2024年02月
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脳腫瘍細胞を低線量X線で死滅させる新規化合物開発 シンガポール

シンガポールの南洋理工大学(NTU)の研究者らが、最も一般的な脳腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ)の治療法で、既存の放射線治療よりも大幅に低いX線量で治療する新しい精密な方法を開発した。2月1日付発表。研究成果はNature Materialsなどに掲載された。

NTUのプー・カンイー(Pu Kanyi)教授(中央)ら研究チーム

膠芽腫は、毎年全世界で30万人以上が診断されており、成人の脳腫瘍の中で最も多いとされる。進行が早いため、患者の平均生存期間は約1年半である。治療法として最近開発された放射線力学的療法に注目が集まっている。X線の照射を受けると活性化する抗がん化合物を患者に注射してから、X線の照射を行うもので、患者が受けるX線の線量は、従来の放射線治療の約20~30%と低いことが分かっている。一方で課題もあり、重金属を含む抗がん化合物は、がん細胞を正確に標的とはしないため、重金属は健康な細胞にも入り込むため、健康な細胞に損傷を与える可能性がある。

シリカカラムを使用し、精製された形態の化合物(フラスコ中の黄色の液体)を得た

NTU化学工学・バイオテクノロジー学部のプー・カンイー(Pu Kanyi)教授らは、膠芽腫の放射線治療をより安全なものにするため、生化学物質とヨウ素からなり、重金属を含まない抗がん化合物、分子ラジオ残光ダイナミックプローブ(MRAP)を開発した。腫瘍内のMRAPはX線を吸収してエネルギー状態になるが、脳腫瘍細胞が異常に大量に産生する特定の酵素に出会ったときだけ、がんを殺すフリーラジカルを放出する。

脳腫瘍のマウスを使った実験では、既存の放射線力学的治療法で用いられる6倍以上のX線を照射したにも関わらず、正常細胞ではフリーラジカルを発生させず、副作用がないことが確認された。このことから、MRAPをヒトに使用した場合の副作用も、他の放射線治療よりも低いと予想された。MRAPを投与したマウスは、組織の損傷もなく、体重の減少も見られなかった。化合物は最終的に尿や糞便から排出された。「今回開発した化合物により、既存の治療法よりも安全で副作用が少ない治療法開発につながると期待しています」とプー教授は語った。

X線装置に放射線漏れがないかチェックする研究者。新しい抗脳腫瘍化合物の特性は、機械内でX線でエネルギーを与えることによって決定される

現在、MRAPは特許申請中であり、実用化に向けて投資家と協議中である。さらに将来、プー教授らは、MRAPの標的能力を向上させたり、がんの再発と闘う免疫療法能力を開発したりするなど、がんを抑制する機能を追加する予定である。

ホイルで覆われたチューブに入った新しい抗脳がん化合物を X 線装置に装填し、X線を照射してその特性を測定する
(出典:いずれもNTU)

サイエンスポータルアジアパシフィック編集部

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