シンガポールの南洋理工大学(NTU)は1月12日、エルニーニョ南方振動(ENSO)の正相であるエルニーニョ現象が、高所得の環太平洋諸国において平均寿命を短縮し、21世紀末までに平均寿命が2.8年短くなり、35兆米ドル規模の経済損失を引き起こす可能性があるとする研究結果を発表した。研究成果は学術誌Nature Climate Changeに掲載された。

(出典:NTU)
ENSOは地球上で毎年の気候変動を最も大きく左右する要因であり、世界中の気温、降水量、そして異常気象に影響を与えている。その影響は、熱波や洪水、大気汚染、食料安全保障の混乱に至るまで多岐にわたり、これらは人々の健康と経済成長に影響を与えるという証拠が増えてきている。極端な気象現象は、医療システムを混乱させ、特に脆弱な人々において長期的な死亡リスクを高める。
本研究は、1960年から2022年までの高所得環太平洋諸国10カ国の死亡記録を分析した学際的研究で、エルニーニョ現象が一時的な気象異常ではなく、健康と経済に長期的かつ持続的な影響を与える要因であることを示した。解析の結果、ENSOが中立の年には環太平洋地域の全年齢死亡率は年間平均2.1%改善していたが、大規模なエルニーニョ発生から5年後には改善幅がマイナス0.6%まで低下した。1982~83年および1997~98年のエルニーニョでは、出生時平均寿命の伸びがそれぞれ約0.5年、0.4年短縮されたと推定され、対応する経済損失は約2.6兆米ドル、4.7兆米ドルに相当する。
筆頭著者であるNTUの南洋ビジネススクールのヤンビン・シュー(Yanbin Xu)博士は、温暖化が進む中で繰り返されるエルニーニョは、社会が本来得られるはずの健康改善を静かに削り取っていると説明する。また、共著者のウェンジュン・チュー(Wenjun Zhu)准教授は、影響が数十年にわたり蓄積し、経済成長や財政の持続性、そして不平等にも及ぶ点を強調した。
温室効果ガスの中程度の排出シナリオでは、2100年までに平均寿命が累計2.8年短縮し、地域経済の約1%に相当する35兆米ドルの損失が見込まれる。研究チームは、排出削減に加え、エルニーニョ関連の健康リスクを踏まえた長期的な適応策の重要性を訴えている。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部