シンガポール国立大学(NUS)の研究者らが未解明の遺伝性疾患を解釈する新しい概念を発見した。6月29日付け発表。研究成果は学術誌 Nature Communications に掲載された。
本研究は、NUS生物科学部のシュエ・シフォン(Xue Shifeng)助教が中心となり、シンガポールのエール-NUSカレッジ、フランスのエクス・マルセイユ大学と共同で行われた。研究チームが着目したSMCHD1遺伝子は、変異が起こると筋肉の変性疾患である顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)や、鼻や目に異常が生じるBosma無鼻小眼球症候群(BAMS)などの疾患を引き起こす可能性がある。
研究を進めるNUS生物科学部のシュエ・シフォン(Xue Shifeng)助教
哺乳類のX染色体はメスで2本、オスで1本と性により異なる。メスではそのうち1本のX染色体を不活性化しており、SMCHD1遺伝子はこの機構で重要な役割を担っている。そのためこの遺伝子を不活化すると、哺乳類のメスは誕生できないことから、これまで具体的な遺伝子の役割を調べることは困難であった。
そこで、本研究ではX染色体の不活性化機構がない魚類のモデル生物であるゼブラフィッシュを用いて、母親のSMCHD1遺伝子が子孫の遺伝子発現や構造形成にどのような影響を与えるかを調査した。その結果、研究チームは、母親のSMCHD1が、胎児の頭から尾までの軸に沿った体の部位の位置を決めるHOX遺伝子と呼ばれる遺伝子群の発現を制御していることを発見した。また、メスのゼブラフィッシュでSMCHD1を不活性化すると、HOX遺伝子の発現が変化し、その子孫に骨格の欠損が生じることも明らかにした。
母親のSMCHD1を不活性化したことで、骨格の欠損が生じたゼブラフィッシュの子孫 (写真提供:いずれもNUS)
シュエ助教らは、母親の卵に含まれるタンパク質が、発達中の胚で起こる遺伝子発現を制御できるという新しい概念を実証した。さらに研究チームは、同じ原理が哺乳類にも当てはまることを突き止めた。
「通常、患者自身の遺伝子変異が遺伝性疾患を引き起こすと考えられていますが、本研究で、子の遺伝子変異ではなく、母親の遺伝子変異によっても引き起こされることを発見しました。このことは、未解決の遺伝性疾患に対する考え方を変えるでしょう。今後は、母親の遺伝子が出生後の胚の遺伝子発現をどのように制御しているのか分子レベルで解明したいと考えています」とシュエ助教はこのように語った。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部