2021年10月
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スーパーコンピューティング、諸分野の学生らに多彩な選択肢提供

分子モデリングから洗顔料の調製まで、高性能計算の世界は、さまざまな分野の熱意あふれる学生たちに多くを提供する。

AsianScientist - 2020年、国際COVID-19ハイパフォーマンス・コンピューティング (HPC) コンソーシアムの一環として、韓国の研究者らは19,168の小分子を分析し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を治療できるかもしれない8つの医薬品候補を特定した。人文科学の面では、美術がデジタル化され、オンラインデータが収集されるにつれて、研究者たちは今まで以上に多くのデータと計算ツールにアクセスできるようになり、新たな高みに到達している。

生物医学から美術まで高性能計算の影響は広く及び、減速の兆候は見られない。世界の高性能計算産業は2025年までに494億米ドル(約5兆円)に達する見込みであり、繁栄する分野に参入しようとする意欲的な計算学研究者にとって未来は明るい。

2021年3月4日に開催されたSupercomputingAsia 2021の教育セッションでは、計算化学者の生活から初心者、専門家、科学者向けのHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)まであらゆるものが扱われ、学生たちはHPCに至る多くの進路に備えることのできる真の知恵を受けた。

化学の道を進む

計算学研究者としてHPCの奥深くに入り込もうと考える学生にとって、選択できる道はいくつもある。特に人気のある道は、計算化学者の道である。

HPCは化学アプリケーションで一般的に使用されている。科学者はモデルを計算し、さまざまな分子の構造と動態を研究できる。世界中の多くの研究所とHPCセンター(そのうちのいくつかはここアジアに所在する)の人々が集まり、分子モデリングの広範囲にわたるアプリケーションを実証した。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の構造をモデル化し、その計算能力を医薬品とワクチンの開発と試験に集中させた。

計算化学者の仕事は、特定のシステムを表現するモデルを構築することから開始する。次に、実際の法則と統計をシステム内のモデル化された電子、原子、および分子に適用する。最後に、シミュレーションを実行して潜在的な理論を検証する。 「私たちは理論からシミュレーション、そして実験へと移っていきます。理論はシミュレーションの方程式を作り上げ、シミュレーションにより実験結果を解釈します」

シンガポール科学技術研究庁 (A * STAR) 高性能計算研究所 (IHPC) のエイドリアン・マック (Adrian Mak) 博士はこのように説明する。

分子モデリングと計算化学はを使えば世界で最も差し迫った問題のいくつかを解決できるかもしれず、新世代の課題に対処しようとするHPCにとって強力な側面となっている。

すべての問題の解決策

実験的研究だけでなく、HPCは私たちが毎日使用する商業製品を変えていくかもしれない。スキンケアとヘアケアに関して言えば、日用消費財分野の企業は、研究に多額の投資をして最高の製品を作っている。たとえば、ロレアルは特に多額の支出を行っており、2018年には約10億米ドルを研究とイノベーションに費やした。

消費者ケア製品の世界に足を踏み入れた科学者にとって、新しい計算手法を探求し研究を商業ソリューションに適用することは、新鮮な経験となろう。現在、A * STARのIHPCの研究主幹でありイノベーションリーダーであるフレダ・リム (Freda Lim) 博士は「結合破壊と結合形成を見たことがきっかけで、髪や肌などの柔らかい素材の物理的相互作用を研究する方向に進みました。コンディショナーと洗顔料の優しく効果的な調製を設計しています」と語る。

あるいは、一つの業界に焦点を合わせるのではなく、ある専門分野を持って複数の業界や問題にソリューションを提供することができる。この一例として、数値流体力学 (CFD) が挙げられる。CFSでは、研究者は物体や領域の周りの液体または気体の流れを研究する。空気力学、環境工学その他に応用すると、CFDを理解することで、様々な興味を持つ学生にチャンスを与えることができる。

配水池の最適化から脳卒中患者の血流マッピングまで、A * STARのIHPCの副部門長であるカン・チャンウェイ (Kang Chang Wei) 博士と彼のチームはCFDを利用して、多くの業界にまたがる問題に持続可能なソリューションを提供する。カン博士とチームはその 専門知識をパンデミックの管理に向け、ウイルスの拡散を追跡可能にするために人がくしゃみをした時の飛沫の流れをモデル化した。

科学のすべての分野を支援

今日、様々な分野の研究者は、プロジェクトを進める際に収集するデータに不足することはない。例えば医学研究者は、インターネットだけでも公開されている3,000を超える個別のゲノム資源、ツール、およびデータベースを使用して豊富なゲノム情報にアクセスできる。 一方、生態学者には、温度や動きなどの独自の屋外観測情報を何百万も継続的に収集できるセンサネットワークが存在する。

しかし、そのような膨大な量のデータを取得した後でも、作業はまだ完了していない。研究者は、生の情報を分析し、関連性のある正確な結論を引き出すことができなければならない。HPCは データの意味を理解する上で重要な役割を果たす強力な多面的なツールである。この世界に入ってみるといい。

HPCに精通している研究者がいる一方で、そうでない研究者もいる。中には積極的に避けようとさえする研究者もいる。このような態度は、仕事に有害であることが証明されている。カナダのラヴァル大学ケベック計算センターのサイエンスリエゾン代理人であるジュリー・フォーレ・ラクロワ (Julie Faure-Lacroix) 氏によると、HPCを日常的に利用する研究者は、分子モデリングや空気力学など複雑なプロセスを伴う研究に利用していることが多い。

ただし、ビッグデータと人工知能(AI)が人文科学でも利用されるようになってきたので、HPCセンターは、今まで見られなかった背景を持つ新しいユーザーたちにもツールとガイダンスを提供できなければならない。

「(新しいユーザーたちは)端末とは何か、または適切にコーディングする方法を学ぶ気はないのです。彼らは、何年にもわたり人文科学者として活動したので、いきなりコンピューター学者にならなければならないというような学習曲線を経験せずに、スーパーコンピューターにアクセスできるツールを求めています」とフォーレ・ラクロワ氏は説明する。

最初の一歩を踏み出す

他のほぼすべてのキャリアパスと同様に、学生がHPCのある生活に十分に備えるには、技術的な習熟が必要である。特に学生に必要とされるのは、数学が得意であること、少なくとも1つのプログラミング言語について十分な知識を持つこと、Linuxなどの主要なオペレーティングシステムに精通していることである。

とはいえ、容易に利用できる手頃な価格または無料のオンラインコースがあれば、学生が計算の基礎に慣れるために必要なスキルを習得するのは難しいことではない。学生はHPCコミュニティの詳細を知るために、インターンシップに参加してHPCセンターを実際に経験することが奨励される。研究所の方も、目を輝かせた熱心な若者をチームに入れることで利益を得ることができる。

「私たちは、より多くのことを探求し、さまざまな質問で私たちに挑戦したいと考えているエネルギッシュな学生の若さと賢さから利益を得ることができます」とオーストラリアのキャンベラにある国立計算インフラストラクチャの研究主幹であるワン・ジンボ (Wang Jingbo) 博士は述べた。

シンガポール国立スーパーコンピューティングセンターの上級HPCアナリストであるジャーニズ・ジダー (Jernej Zidar) 博士は、学生に対し、利用できるすべての機会を真に捉えるために恐れることなくHPCに入ることを推奨している。学生は機会があれば、インターンシップ、ハッカソン、オンラインコース、およびコーディングに参加することを奨励している。

「破壊を恐れないでください。プログラムコードを壊すことを恐れないでください。実際にコードを壊したら、もう一度組み立て直してみてください」とジダー博士彼は促し、「時々イライラすることはありますが、その過程で多くのことを学びます」とも。

とても多くの可能性が待ち受けているものの、高性能計算の分野でキャリアを作る道のりは長く困難に思えるかもしれない。けれど、その道のりの中でも助けはある。

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