「名門大学」から「安定就職」重視へ 若年失業率の高止まりが変える中国の進学観
松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2026年08月17日
中国では6月の大学入試(高考)が終了し、7月下旬までに各地で大学の合格結果がおおむね出そろった。今年の入試では、例年とは異なる進学動向が注目を集めている。これまで多くの受験生が志望してきた清華大学や北京大学などの名門大学だけでなく、卒業後の就職が比較的保証される軍・警察・公費師範大学[1]などの人気が大きく高まり、一部ではトップ大学を上回る難易度となった。背景にあるのは、依然として厳しい若年雇用情勢である。中国では大学卒業生が過去最多を更新する一方、民間企業の採用減速やAIの普及による雇用構造の変化が進み、若者の間で「大学のブランド」よりも「卒業後の安定した就職」を重視する傾向が鮮明になっている。
厳しい若年失業率
中国国家統計局によると、ここ数年、中国の若年失業率は厳しい状況が続いている。2023年6月には、16~24歳の都市部若年失業率が過去最高の21.3%を記録した。失業率の急上昇を受け、中国政府は2023年8月から関連データの公表を一時停止し、在学生を除外した新たな算出方法を導入したうえで、2024年1月に公表を再開した。しかし、その後も失業率は高い水準で推移しており、若年雇用を巡る状況は依然として厳しい。
図 近年の中国の若年失業率
今年は、過去最多となる約1270万人の大学卒業生が、新たに就職市場へ流入することとなる。豪州・ニュージーランド銀行(ANZ)のエコノミストである邢兆鵬氏は、労働供給の増加により、今後2か月以内に若年失業率が再び20%近くまで上昇する可能性があると分析した。
雇用環境の悪化は景気循環だけによるものではない。内需の低迷や不動産市場の調整により民間企業の採用意欲が弱まるなか、AIの普及によって事務職やデータ処理など新卒が担うことの多い定型業務の一部が自動化され始めており、若年層を取り巻く雇用環境は構造的な転換期を迎えている。
「名門大学」より「安定した就職」が優先される時代へ
こうした雇用不安は、大学受験にも影響を及ぼしている。
これまで中国では、政府が重点的に育成する39校のトップ大学「985大学」への進学が最も高く評価されてきた。しかし今年の大学入試では、軍・警察・公安・公費師範大学など、卒業後に公務員や公的機関への就職につながりやすい大学・学部の人気が急上昇した。従来、軍学校や公費師範大学などは、学費免除や生活支援、卒業後の就職保障といった制度面のメリットから、経済的負担を抑えたい家庭の受験生に支持される傾向があった。しかし近年は、就職市場の先行き不透明感を背景に、家庭環境にかかわらず、トップ大学に進学できる学力層までもが「安定したキャリア」を重視して進学先を選ぶようになっている。
一部では、これらの大学・学部の最低合格点が985大学を上回るケースもみられ、中国のSNSでは「清華・北大より"編制(公務員など公的機関の定員付きポスト)"」という言葉まで登場している。中国では、このような安定した公的職業を「鉄飯碗(鉄の茶碗)」と呼ぶ。簡単には職を失わず、景気変動の影響も比較的小さいことから、日本でいう「安定した公務員」のようなイメージで受け止められている。
「5大官校」や軍学校の人気が急上昇
特に注目を集めているのが、外交学院、国際関係学院、北京電子科技学院、上海海関学院、中国消防救援学院の5校である。
これらは「5大官校」と呼ばれ、公務員や政府機関への就職実績が高いことで知られる。大学としてのブランド力では必ずしもトップ大学群には含まれないが、今年は一部の最低合格点が清華大学や北京大学に迫る水準となった。
また、中国国防部によると、今年は軍学校にも約19万2000人が志願し、22校で約1万7500人を採用した。合格者の学力は各省の上位約6%に相当し、人気・学力ともに過去最高を更新したという。
こうした動きは、若者が大学名そのものよりも、卒業後の進路や雇用の安定性を重視するようになったことを示している。
「名門大学離れ」は合理的な選択なのか
この現象について、中国の教育専門家の熊丙奇氏は、「大学名だけを重視する考え方から脱却する動き」として一定の評価を示している。
一方で、「安定した職業だから」という理由だけで進学先を選ぶ風潮には懸念もある。自らの適性や長期的なキャリア形成よりも、公的部門への就職だけを目的とする志望が増えれば、人材が行政部門へ過度に集中し、民間企業やスタートアップの人材不足を招く可能性もあるためだ。
湖北省統計局元副局長の葉青氏も、「985大学より安定した職業が選ばれる現象」は、かつて国有部門への依存が強まり民間経済の活力が低下した中国東北部と似た構図になりかねないと警鐘を鳴らしている。
「挑戦」より「安定」を求める若者たち
今回の進学動向は、単なる大学人気の変化ではない。
中国では近年、不動産不況や民間企業を取り巻く経営環境の悪化に加え、AIによる業務代替が進み、従来であれば新卒の受け皿となっていた職種が縮小しつつある。その結果、「まず民間企業で経験を積み、転職によってキャリアアップする」という従来のモデルよりも、「最初から安定した職業を選ぶ」ことを合理的な選択と考える若者が増えている。
これは、中国経済の先行きに対する若者の慎重な見方を反映しているともいえる。高成長期には「挑戦」が評価されたが、先行きの不透明感が強まる現在では、「安定」が重要な価値として再認識されているのである。
技術革新と雇用創出のバランスが今後の課題
中国政府はAIや半導体など先端産業を成長戦略の柱に据え、イノベーションによる経済成長を目指している。しかし、その成果が十分な雇用創出につながらなければ、高度人材を育成しても若年層の就職難は改善しない可能性がある。
今回みられた「名門大学より安定就職」という受験動向は、一時的な景気低迷だけでは説明できない。AIの普及や産業構造の転換、民間経済への期待低下といった複数の要因が重なり、中国社会全体で「挑戦」よりも「安定」を重視する価値観が広がりつつあることを示す象徴的な現象といえる。この価値観の変化が一過性のものにとどまるのか、それとも中国の人材流動やイノベーション創出のあり方を変える長期的な潮流となるのか、今後も注視する必要がある。
[1] 軍・警察・公安・公費師範大学は、それぞれ軍・警察・公安機関や公立学校の教員養成を担う高等教育機関である。一定の条件を満たせば卒業後に公的部門への就職や配置が見込まれるため、中国では「安定した就職先」として位置付けられている。
参考資料
- Yahoo!財経(Bloomberg)「勞動力市場困境蔓延 中國青年失業率有達20%的風險」
- 聨合早報「彭博:毕业生规模扩大叠加AI冲击 中国青年失业率或上升」
- 聨合早報「“清华北大不如编制大”?中国高分高考生舍名校进铁饭碗院校」
- 中国国家統計局の公式サイト
