シンガポールの南洋理工大学(NTU)は3月16日、液液相分離(Liquid-Liquid Phase Separation:LLPS)というプロセスを利用して生体内の標的細胞へ薬剤を届ける手法を発明したと発表した。本研究成果により、遺伝子治療やがん治療、ワクチンデリバリーなどの技術が深化すると期待が寄せられている。研究成果は学術誌 Nature Chemistry に掲載された。
核酸(DNA、mRNA)、タンパク質、糖質などの生体高分子は、大量の薬物を運ぶことができ、毒性がなく、特定の部位に作用し、生体の免疫反応を引き起こさないことから、薬物のキャリアとして注目されている。しかし、生体高分子はサイズが大きく、細胞膜を通過することができないため、広く臨床利用されるには至っていない。
(提供:NTU)
NTUの研究者らは、タンパク質ベースの微小液滴に包むことで、ヒトの細胞に素早く効果的に生体高分子をデリバリーする方法を発見した。
研究チームは、イカの顎(がく)板から抽出したペプチドを合成し、微小液滴を形成させ、液液相分離と呼ばれるプロセスによって、生体高分子をその中に封じ込めることに成功した。この液滴は、細胞が本来持っている分子識別能力を利用して、まるでトロイの木馬(Trojan Horses)のように細胞をだまして侵入する。侵入後は、細胞の中で自発的に溶け、薬物を担持する生体高分子を放出する。
この発見により、より速く、より安全で、より効果的な遺伝子治療やがん治療、ワクチンデリバリー(現在ファイザー社とモデルナ社がCovid-19ワクチン接種に使用しているようなmRNAベースのワクチンも含む)が可能になることが期待されている。
人工知能(AI)を用いた医薬品開発企業であるバイオテック・タローラボの最高科学責任者であるマムード アーメド(Mahmood Ahmed)博士は、この研究に関して「今回報告されたデータは、生体適合性の高いコロイド複合体が細胞膜を通過し、多様な高分子物質をデリバリーする可能性を示しており、担持した薬剤の放出量を制御する能力も備えていることも確認された。本研究をさらに発展させることで、画期的な薬剤デリバリー技術プラットフォームを確立できると期待される」と話している。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部