2021年12月
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こころの健康の診断と治療、AI・デジタルアプローチで向上 シンガポール

シンガポールはメンタルヘルスケアの未来を作るデータを保有し、分析を行っている。テクノロジーを活用して健康を促進する絶好の位置にある。これはナショナル・ヘルスケア・グループ(NHG)のベンジャミン・シート (Benjamin Seet) 教授が述べたことである。

AsianScientist - 熱があると感じる時は体温計に手を伸ばして確認するが、通常はそれ以上のことは行わない。身体疾患は広範な臨床データに裏付けされており、区別できる症状と既知のバイオマーカーが存在し、また、患者の経過を診断しモニタリングする臨床検査が行われる。

ただし、精神障害はそれほど明確ではなく、ほとんどの場合、定量的なバイオマーカーが存在しない。診断であれ治療効果の評価であれ、主観的な経験の解釈は患者や臨床医によって異なり、困難なものである。

このような欠点があるため、精神障害はいまだに十分に研究されておらず、診断も治療も不十分である。シンガポールは、コミュニティ向けプログラムや医療従事者向けトレーニングなどを通じてアクセスを改善する措置を取っているが、これらの問題は存在する。

シンガポールのナショナル・ヘルスケア・グループ (NHG) の教育研究担当グループ副最高経営責任者であるベンジャミン・シート (Benjamin Seet) 教授によると、精神疾患は他のすべての病状と同様に治療する必要があるが、より強力なエビデンスベースが必要である。

社会的要因、処方履歴、睡眠パターン、および身体活動はすべて、患者のメンタルヘルスについて深く知ることのできる情報を得ることのできるデータポイントである。このようなデータがあれば、治療イノベーションから予防、臨床および地域向け治療まで、治療方法を変えることができる。

シンガポールは、デジタルイノベーションを活用して緊急に必要なメンタルヘルスソリューションを作成し、必要としている人々のために標準治療を向上させる道を開くことができる。

データギャップへの取り組み

シンガポールをはじめとする多くのアジア社会では精神障害について悪いイメージがあるため、人々は助けを求めたり、医師に感情やニーズを完全に吐き出そうとしても、それを思いとどまることは珍しくない。費用が高額であること、専門家の数が少ないこと、地理的に距離があることなども精神障害治療を利用しにくい原因となり、個人が必要な治療を受けることは難しい。

人々がメンタルヘルスを扱う医療従事者にアクセスできるようになっても、診断と管理は病院だけに限られ、頼れるものは簡単な相談だけである。たとえ後日診察があっても、患者は数週間または数カ月に一度しか医師に会うことができないかもしれない、とシート教授は述べる。

特に精神医学では、カルテは構造化されておらず、臨床検査やスキャンによる定量的データと比べると解釈が困難である。不十分な治療や不適切な治療につながる可能性があるだけでなく、これらのギャップはメンタルヘルスの研究と分析にとって課題にもなっている。

「今日の臨床管理は、患者の病状のスナップショットに基づいています」とシート教授。これは断片的な評価となり、患者のメンタルヘルス状態に影響を与えるかもしれないさまざまな日常の経験を捉えることはできない。

ペイシェントジャーニーには当然ながら浮き沈みがあるため、メンタルヘルス状態を管理するために使用されるデータは、個人的な経験や状況の深さと多様性に対応するものでなければならない。実世界のデータは、各患者の日常生活に関する包括的な情報を提供できるため、患者行動の変化のモニタリングにかなり適している。自然言語処理モデルなどの人工知能 (AI) ツールを使えば、自由に書かれたカルテであっても構造化された情報と、症状やストレッサーなどの定量化可能な指標に変換される。

これによりエビデンスが豊富になれば、メンタルヘルス研究者や薬剤開発者が、病気の重症度や長期にわたる状態の変化をよく理解するのに役に立つ。これは、病状の診断方法を変えるだけでなく、診断を正確にし、介入を効果的にし、治療オプションを広げることができるであろう。

エビデンスを実践に移す

患者の経験が多様であれば、介入も適切に多様で個別化されたものが必要となる。 AIを活用した分析を通じて、医師は病気のリスクをプロファイリングし、個々の状況をよく理解できるようになる。豊富な患者データを深く解釈することで、変化する個人のニーズに適応する治療を選択することができる。

「AIを通じて個別化された知見を提供できれば、健康行動のリスクを修正し、長期間にわたって前向きな変化を維持することができます」(シート教授)

分析の他に、医師は精神障害の治療計画の一部としてデジタル治療アプリと呼ばれるソフトウェア医療機器を処方することができる。これらのイノベーションにより、治療はもはや病院に限定されず、家庭にも広がる。

物質使用障害の外来患者が病院以外の場所でも健康を維持できるようにするため、シンガポールの規制当局は2020年、米国を拠点とする企業であるPear TherapeuticsのreSETアプリを承認した。このアプリは個別化した治療セッションを提供して、服薬コンプライアンスを促進し、再発を防ぐことができる。

システム全体の変容

シート教授によると、これらのニーズを満たす医療イノベーションの開発は、病院と医療技術企業の間の緊密なパートナーシップがあってこそ可能となり、「パートナーシップが存在するならば開発サイクルが短縮され、それにより医師が必要とし、すぐに使用可能な製品が完成します」。

今年初め、NHGと精神衛生研究所 (IMH) は、Holmuskと了解覚書(MoU)に署名した。Holmuskは世界の中でも主要なデータサイエンス・デジタルヘルス企業であり、リアルワールド・エビデンス (RWE) という行動医学用の最大のプラットフォームを構築している。このコラボレーションを通じて、HolmuskはNHG、IMHと緊密に連携し、デジタルテクノロジー、データ、予測分析を使用してシンガポールのメンタルヘルス医療を改善する新しいツールを共同開発している。

Holmuskのような企業が革新的テクノロジーの開発を担当する一方で、医療機関は臨床フィードバックを送ってこれらの取り組みをサポートし、イノベーションを推進することができる。これを現実世界の情報と組み合わせることで、コミュニティは統合性と応答性の高いメンタルヘルスシステムから恩恵を受ける。

シート教授は 「デジタル表現型、デジタルバイオマーカー、デジタル治療法は、精神医学の未来の一部となるでしょう」とし、「シンガポールには、コミュニティレベルでデジタルヘルスを展開し、イノベーションの範囲を地域内外に拡大できる適切な技術環境があります」と力説する。

支援と資源を適切に使用することで、シンガポールは、メンタルヘルスイノベーションのリーダーになる機会を捉えた。病院とコミュニティをつなげ、確実な治療を行い、今日にでもデジタルメンタルヘルスの未来を築くことができる。

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