2024年02月
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メカノバイオロジーで不妊・がん等の課題解明へ シンガポールで平島氏ら参画

シンガポール国立大学(NUS)のメカノバイオロジー研究所(MBI)の加齢関連疾患(age-related ailments)に対する生物医学的イノベーションが、シンガポール国立研究財団(NRF)から7年間で4,900万シンガポールドル(約54億円)の資金提供を受けることになった。1月25日付発表。

NUSの平島剛志助教授

資金提供は具体的には、不妊症(infertility)、慢性炎症性疾患(chronical inflammatory diseases)、筋力低下(muscle atrophy)、がんといった加齢関連疾患への研究が対象となる。

メカノバイオロジーは、生物学における物理的・機械的プロセスが、生物の発生、生理、疾病の発症にどのような影響を与えるかを研究するために、さまざまな分野の理論や技術を活用する学問分野だ。例えば、配偶子(卵子と精子)の発生過程では、圧縮、硬さ、せん断力などの機械的信号が生殖能力の高い配偶子細胞の成長と分化を方向づけるのに役立つことが分かっている。メカノバイオロジーの研究は不妊症、筋力低下、がんなどの加齢関連疾患の治療に新しいアプローチの発見につながる可能性がある。

今回のNRFからの資金提供により、MBIは基礎研究を進め、あらたな健康イノベーションを起こし、先端的な生物医学研究の拠点としてのシンガポールの世界的地位を向上させることが期待される。また、この投資は医療の向上と経済成長の促進を目的としたバイオテクノロジー分野におけるシンガポールの戦略的推進に沿うものであり、世界トップクラスの人材とディープテックへの投資の誘致にもつながる。

MBI所長のロン・リー(Rong Li)教授は、「シンガポールでは多くの先進国と同様に、急速な高齢化が進んでいます。この助成金により生まれた新しい知識を活用することで、シンガポール人の健康長寿を改善することを目的とした生物医学的なイノベーションを起こします。また、これは人間の健康と可能性に関する研究・イノベーション・企業(RIE)2025計画に沿ったものです」と述べた。

MBI所長のロン・リー(Rong Li)教授(右)ら研究チーム

MBIのヤン・ジエ教授(手前右)、ジャン・ヤンキゲ氏(同左)、シュウ・ユー氏(後列左)、ジャオ・シャオタン氏(同右)ら研究チーム
(提供:いずれもNUS)

NUS研究・技術担当副学長のリウ・ビン(Liu Bin)氏は、「MBIはメカノバイオロジーの分野で世界のリーダーとして高い評価を確立しています。研究の水準を高め、研究、臨床、産業界のパートナーと緊密に協力して技術革新の限界を押し広げ、新しい発見を診断薬や治療薬に転換することを加速させ、シンガポール内外の患者に恩恵をもたらすことを期待しています」と語った。

今回の研究に参加したNUSの平島氏は、九州大学システム生命科学府、米国のコロンビア大学、プリンストン大学、京都大学を経て、科学技術振興機構(JST)のさきがけ研究者などを歴任。2022年から、現職のNUS生理学科助教授を務めている。

平島氏はSPAPの取材に対し、この研究を始めた経緯について、「不妊症に関する研究計画において、MBIのいくつかのグループは女性側の生殖に焦点を当てて研究を進めています。私はMBIの中で唯一、男性側の生殖に関するメカノバイオロジーの研究を進めています」とし、「私がどうして男性生殖に注目したかというと、やっている人が少なかったから、わかっていることが少なかったからです。不妊の原因の約半分は男性側にあるにもかかわらず、多くの不妊研究は女性側の原因を突き止めようとしています。男性側の生殖研究を調べると未知のしかし重要な現象が山ほどあることに気がつきました。人気のないものに価値を見出す活動が私の考える研究なので、そのような動機で研究を始めました」と振り返った。

次に、この研究の意義に触れ、「生殖の仕組みや不妊の原因などは生物学的にも医学的にも重要なので、長い研究の歴史があります。これまでの研究で、遺伝学や生化学的な手法を使って、遺伝子や分子の働きに関する知見が積み上がっています。今回、生物学における物理的・機械的プロセスを明らかにするメカノバイオロジーという新たな視点で研究を推し進めることで、これまでに知られていない生命体が持つ原理の解明につながるのみならず、疾患に対する新たな予防や治療の戦略に活用できる可能性があります」と説明した。

さらに、研究の場をシンガポールに移した平島氏は「シンガポールでの楽しいところは、世界中から多様な人材が集まっているので、実質的な研究の進め方や議論の展開などにも多様性があって、それは戸惑う点も多々ある反面、楽しくもあるところです」と指摘。そのうえで「シンガポール全体に汎化することは難しいとは思いますが、少なくとも私がいるMBIでは、海外からのゲストが頻繁に来ます。シンガポール国内の研究者というよりも海外の研究者と交流する機会が多いことも楽しい点です。ハブ空港となっているチャンギ空港から研究所まで30分程度で来られる土地の利便性と英語が標準語となっている国際シティとしての性質も大きな魅力です」と語った。

サイエンスポータルアジアパシフィック編集部

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