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【全人代2026】政府活動報告にみる中国の科学技術政策動向

松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2026年03月12日

 2026年3月5日、中国の全国人民代表大会(全人代)開幕式典において、李強国務院総理(首相)は2026年の政府活動報告を発表し、GDP成長率(4.5~5%)などの主要なマクロ経済目標を提示した。2026年は第15次五カ年計画(以下、十五五)が始まる年であり、今回の報告は、第14次五カ年計画(以下、十四五)の総括と十五五に向けた戦略的布石として位置付けられる。

一、2025年の総括と目標の提示

2026年中国の主要発展目標
GDP成長率 CPI上昇率 財政赤字率 新規雇用 GDP単位当たり炭素排出
4.5~5% 約2% 約4% 1,200万人以上 3.8%削減

1)GDP成長率(4.5~5%):過去最低水準

■ 中長期目標との連動

 2025年の中国のGDP規模は140.19兆元(1元=約23円、約3200兆円相当)となり、成長率は5.0%を記録した。十四五期間の平均成長率は5.4%であり、計画目標は概ね達成された模様だ。産業面では、自動車輸出および新エネルギー車(年間生産・販売1600万台超)が成長を牽引しており、製造業付加価値は16年連続で世界1位を維持している。社会面でも、都市調査失業率は5.2%となるなど、雇用、民生、環境といった主要指標において目標を達成し、社会の安定が維持されたとしている。中国は2020~2035年までにGDPを倍増させるという目標を掲げている。この目標を達成するためには、十五五および十六五期間において年平均約4.17%の成長が必要とされる。今回提示された4.5~5%の成長目標は、このような中長期的な発展経路を維持するための水準として設定されたものである。

■ 成長と安定のバランス

 過度に高い成長目標は資源配分の歪みや債務リスクの拡大を招く可能性があり、一方で過度に低い成長目標は中長期目標の達成を困難にする。そのため、4.5~5%という範囲は成長効率と経済安定性を考慮した現実的な水準であると思われる。

2)消費者物価指数(CPI)上昇率(2%):前年と同水準

■ 物価動向

 2023~2024年のCPI目標は約3%であったが、実際の上昇率は0.2%にとどまった。また2025年には目標を2%に引き下げたものの、実際の上昇率は0.0%となり、物価は3年連続で低水準に停滞している状況である。

■ 政策意図

 このため中国政府は、2026年もCPI目標を2%程度に維持し、価格の合理的回復と市場期待の改善を図る方針を示した。これは、内需拡大と消費促進を物価安定の主要政策手段として位置付けられている。

3)財政赤字率(4%):コロナ後は上昇傾向

■ マクロ政策

 マクロ経済政策として、中国政府は「積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」を組み合わせ、逆周期調節の強化を図る方針を示している。

■ 最近の財政赤字率

 財政赤字率とは、財政赤字額がGDPに占める割合を示す指標であり、政府のマクロ経済政策の方向性を判断する上で重要な指標である。財政赤字率は、2020年の3.7%から2021年3.2%、2022年2.8%と一時低下した後、2023年には3.8%へと上昇した。2024年は3%となったが、2025年は約4%に拡大し、2026年も約4%と過去最高水準を維持する見通しである。

参考:過去5年間の政府活動報告の主要目標比較(2022~2026)
指標 2026 2025 2024 2023 2022
GDP成長率 4.5~5% 約5% 約5% 約5% 約5.5%
都市新規雇用 1,200万人以上 1,200万人以上 1,200万人以上 1,200万人以上 1,100万人以上
都市調査失業率 約5.5% 約5.5% 約5.5% 約5.5% 約5.5%
CPI上昇率 約2% 約2% 約3% 約3% 約3%
食糧生産 約1.4兆斤(約7億トン) 約1.4兆斤 1.3兆斤以上 1.3兆斤以上 1.3兆斤以上
GDP単位炭素排出 約3.8%削減 約3%削減 約2.5%削減 継続削減 十四五期間の総合管理対象指標
財政赤字率 約4% 約4% 約3% 約3% 約2.8%
財政赤字規模 5.89兆元(約135兆円) 5.66兆元 4.06兆元 3.88兆元 3.37兆元

二、2026年主要分野別重点任務

 2026年、中国政府は所得増加と消費拡大を通じた内需強化、財政投資および産業政策による「新質的生産力」の育成を政策の基本方向として提示した。

■ 十五五に向けた「4つの突出」

 次期五カ年計画(十五五)に向けた政策方向として、次の「4つの突出」を提示した。

1. 高品質発展

 新質生産力の形成を加速し、AI、半導体、先端製造などの新興産業を中心に産業構造の高度化を進めることで、経済成長の質的転換を図る。

2. 国内大循環

 消費と投資の相互連動を強化し、内需主導型の経済構造への転換を推進する。特に消費拡大を通じて経済成長の安定的な基盤を形成することを目指す。

3. 共同富裕

 高齢者と子ども(「一老一小」)への公的支援を強化するとともに、教育資源の地域格差の是正などを通じて、社会保障と公共サービスの充実を図る。

4. 発展と安全

 食料、エネルギー、金融などの重要分野における安全保障体制を強化し、経済発展とリスク管理を両立させる国家安全戦略を推進する。

■ 2026年主要分野別重点任務

分野 主な内容
所得 都市・農村住民の所得増加計画を策定し、低所得層の所得拡大、財産所得増加、賃金制度および社会保障制度の改善を推進
消費 超長期特別国債2500億元(約5.7兆円)を投入し、「以旧換新」(旧家電・自動車などの買い替え促進政策)を支援
政府投資 中央予算7550億元(約17.4兆円)、超長期特別国債8000億元(約18.4兆円)を活用し国家重大戦略と重点分野の安全能力を強化
新質的
生産力
・半導体、航空宇宙、バイオ医薬、低空経済(ドローン)などを新興産業として育成
・未来エネルギー、量子技術、エンボディドAI、BCI、6G通信などの分野を重点育成
・「AI+」行動(AIを製造業、エネルギー、交通など各産業分野に適用する国家戦略)の拡大を推進
全国統一市場 「内巻式競争」(過度な価格競争や重複投資)を抑制するため、生産能力調整や品質監督強化
開放 付加価値通信、バイオ技術、外資系病院などの分野で外資開放試行を拡大
農村発展 農地契約30年延長試行、第4回全国農業センサス実施
新型都市化 農村移住人口の都市定住促進、都市流入地域の高校入試条件緩和
雇用 雇用志向型成長モデル構築
教育 無償幼児教育政策の改善、高校定員拡大
医療 医療保険財政支援を1人当たり約24元(約552円)増額
社会保障 基礎年金最低基準を月20元(約460円)引き上げ
グリーン発展 国家低炭素転換基金設立、水素エネルギーなど新産業育成
不動産 都市ごとの状況に応じた政策により、新規供給の調整、住宅在庫の解消、既存の商業用住宅の活用拡大を推進

三、科学技術関連内容

 ここでは、2026年政府活動報告で提示された10大重点任務のうち現代化産業体系の構築、科学技術自立・自強の加速といった科学技術関連内容を中心に整理する。

1)注目の初出ワード

 まず、今回の政府活動報告では、AIやデジタルインフラを中心とした新しい政策概念がいくつか提示された。特に次の用語は、今後の中国の産業政策の方向性を示すキーワードとして注目される。

■ スマート経済(智能経済)

 今回初めて提示された概念の一つが「スマート経済」である。中国政府は政府活動報告の中で、3年連続で「AI+」戦略に言及してきたが、2026年はその発展形としてスマート経済の育成を打ち出した。スマート経済とは、農業経済、工業経済、デジタル経済に続く新たな産業形態であり、データ・計算力(算力)・アルゴリズムを基盤として、生産・分配・交換・消費といった経済活動全体を再構築する経済モデルを指す。

■ 新型インフラ整備工程(新基建工程)

 AI時代に対応したデジタル基盤の整備を目的とする国家プロジェクトである。

 具体的には、超大規模AI計算クラスターの構築や、計算力インフラと電力供給の最適配置を進めることで、AIやデジタル産業の発展を支える基盤整備を推進する。

■ 中国サービス(China Service)

 高付加価値サービス産業の国際競争力を高めるための政策概念である。

 金融、デジタルサービス、文化コンテンツ、専門サービスなどを中心に、サービス産業のブランド化を進めるとともに、サービス輸出の拡大と国際市場への展開を促進することを目指す。

■ 世界級都市群

 京津冀(北京・天津・河北)、長三角(長江デルタ)、粤港澳大湾区(広東・香港・マカオ・グレーターベイエリア)などの都市圏を世界水準の都市群として育成する政策である。

 これらの都市群を科学技術イノベーションや産業集積の拠点と位置付け、地域間連携を通じて中国全体の経済成長を牽引することが期待されている。

■ 衛星ネットワーク

 衛星インターネットの整備を進め、通信インフラの高度化を図る政策である。

 低軌道衛星を活用した通信ネットワークの構築を通じて、通信サービスの高度化と商業化を加速し、宇宙産業の発展やデジタル経済の拡大につなげることを目指している。

2)「十五五」期間中のSTI重点指標

 十五五期間における科学技術イノベーション(STI)の重点指標として、以下の目標を提示している。

■ R&D投資:全社会の研究開発経費を年平均7%以上拡大し、科学技術分野への投資を引き続き強化する。

■ デジタル経済:デジタル経済の核心産業がGDPに占める付加価値比率を12.5%まで引き上げる(「十四五」期間の目標は10.5%)。これにより、「デジタル中国」戦略のさらなる深化を図る。

■ 新質生産力:国家レベルの109項目の重大プロジェクトのうち、28項目(約4分の1)を新質生産力関連分野に重点配分し、先端産業の育成を加速させる。

■ 教育・人材:労働年齢人口の平均教育年数を11.7年まで引き上げ、人材基盤の強化を図る。

3)現代化産業体系の構築

■ 既存産業

 2025年および2026年の政府活動報告ではいずれも既存産業の高度化を重要課題として掲げているが、2026年は政策強度、財政支援、推進方式がいずれも拡大している。特に超長期特別国債2000億元(約4.6兆円)を活用し、大規模設備更新支援を実施する。

■ 新興根幹産業

 2026年政府活動報告では半導体、航空宇宙、バイオ医薬、低空経済の4分野を国家の中核新興産業として明確に位置付けた。

■ 未来産業

 2026年は以下の5分野を未来産業として指定した。量子技術、エンボディド・インテリジェンス、6G通信、未来エネルギー、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)。未来エネルギーとBCIは今回新規追加された。

4)科学技術自立・自強の加速

■ 核心技術の確保

 重点分野における技術自立を強化し、国家実験室、重大科学技術研究プロジェクト、重大科学技術インフラを中心とする研究開発体制を構築する。

■ 科学技術イノベーションと産業イノベーションの融合

 北京、上海、粤港澳大湾区などを中心に、国際科学技術イノベーション拠点(世界級都市群)の形成を推進する。

■ 教育・科学技術・人材の一体的発展

 教育・科学技術・人材政策を統合的に推進する発展体制を構築するとともに、「双一流(世界一流大学・一流学科)」大学建設を新たな段階へと進める。「双一流」は、中国政府が推進する世界一流大学および一流学科の育成政策であり、従来の「985工程」「211工程」などと並び、国家戦略に基づき優秀な大学・学科を重点的に育成する制度である。

四、専門家コメント

 2026年の全国両会における「部長インタビュー(部長通道)」では、科学技術部、工業情報化部、国有資産監督管理委員会の責任者が、中国の科学技術政策と産業発展の方向性について発言した。全体として、科学技術と産業政策をより強く結びつけ、国家競争力の強化につなげるという政策意図が明確に示された点が特徴的である。

1)科学技術部 陰和俊部長―基礎研究強化と「科技―産業」連動による科技強国の推進

 陰和俊部長は、中国の科学技術力の向上と研究開発投資の拡大を強調した。2025年の研究開発(R&D)投資総額は3.92兆元(約90兆円)を超え、GDP比は2.8%に達した。特に基礎研究投資は約2800億元(約6.4兆円)となり、R&D全体に占める比率も初めて7%を超えた。

 陰部長は、「十五五」期を科学技術強国建設の重要な段階と位置付け、科技革新と産業革新を一体的に推進することで、「科技強から産業強、経済強、国家強へとつながる発展経路」を構築する必要性を強調した。また、北京(京津冀)、上海(長三角)、粤港澳大湾区の三大国際科技イノベーションセンターの機能強化を通じて、基礎研究におけるイノベーションの創出と先端産業の集積を進める方針を示した。

2)工業・情報化部 李楽成部長―「向新・向優・向智・向緑」による製造業高度化とAI産業の拡大

 工業・情報化部の李楽成部長は、中国製造業の高度化の方向性を「向新・向優・向智・向緑(イノベーション化・高品質化・スマート化・グリーン化)」という四つのキーワードで説明した。2025年の工業付加価値は41.7兆元(約959兆円)に達し、中国は引き続き世界最大の製造業国家としての地位を維持している。

 また、人工知能(AI)産業の急速な発展も強調され、中国のAIコア産業の規模は1.2兆元(約27.6兆円)を超え、企業数は6200社以上に達している。特に製造業におけるAI活用が進み、規模以上製造業企業のAI導入率は30%を超えた。今後は「人工知能+製造業」を推進し、高付加価値の応用シナリオを拡大することで、製造業のデジタル化と高度化を加速させる方針が示された。

3)国有資産監督管理委員会 張玉卓主任―「国有資本の三つの集中」と未来産業投資の強化

 国有資産監督管理委員会(国資委)の張玉卓主任は、国有企業改革の進展と今後の方向性について説明した。第14次五カ年計画期間中、中央企業の資産総額は70兆元(約1610兆円)、80兆元(約1840兆円)、90兆元(約2070兆円)と段階的に拡大し、総利益は前の5年間と比べて56.2%増加したという。

 今後は「国有資本の三つの集中」、すなわち①国家安全や重要産業などの戦略分野、②公共サービスや民生分野、③戦略的新興産業への資本集中を進める方針が示された。また、中央企業による未来産業への投資も強化され、人工知能、新材料、量子情報、核融合、低空経済などの分野の育成が重要課題として位置付けられている。

 今回の政府活動報告からは、中国が次の発展段階として技術イノベーションを軸とした成長モデルへの転換を一層明確にしていることが読み取れる。特にAIや計算力インフラを基盤とする「スマート経済」や、新質生産力の形成を重視する政策方向は、従来の製造業主導型成長から、デジタル技術と先端産業を中核とする産業構造への転換を示すものといえる。また、財政政策による内需拡大と、科学技術自立の推進を同時に進める点も特徴であり、これは外部環境の不確実性が高まる中で、国内市場と技術基盤の強化を通じた持続的成長モデルの構築を意図したものと考えられる。2026年は「十五五」計画の出発点に当たる年でもあり、今回の政府活動報告は、AI、デジタルインフラ、先端製造などを中心に、中国経済が次の発展段階へ移行する方向性を示す政策文書として位置付けられるだろう。

参考資料

 

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