シンガポールの南洋理工大学(NTU)は2月23日、スイスのジュネーブ大学(UNIGE)との共同研究により、細菌間のコミュニケーションを阻害すると感染症が抑えられるという従来の考えに疑問を投げかける研究成果が得られたことを発表した。研究成果は学術誌Nature Communicationsに掲載された。

NTUのハリス・アンティパス(Haris Antypas)博士(左)と、ジュネーブ大学医学部のキンバリー・クライン(Kimberly Kline)教授(右)
(出典:NTU)
本研究で対象となったのは、感染性心内膜炎の原因菌の一種であるEnterococcus faecalisだ。感染性心内膜炎は心臓の内膜や弁に生じる重篤な感染症で、抗生物質に対して高い耐性を示すことが多い。細菌はクオラムセンシングと呼ばれる化学的通信機構を使い、周囲の細菌数を感知して集団行動を調整する。この仕組みにより、細菌はバイオフィルムと呼ばれる密集した集合体を形成し、弁の機能を低下させるとともに抗生物質に対する耐性を高めることが知られている。
研究チームは、血流環境を模倣した装置と心臓感染の動物モデルを組み合わせて解析した。その結果、心臓弁の表面では血流が細菌の化学信号を乱し、感染初期にクオラムセンシングを抑制することが分かった。一方、感染が進むと細菌は弁内部の組織に入り込み血流の影響を受けにくくなり、通常はクオラムセンシングが活性化してバイオフィルムの過剰増殖を抑制する役割を果たす。しかし、クオラムセンシング機能を欠く菌株ではこの制御が働かず、より大きく強固なバイオフィルムが形成された。動物モデルでは、これらの菌株は抗生物質耐性が高く、より重篤な感染を引き起こした。研究チームは、この現象がタンパク質分解酵素の産生低下と、宿主の栄養を効率的に利用する代謝変化によって引き起こされる可能性があると説明している。
さらに米国とスイスの患者から分離した菌株を分析したところ、臨床分離株の約半数がクオラムセンシング機能を欠いており、これらは抗生物質治療にもかかわらず血液中に細菌が残る菌血症の長期化と関連していた。UNIGE医学部のキンバリー・クライン(Kimberly Kline)教授は、感染性心内膜炎ではクオラムセンシングを阻害することが逆に病状を悪化させる可能性があると説明し、細菌の通信が患者にとって有益か有害かを理解することが、より適切な治療戦略の設計に重要になると指摘した。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部