東京大学の山本和夫名誉教授がシンガポールの初代首相の名を冠したリー・クアンユー水賞(Lee Kuan Yew Water Prize)を受賞したことが3月17日に発表された。個人のアジア人が同賞を受賞するのは山本氏が初めて。主催側は受賞理由として、世界で初めて浸漬型膜分離活性汚泥法(Membrane Bio Reactor:MBR)を実用化することで高度な下廃水処理を可能とし、世界の多くの人々に恩恵をもたらしたとしている。
記念 撮影に収まる山本氏(中央)と関係者
受賞理由となった山本氏の研究は1980年代半ばにさかのぼる。従来のMBR技術にはエネルギー消費が大きいことや膜が目詰まりしやすいという技術的課題があった。これに対し山本氏はまず、当時の技術的常識では考えられなかった、「下廃水処理の効率と品質を向上させるために膜を下廃水に浸す」というアイデアを初めて発表した。
その後、山本氏は1988年に浸漬型MBRの試作に成功し、世界で初めて実用化された。生物処理槽に中空糸膜を間欠的に浸漬して運転する「間欠ろ過」を考案したことで、従来の技術的課題を解消し、同時に「間欠ろ過」は省スペースと省エネルギーを実現した。こうしたことから、現在では世界中の大規模廃水処理施設で処理される廃水のうち約半分にこの技術が使われている。
3月17日の記者会見 では山本氏による受賞講演も行われた。山本氏はこの中で「この栄えある賞を頂いたことを非常に名誉に思っている。若い世代への刺激となり、世界中での衛生向上や水の再生促進につながればよいと思う」と語った。講演では、 科学技術振興機構(JST)からの研究費支援により「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)プロジェクト」としてタイとの国際共同研究を行ったことにも言及した。
受賞講演を行う山本氏(左)
山本氏は会場でJSTの取材に応じ、「シンガポールほど財力がないラオス、カンボジア、ミャンマーといった国々への本技術の展開可能性は?」との質問に、「このような技術はアップスケールは難しいが、ダウンスケールは比較的容易なので、太陽光発電やIoT(モノのインターネット)技術と組み合わせることにより、エネルギー確保とメンテナンスを容易にすれば、それら の国々でも十分展開可能でしょう」と答えた。
会場でJSTシンガポール事務所の質問に答える山本氏(右)
リー・クアンユー水賞は革新的な技術の開発や応用、人類に利益をもたらす政策やプログラムの実施により、世界の水問題の解決に貢献した個人または組織に対して授与されるもので、2008年に創設された。これまでの受賞者には米国立科学財団(NSF)のリタ・コルウェル元長官らがいる。個人のアジア人に授与されるのは今回の山本氏が初めてとなった。
同賞はシンガポールの持続可能性・環境省と公共事業庁が主催。賞金のスポンサーはテマセク財団で、賞金額は30万シンガポールドル(約2,600万円)。シンガポール国際水週間会期中の4月18日に同国のハリマ・ヤコブ大統領により、山本氏にメダル等が渡される予定。
記者会見に先立ち3月15日には、山本氏が開発した技術を使って下廃水処理をしているシンガポールの施設の見学会(メディアツアー)が行われた。
見学会で公開された山本氏の技術が使用されているシンガポールの 下廃水処理施設
従来の技術と山本氏の技術の比較(プレスリリース から)
このイラストの上半分では、従来の技術として「Bioreactor」、「Secondary Sedimentation Tank」、「Microfiltration/Ultrafiltration」と3工程が書かれている。下半分が山本氏の技術「MBR Treatment」の説明だ。従来の3工程が、山本氏のシステムだといっぺんに行えるというのがこの技術の革新性であり、省スペースと省エネルギーにつながる理由となっている。
見学会での説明によると、シンガポールでは現在、3カ所の下廃水処理施設が稼働しているが、うち山本氏の技術を使い処理されている水の割合は13%とのこと。現在、既存 施設の拡張、および世界最大級のMBR施設の新設が計画進行中となっており、2026年までに全て稼働開始すると、その割合が54%と4倍以上に増える予定だという。
(文:JSTシンガポール事務所長 金子恵美、写真:李春梅)