティングリソースを活用し、研究者や政策立案者が必要に応じてDUCTのシミュレーションを利用できるようにすることを計画している。

エート博士は「エンドユーザーにとって直感的で便利なソリューションを提供したいと考えており、高性能なコンピューティングリソースをシームレスに運用できるよう、NSCCや他の機関と緊密に連携していく予定です」と述べている。

スーパーコンピューターの冷却の難題

スーパーコンピューターがシンガポールの冷却問題の解決に役立つことは明らかであるが、皮肉にもスーパーコンピューターそのものが問題の一部となっている。過酷なデータ処理には熱がつきもので、スーパーコンピューターは小さな都市と同じくらいの電力を消費する。利用可能な電力のほとんどがコンピューティングに使われていると思われがちであるが、実際には設備やラックの冷却に多くの電力が使われている。

シュミット教授は同じNSCC主催のウェビナーで「かつて世界最速のスーパーコンピュータだった日本の『京』と、その隣にある巨大な冷却装置を初めて見たときのことを覚えています。私はその時、これらのスーパーコンピューターセンターは、周囲に大きな冷却負荷を掛けることを知っていました」と語る。

気候変動とその影響を研究するためにスーパーコンピューターを利用する研究者が増えるにつれ、その組織の年間の電気代も毎年数百万ドルにまで高騰している。

「これは、化石燃料が発電に使用された場合、年間数万トンの炭素排出量に相当します」とバーカー教授は説明する。

スーパーコンピューターの実力に期待する一方で、エネルギー効率の確保は克服すべき大きなハードルとなっている。

さらに同教授は「これは、財政的観点からだけでなく、気候科学が持続可能なグリーン・コンピューティングを先導しなければならないという点でも課題です」と付け加える。

そのため、いくつかの国では、このスーパーコンピューターの難題を解決するために、再生可能エネルギーを利用している。その好例であるアイスランドは、再生可能エネルギーが豊富で、寒冷で温暖な気候であることから、気候・気象コンピューティングの国際的な拠点となっている。これらの2つの要素を組み合わせると、アイスランドのスーパーコンピューターを冷却するために必要なエネルギー量を減らすことができる。

代替エネルギー以外にも、電気代全体を削減するための新しい技術が開発されている。例えば、GPUベースのプロセッサ、人工知能による負荷管理システム、さらには廃熱をリサイクルしてオフィスの暖房に利用することなどである。

バーカー教授は、「気候変動対策用スーパーコンピューターの調達では、ワットあたりのFLOPS数を示すグリーン・コンピューティングも評価基準の一部になりつつあります」と述べる。

気候科学の研究におけるスーパーコンピューティングリソースの需要は、今後数十年にわたって軽減されることはないと思われる。

バーカー教授は「より複雑に、より細かく、より多くのシナリオに対応するためには、気候科学者たちのコンピューティングリソースへの飽くなき欲求を満たすことはできないでしょう」と説明している。

しかし、スーパーコンピューターは、シンガポールを涼しく保つための重要な役割を果たすことができる。ただし、これはスーパーコンピューターを涼しく保つための効率的な方法を見つけることができれば、の話なのである。

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