2023年11月
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イモムシの腹脚をめぐる100年来の進化的起源の謎を解明 シンガポール・松岡博士ら研究

シンガポール国立大学(NUS)の研究チームが、チョウやガなどの鱗翅目(りんしもく)の幼虫(イモムシ)に特有の構造である腹脚の進化的起源をめぐって、その長年の議論に終止符を打つ研究を発表した。研究成果は、10月12日付で学術誌Science Advancesに掲載された。

昆虫の脚は通常、胸部に3対しか存在しないが、鱗翅目幼虫にはそれに加え、腹部に複数の脚のような構造がある。その進化的起源に関しては、約100年にわたって、生物学者たちに進化の謎を投げかけており、これまでに進化的起源に関して、以下の3つの仮説が提唱されてきた。

  1. (1) 胸脚と相同な構造
  2. (2) 新規構造
  3. (3) 甲殻類の脚にみられる構造

論文の筆頭執筆者であるNUS生物科学科の博士研究員、松岡佑児博士(現:日本の基礎生物学研究所特任助教)は、ゲノム編集技術と次世代シークエンス解析を用いてこれらの仮説を検証した。松岡博士は、「生物の発生時の前後軸形成に関わるHox遺伝子のうち、腹部で発現する遺伝子の機能を腹部の正中線領域で破壊すると腹脚が消失した。しかし、腹部の側部で破壊すると、本来は存在しない分泌腺(胸脚由来の構造)が出現し、1つの体節に2つの異なる付属肢が形成された」と説明。このことから、腹脚は胸脚と発生起源が異なることを示しており、(1)の仮説を棄却し(2)の仮説を支持する結果が得られた。

同研究室の研究員スリヤ・ムルゲサン(Suriya Murugesan)博士は、腹脚と他の付属肢との類似性を明らかにするため、頭部の角、口器や胸脚などさまざまな体の付属器官からmRNAを抽出し、それぞれの器官で発現する遺伝子を網羅的に同定し比較した。その結果、腹脚発生の遺伝子プロファイルは、胸脚のものとは異なり、頭部の角発生の遺伝子発現プロファイルに最も類似しており、(1)の仮説の棄却を支持する結果だった。

腹脚で特異的に発現する遺伝子を調べたところ、そのうちのいくつかは甲殻類の脚にみられる内突起で発現する遺伝子が存在することがわかった。内突起とは、エビなどの甲殻類の脚の付け根に見られるひだ様の構造であり、昆虫の口器には残っているが胸脚にはみられない。このことからは、腹脚の発生には内突起の発生プログラムが関わっているとする(3)の仮説を支持する結果が得られた。

研究チームを率いたNUS生物科学科のアントニア・モンテイロ(Antónia Monteiro)教授は、「本論文により、鱗翅目の腹脚は、(2)の仮説で提唱されたように新規形質である可能性があるが、その進化的起源は(3)の仮説で提唱されたように、古代の内突起の発生プログラムに由来する可能性が高いことが明らかとなった」と指摘。そのうえで、「甲殻類の進化の過程で、胸脚の内突起は失われたが、その発生プログラムは口器の発生に関わっていたが故に失われずに残っていたと考えられる。そのため、鱗翅目の幼虫はHox遺伝子の機能進化によりこの内突起の発生プログラムを腹部で再び活性化させ、腹脚の獲得につながったではないかと考えられる」と進化の複雑さについて説明した。

サイエンスポータルアジアパシフィック編集部

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