日本人研究者が語る中国経験インタビュー
「中国におけるゲノム進化学研究の現状」 広島大学大学院統合生命科学研究科・米澤隆弘教授
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年03月24日
センターでは、中国の研究環境や近年の研究開発力の急速な発展要因等に対する理解を深めるため、中国で研究経験のある日本人研究者へのインタビューを実施した。今回は、広島大学大学院統合生命科学研究科の米澤隆弘教授にお話を伺う機会を得た。
米澤隆弘:広島大学大学院統合生命科学研究科教授(生物資源科学プログラム ゲノム進化育種研究室)
略歴
総合研究大学院大学にて博士号(理学)取得後、2007年4月から2011年9月まで復旦大学(Fudan University)生命科学院にて講師、2011年10月から2018年3月まで同大学准教授として勤務。2018年4月に日本へ帰国後、東京農業大学准教授を経て、2023年4月より現職。専門分野は、ゲノム進化学、動物育種学等。
1.中国での研究開始に至る経緯
● 渡航・赴任のきっかけ・動機
私が2007年3月に博士号を取得した際、私の指導教官であった長谷川政美教授(※1)がちょうど定年退職を迎えた。その際、長谷川教授は長年共同研究を行ってきた復旦大学生命科学院の鐘揚教授(※2)から「ぜひ中国へ来てほしい」とお誘いを受け、復旦大学へ移ることとなった。
長谷川教授の研究室が復旦大学に設けられることになると、研究室で助手を1名雇うことができることになり、私はその助手の枠で復旦大学に採用され、長谷川教授に同行する形で復旦大学に職を得た。そのため、私の場合には求人サイトから採用情報を探して応募する等の苦労はなかった。赴任時期についても、赴任の話を初めて伺ってから1~2か月ほどで決まった。当時は博士学位取得論文を書くのに手一杯だったため、仕事が決まるだけでも大変ありがたかった。
復旦大学の鐘教授は1964年生まれで、大学学部を卒業した時期は、文革等の影響により中国では研究者が不足していた時代であった。そのため、鐘教授は大学学部を卒業するとすぐに研究所や大学で研究者として働き始め、復旦大学教授に就任した時点でも博士号を有していなかった。そのような中、以前から共同研究をしていた長谷川教授の指導の下、2005年に日本の総合研究大学院大学で博士号を取得した。こうした経緯もあり、長谷川教授と鐘教授は長年良好な関係を築いており、定年の際にも復旦大学へ招いていただいた。赴任先の研究室は、私と長谷川教授、鐘揚教授、ほかに准教授2名がおり、計5名の体制で運営されていた。
● 受入先研究機関・ポジションの決定プロセスについて
復旦大学から採用の話をいただいた際、当初は「助手」としての採用が予定されていたが、大学側の取り計らいにより「講師」として採用していただいた。待遇等は中国人教員の標準的な給与体系に則って決定されたようだが、その具体的な決定経緯はブラックボックスだった。私が中国へ赴任した2007年は、復旦大学では外国語講師以外のポストとしてフルタイムで雇用された外国人はほとんどいなかったため、外国人教員の雇用にまだ十分慣れておらず、私自身も大学側もお互いに手探りの状況であった。私の在任期間中、外国人研究者の数は依然として少なく、周囲ではスコットランド出身の先生と日本出身の先生がいるのみであった。また、「千人計画」等のプロジェクトの枠で採用された場合、比較的好条件の待遇が与えられるが、私が赴任した時期はそれらの制度が開始される以前であったため、中国人教員と区別のない待遇であった。
● 渡航前に研究環境・生活環境について考慮していたこと
私は博士課程の指導教官である長谷川教授の赴任に同行する形で復旦大学へ赴任した。赴任先の復旦大学の研究室と長谷川教授は長年にわたり共同研究を行っており、研究分野も同じであるため、私が日本から中国に移る際に研究環境に関する特別な考慮はほとんど必要なかった。中国で研究するにあたり、日本ではアクセスできないような遺伝資源にアクセスできるのではないかと期待していた。中国は国土が広く、多様な生態系に由来する野生生物が存在し、遺伝資源の多様性が高い。中国に滞在している間に家畜の起源に興味を持つようになり、これが現在の研究につながっている。
生活環境についても、赴任前に心配していたことは特になかった。修士課程在籍中に、マダガスカルやその他の地域で数か月間に及ぶフィールドワークを経験したことがあり、日本とは生活スタイルが異なる国に行くことに対する抵抗感は少なく、「行けば何とかなる」と考えていた。しかし、実際に赴任すると、最初に少し問題が発生した。私は長谷川教授に同行する形で赴任したが、大学側は私の部分に関する準備をあまりしておらず、最初の半年間は給与が支払われず、住居も提供されなかったため、長谷川教授が住む教員宿舎の部屋にしばらくの間居候した。
一般的に、中国では評価の高い大学は大学側が教員への待遇やサポートに力を入れなくても人材が集まりやすいため、受け入れ準備が十分でない一方、知名度の高くない大学では優れた人材を獲得するために準備がしっかり整えられている場合が多い傾向があると言われている。このような状況で上海での生活が始まったが、2007年の中国は北京オリンピックを翌年に控えており、国全体として勢いがあり、振り返るとそれも面白い体験であり、良い思い出である。
● 渡航・ビザ取得・就労許可等の手続き
ビザの取得は復旦大学がサポートしてくれたが、やはり大学側も手探り状態だった。2007年4月にビザなしで渡航し、最初の半年間は3か月に1回、学術交流・外国専門家訪問等のビザ(Fビザ)を取得して滞在した。大学側が必要な書類を一通り揃えてくれて、就労ビザ(Zビザ)と居留許可を取得できたのは、渡航から半年たった2007年10月であった。
就労ビザの更新には、大学との教員としての雇用契約書と健康診断の結果の提出が必要だった。大学との雇用契約期間が毎回1年間のみであったため、就労ビザもそれに対応して1年間の期限で発行され、1年毎に更新が必要だった。健康診断を受診する病院は大学から指定されており、自己負担で1回300元程度(2007年当時約4,500円)であった。ビザの更新は負担ではあったが、一方で在任期間全体を通して中国は日本に比べてB型肝炎の感染率が相対的に高い傾向があり、私が床屋に行った際にもカミソリに前のお客さんの毛が残った状態で使いまわされている状態だったため、現地での感染を少し心配していた。ビザ更新には健康診断における血液検査や各種病気の検査も行われるため、毎回健康状態を確認できるのは、ある意味でありがたいとも思った。
2.中国での研究環境の実態
● 赴任後の契約・生活環境
中国で就職する際、雇用や研究に必要な契約書類以外に、個人の政治的立場や思想に関わる誓約書の作成や表明をする必要は特段なかった。赴任時には、復旦大学の担当者から中国で生活するうえで一般的に留意するべき事項について教えていただいた。
外国人研究者の海外渡航については、特段の制限は設けられていなかった。復旦大学の制度としては、海外出張や日本への帰国の際、出発の2週間前までに所属学部の学部長、共産党組織担当者、事務担当者の3名から署名を得た申請書類を提出すれば問題なかった。台湾への出張についても正式な理由があれば認められており、2009年11月には日本哺乳類学会と台湾の哺乳類学会が年度大会を台湾で共同開催したため、学会に参加するために台湾へ出張した経験がある。しかし、現在は関連規定が変更されている可能性がある。
大学内のインターネット回線は一般の回線と異なり、赴任初期はインターネットの規制も緩かったため、学内からさまざまなサイトにアクセスでき、GoogleやGmailもVPNなしで直接アクセスできる時期も多かった。米中関係が悪化した時期には、大学からNCBI(米国国立生物工学情報センター)のデータベースに直接アクセスできないこともあったが、VPNを使えば利用できた。
● 研究内容について
中国では家畜の起源に興味を持ち研究を行い、現在も鶏の研究を続けている。日本の鶏は朝鮮半島を経由する場合があっても、基本的に必ず中国を通って朝鮮半島に移っている。鶏はもともと東南アジアのセキショクヤケイ(赤色野鶏)から家禽化され、まず中国へ伝播して東アジアで多様化した。その後、西方にも広がり、近代になるとヨーロッパや北米で肉用鶏(ブロイラー)や採卵鶏(レイヤー)などの現代型改良品種の育種が進められ、これらが日本や中国を含む世界各地へ普及した。
私が研究対象としている鶏は、現代的な品種ではなく、江戸時代以前に日本に入ってきた「日本鶏」と呼ばれる品種である。「日本鶏」は9割が中国を経由して来ており、残りの1割は東南アジア等の別のところから来ている。例えば、「名古屋コーチン」は江戸時代以前から日本にいた品種とヨーロッパの品種を掛け合わせてできているため、少々私の研究対象外である。一方、「烏骨鶏」(うこっけい)は現在も中国にいるが、江戸時代よりも前に日本に入ってきたため「日本鶏」に含まれる。日本で生活していると、卵や食品に含まれるものも含め、「3日間鶏を食べないことはない」と言われるほど、鶏は食生活において重要な存在である。
● 渡航直後に感じた研究環境等のギャップ
研究環境や大学内の環境については、日本とそれほど大きなギャップを感じなかった。自然科学の研究は、それ自体が世界の共通言語となっている面があり、いろいろなものの考え方についても国により大きくは変わらないと思う。一方で、在任期間の終盤あたりから大学側の制度や体制が変わり始め、研究環境の変化を感じ始めた。
また、さまざまな大学へ訪問し、会議に参加する機会があったが、地方の大学を訪れると、研究環境や設備に明確な差が見られた。中国国内における大学間の格差は大きく、日本国内の大学間の差と比べてもより顕著であると感じた。そのため、中国の大学を評価する際には、復旦大学やC9(九校連盟)に含まれるような有名大学のように注目される大学は、中国の大学全体の平均的水準を示すものではなく、あくまで上位に位置づけられる大学であることを考慮する必要がある。
大学院生等に聞いた話では、以前の復旦大学は思想の自由、学問の自由、高い独立性が保たれており、とても良い研究環境だったようである。また、中国では一般的に、有名な大学ほど自由な雰囲気があり、研究者が自らの関心に基づいた研究に取り組むことができる一方、知名度の高くない大学においては、中国の政治的なバランスによって大学運営が大きく左右される状態にある。
● 研究で必要なサンプルの移動に関する許可について
私の研究では実験よりもコンピュータ解析を行うことが多く、大々的な実験を行うことも無いため、中国国内での研究に関しては、特別な許可が必要となることはなかった。また、日本と中国の間での国境を越えたサンプルの移動については、一般的に必要となる手続きや許可申請を行っていた。例えば、日本で採集した植物のサンプルを中国まで国境を越えて移動する際には、検疫等の手続きや許可申請が必要である。以前は、ワシントン条約に関連するものを除けば、規制は厳格ではなかったが、2014年に「名古屋議定書」(※3)が発効される等、徐々に厳しくなってきている。
ここ数年は、現物サンプルの国境を越えた移動には様々な制限が設けられており、日本から中国へも、中国から日本へも、どちらの移動についても管理は厳格化している。海外の現物サンプルを使用できない場合は、現地のシーケンス専門会社に実験を委託する方法もある。現地のシーケンス専門会社にサンプリングや実験、ゲノムデータ化等を委託し、得られたデータのみを送付してもらうことで、現物サンプルを国外に持ち出す必要がなくなる。現地の共同研究者がいると、現地でのサンプリングやシーケンス専門会社への実験等の依頼を協力していただくことも可能で、得られたデータを利用して共同研究を進めることができるため、手続き面を含め全体的に利便性がより高いと思う。
● 研究で必要なデータの移動に関する許可について
研究で使用するデータについては、国内外の既存の公開データだけでなく、実験やシーケンス専門会社に委託して得られた新規データも使用したこともあった。私たちの研究は基礎科学寄りの内容であり、研究対象も人や家畜のように取扱いが難しいものではなく、法律上の規制が厳しくない一般の野生動物であるため、制限のあるデータも特に使用していない。もしも和牛のような家畜に関するデータを別の国に送付する場合には、規制が厳しく状況は異なる。
● 研究費の確保について
私の研究はコンピュータ解析がメインであり、それほど多額の研究費は必要とせず、コンピュータ本体等も研究室にある既存の設備を利用したため、既に研究室に配分されていた研究費で賄える状況であった。競争的研究費としては、国家自然科学基金委員会(NSFC)からの研究費(象に関する研究で20万元、2009年当時約280万円)(※4)の他に、上海市からも小規模の研究費をいくつか受けていた。外国人向けの政策・制度が改善された現在とは異なり、私が赴任した初期の頃は、外国人が応募可能な研究プログラムはまだ少なく、中国人や中国系外国人(外国籍華人)研究者を対象とした研究プログラムが主であった。外国籍研究者が申請可能なプログラムであっても、日本国籍等の研究者は対象外のプログラムもある。中国語で申請が必要な研究費を申請する際には、研究室の中国人職員に中国語に翻訳してもらった上で申請を行っていた。しかしながら、最近は外国人が申請可能なプログラムも多くなってきていると聞く。
中国の機関ではなく日本の機関から研究費を頂くこともあった。私は日本の研究者番号を既に取得していたため、文部科学省の科研費について2013-2015年に基盤Cのプロジェクト1件を、2017-2019年に基盤Bのプロジェクト2件を研究分担者として受けた。もちろん、中国の大学の所属名義では申請できないため、私が学位を取得した総合研究大学院大学の外来研究員という形で申請し、ノートPCの購入や日本国内での実験を外来研究員として行う際に使用させていただいた。
● 競争的研究費・公的研究費の使用ルール
研究費の使い方は日本と中国で大きな違いはないが、中国の方が運用ルールはやや柔軟だと感じた。私は研究費の事務手続きのガイドを見たことがなく、事務担当者に相談しながら使用していたが、用途が主に実験試薬や旅費に限られていたため、特に問題も発生しなかった。ただし、在任期間の終盤からは大学の方針が変わり、手続き方法自体は変化していないものの、研究費の管理は目に見えて厳しくなっていた。例えば、以前は、用途ごとの上限額は細かく定められているものの、海外から研究者が来校した際の飲食費の申請等が容易だったが、方針変更後は管理が厳格になり、飲食の申請手続きが慎重に運用されるようになった。また、大学からの校費(研究所から各研究者に配分される自主財源による研究費)は支給されなかったと記憶している。
中国では研究費の一部を一定範囲内で自身や学生アシスタントの給与に充てることも可能であり、多くの教員は基本的に学生の給与に充てていた。もちろん、外部の研究費を獲得していない教員は、学生に給与を支払うことはできない。復旦大学では2014年より前までは大学院生の学費が無料であったが、2014年以降は政策変更により学費の支払いが必要となった(※5)。ただし、大学院生には大学から生活手当(※6)が支給されるため、実質的な自己負担はほとんどない。その上で、研究室からのリサーチ・アシスタントの給与や大学からの奨学金が支給される。私たちの研究室では、鐘教授がNSFCの審査員を務めており、審査員は研究費の申請に制限が掛かる代わりにNSFCから一定の研究費を受け取れるという制度があり、安定的に研究費を受けていたと記憶している。
もう一つの違いとしては、研究費の年度跨ぎの繰越手続きの手間が挙げられる。例えば、以前の文部科学省の科研費は、年度末に余った予算を次年度へ繰り越す際の手続きが煩雑だった。現在の科研費は基金化され、年度末の繰り越しが容易になり使い勝手も向上している。一方で、最終年度の残額に関する手続きは依然として難しい。中国の研究費は以前から繰越が容易で柔軟だった。最終年度については、私の場合は研究費が余らなかったため不明である。
● 論文数や外部資金等の研究に関する要求について
私自身は研究に関してノルマを課せられたり干渉されたりすることは特になく、研究責任者として比較的自由に研究を行うことができた。自分の研究以外の業務としては、私が所属する研究グループ内の学生の研究指導や他のプロジェクトのサポートを行ったほか、ゼミや授業も担当していた。
中国の研究環境について、いくつか感じた特徴がある。大学院生については、勉強や研究に熱心な学生も多い一方で、個人差も大きい。中国ではほとんどの学生が大学内の寮に住んで生活をしているため、研究室は交流の場や生活の一部として利用されることも多い。そのため、学生が研究室に長時間滞在していても、必ずしも勉強や研究をしているとは限らない。日本の学生と比較すると、日本の学部生はあまり勉強しないが、日本の大学院生は中国の大学院生よりも熱心に勉強や研究に取り組んでいる割合が比較的高い印象がある。
若手研究者については、現在は基本的に最長6年間の任期が設けられ、論文発表数等で評価されている。任期中の評価によって、最終的に大学に残って准教授として任用されるか、あるいは大学を離れることになるかが決定されるため、厳しい環境にあると思う。また、博士研究員(ポスドク)についても、修了時に学位審査に類する審査プロセスがあり、他国に比べて厳しいのではないかと感じる。
また、私が復旦大学を辞める直前は、言葉では表現しにくいものの、大学内の自由な雰囲気が目に見えて失われていくのを感じた。
● 教員の評価方法
教員の評価は、論文発表数等の業績を記載したアニュアル・レポートに基づき、毎年度の教授会で行われていた。中国の大学では「核心期刊」(※7)という論文誌評価リストや、中国語論文を含む各論文誌の評価が付けられている「中国科学引文数据庫(CSCD)」(※8)等の中国独自の論文誌評価指標も利用されている。しかし、私は英語論文のみを発表していたことや、所属先でSCI(Science Citation Index)が重視されていたこともあり、基本的にインパクト・ファクター(IF)が評価指標として用いられていたと記憶している。私は毎年度末に、発表論文が掲載された論文誌のインパクト・ファクター、合計のインパクト・ファクター、平均のインパクト・ファクターを計算して、アニュアル・レポートに記入して提出していた。
教育も評価対象に含まれており、一定数以上の授業を担当する必要があった。私は分子系統学の1~2単位分の授業(1学期で合計15回の講義)を1つと、授業単位に換算可能なゼミを1つ担当し、かろうじて受け持つ必要のある授業数の最低基準を満たしていたと記憶している。授業数が基準に達しない場合、教育面の評価に影響し、減給等の措置が下る可能性もある。中国の大学の良い点の一つは、前年に教授会で承認を得さえすれば、新しい授業を開設できる点であり、この点は日本の大学とは大きく異なると感じる。
復旦大学等の中国の大学では、在籍学生以外の一般人も授業を聴講できる点も特徴である。多くの授業には復旦大学の学生でない大学周辺の住人や大学の警備員等も参加しており、熱心に学んでいた。また、復旦大学の隣には同済大学があり、授業の単位取得が必要なくても講義を聴きに行きたい学生がお互いに行き来していた。以前は外部の人も大学に自由に入ることができたが、コロナ禍により、大学の入校は事前登録制となったようである。
● 中国ジャーナルへの投稿推奨について
在任中は、中国政府の政策・方針の変化については特に把握していなかったが、中国のジャーナルの出版社・編集者側がインパクト・ファクター向上に努力していることは非常に感じた。自然科学系の分野では、論文の評価基準としてSCIが重視されていた。復旦大学では、中国語の論文はあまり評価されなかったため、私は主に英語の論文誌に投稿していた。インパクト・ファクターが高い場合には、中国の機関が発行する英語の論文誌に投稿することもあった。また、2018年に帰国して以降についても、政策上の変化に注目していないため状況は不明である。
関連の出来事としては、海外の著名研究者が中国の機関が発行する論文誌に論文を発表し、様々な反響が起きることがある。例えば、中国出身で現在ロンドン大学教授をしている世界的に有名な楊子恒(Yang Ziheng)先生(※9)が、中国動物学会の論文誌に論文を発表(※10)した際、中国の研究者の間では「なぜこの雑誌に投稿したのか?」という声があがっていた。私たちも研究で楊先生と関わりがあり、復旦大学にお招きしたこともある。中国本土出身では初の英国王立協会フェローにもなった世界的な研究者として、私たちの分野では非常に尊敬されていた。
また、コロナ禍以降になり、中国の研究者の中国の論文誌への投稿が増えているようである。中国の研究者は優れた研究成果を多く発表しているものの、主に英語や海外機関発行の論文誌に投稿する現状が疑問視され、中国国内の機関が発行する論文誌への投稿も推奨され始めているのではないかと思われる。
● 研究機器、設備の整備、共同研究施設の利用や調達
私たちの研究では普段はコンピュータ解析が中心で、特別な実験機器を使用する必要はなく、必要に応じて大きな研究グループの設備を利用していた。加えて、復旦大学には共用の実験設備があり、利用者は予約制で使用していた。中国では、高額な機器は大学や学部が購入し、専門の技術者が管理する仕組みになっている。一方、日本は共用の実験設備は少なく、研究者が複数人集まって共同で購入することが多いように感じる。
私が日本で第二世代シーケンサー等の高額な機器を使う研究を行う場合、基本的に外部に実験を委託し、実験のランニングコストのみを支払うことが多い。シーケンサーについて言えば、現在では大学所有と外注とでのコスト差は小さく、機器の管理・メンテナンスやオーサーシップの観点からも、外注の方が合理的である。教育の観点から考えると、機器を購入して学生に実際に機器の操作経験を積ませることも重要だが、研究効率やデータ精度を重視する場合は外注の方が適している。そのため、私たちの研究でも現在は実験部分を外注し、その後のデータ解析や各種作業を学生に担当してもらっている。また、現在は実験とデータ解析が別の領域のようになっており、データ解析を行うにはコンピュータサイエンスやプログラミング等の専門的な技術が必要となってきている。
● 外国人研究者特有の制度等について
私が中国に赴任した2007年は、後に注目されるようになった「千人計画」等の外国人研究者向け優遇制度やプロジェクトが始まる前の時期であった。これらのプログラムは既に中国国内で研究を行っている外国人研究者は応募できない条件であったため、私の場合はタイミングの問題もあり、外国人向けの制度を利用することができなかった。そのため、私は復旦大学の基幹教員として中国人教員と同じ給与体系が適用されていたため、給与は低い水準にとどまっており、上海で生活していくことは厳しいと感じていた。これは、私が復旦大学から日本に移ることを決めた大きな理由の一つである。
しかし、給与面が改善されていたとしても、在任期間の終盤から大学側の方針が変化し、大学内部にいる者にとっては、外部から見るほど楽な状況ではなくなってきていた。研究環境については集中と選択が行われており、一般にも注目される研究室やプロジェクトでは資金・設備の拡充等により大きな恩恵を受けていたが、その他の多くの研究室ではそのような変化はなかった。加えて、大学内では教授会の役割や運営・管理体制が大きく変化し始めたため、そうした環境の変化に慣れない教員もいたように感じる。このような状況のため、給与が改善されていたとしても中国に留まっていたかどうかは実際には分からない。
また、中国では外国人研究者が研究費を申請するのが難しく、大規模な研究プロジェクトを開始するには少し不自由な立場であると感じた。その点、私は日本に戻ってからは研究費申請の自由度が高く、研究環境全体も基本的なサポートが整っていると感じている。
● 中国の研究者に接する際に注意していた点
中国人研究者については、最初に言われる「OK」は社交辞令ということがあるので、話半分に聞いておいた方が良い。また、論文のオーサーシップを大切にする傾向があり、実質的な貢献がないにもかかわらず、オーサーシップを主張する例があると聞く。
例えば、大規模な研究プロジェクトでは論文の共同第一著者(コファーストオーサー)が10人程になることもあるが、その中には研究に全く関与していない研究者が含まれていることもあるという。対照的に、大きく貢献をした研究者が共同第一著者に加えられなかったという例もあると聞く。背景には、研究室内や研究者間での各種配慮があると考えられる。また、中国の大学教員から論文掲載料を支払うという約束で中国の大学の学生を受け入れ、共同研究を行った方は、学生との共著論文が良い論文誌に掲載できなかったため、論文掲載料を支払ってくれなくなったというケースもある。
そのため、共同研究を始める際には将来の状況も考慮して研究を進めていくことが必要だと感じる。もっとも、日本人研究者にも個人差があるように、中国人研究者にも個人差がある。日本と中国の間の違いよりも個人の違いが大きいことが多く、一概には言えない部分もある。
● 中国の大学を退職する際の注意点について
大学との契約自体については、退職する際の制限は特段なかった。中国の大学で教えていた学生も同時期の卒業となり、日本に帰国後も引き続き指導する必要もなかった。
例外的なケースであるとは思うが、住宅手当の返済が必要となった。中国の大学で働き始めた頃、住宅手当として30万元(2007年当時約460万円)を一括で受け取っていたが、これは15年間勤務することを前提とした金額だった。私が退職した際の勤務年数は15年まで4年不足していたため、退職後に4年分に相当する約8万元(2018年当時約130万円)を返済することとなった。最初に住宅手当が支給される際、15年分を一括支給するか、毎年1年分ずつ支給するかを選択できたはずだが、外国人の私は中国語が分からず、事務側で手続きが行われていたため、契約の詳細を把握していなかった。日本に帰国して半年後に別件で復旦大学を訪れた際に住宅手当の返済が必要なことを知り、非常に驚いた。私は退職金が無かったため、結果的に逆退職金のような形になった。
3.中国のSTIエコシステムの全体像や発展の見通し
● 中国研究者の国際的な動向
過去10年を見ても、中国人研究者の「Science」や「Nature」での論文発表数は増えており、急速に発展していると感じる。しかし、前述のとおり大学側の管理・運営体制等が途中から変化し、そうした環境の変化に馴染めない教員の中には、海外で活動する道を選ぶ者も見られた。私の周辺でも、海外での研究経験を持つ教員が、再び海外に活動の場を移すケースがあった。こうしたことを踏まえると、中国は現在アメリカに次ぐ世界第二位の科学大国であるものの、人材流出の面もあり、今の科学力や勢いがどれほど続くかは不透明である。また、中国は大学ランキングを非常に重視しており、世界ランキングに合わせて大学の制度設計を最適化している。そのため、世界ランキングで東大や京大を上回る大学も多いが、それが研究の質に直結しているかは疑問である。
中国は月にロケットを飛ばすような科学技術の進展がある一方で、一般市民がその科学の恩恵を十分に受けられていない面も多い。例えば、医療分野では医師の待遇があまり良くなく、それが一般の医療の水準にも影響していると考えられる。実際、私の妻は子ども2人を日本と中国の両方で出産した経験があり、1人目は日本で自然分娩、2人目は中国で出産したが、中国では最終的に帝王切開となり、その際に医療事故に近いトラブルが発生した。このような経験から、日本と中国を比較すると、中国はまだ発展途上国のような状況にあると感じた。
科学の本来の目的は、一般の人々への還元にある。一見地味に見えても、博物館の収蔵庫を充実させる等、目に見えない取り組みの積み重ねこそが本当の意味での科学の豊かさだと思う。しかし、中国は国の権威に関わる分野に力を入れ、「Science」や「Nature」の論文発表数といった目に見える指標で科学力を示している一方で、その科学力は歪んだ形で成長して大きな空洞が生じており、一般の人々が十分に恩恵を受けられていないと感じる。日本も欧米諸国に比べて同様の傾向はあるが、中国ではその傾向がより目に見えて現れている。
● 中国のイノベーションの源泉と持続可能性
中国では、政府がルールを整備する前の自由な環境の中で先にイノベーションが起こり、研究や産業が発展するケースが多いと思う。一方、日本はルールの順守や権利の保証への比重が高く、イノベーションやフレキシビリティが低下する面があると感じる。また、中国は世界第二位の科学大国となったが、科学力が目に見える部分だけが大きくなり、歪みの大きい状態で発展が進んでいる面もあると思う。しかし、科学において本当に重要な領域は、短期的な成果指標では把握しにくい基礎的研究領域であり、こうした分野を大切にすることが結果として科学の安定した成長には重要である。研究へのある程度の経済的支援は必要だが、それが一か所に集中するのも問題であり、バランスが重要だと思う。
4.中国での研究経験を踏まえた日本の研究システムへの提案・要望等
● 日本の大学が取り入れるべき制度について
教育面では、日本の大学の授業体系は中国に比べてフレキシビリティが低いと感じる。日本の大学では、入学時に示されたカリキュラムに基づいて授業を受ける権利が学生に保証されており、大学側が内容を変更することは容易ではない。教員が変更や新しい授業を提案しても、実際に実施できるまでに数年を要することが多い。
科学分野では「5,000日に1回、新しい大きなイノベーションが起こる」とも言われており、日本はその大きなイノベーションの波にうまく乗れていないと感じる。そのイノベーションの波に乗るには授業体系のフレキシビリティが不可欠である。例えば、私が中国の大学に在任していた間に、私の分野で広く使われる機器のシーケンサーが第一世代から第二世代へと移行した(※11)。中国の大学ではこの変化に合わせ、解析によって得られるビッグデータの扱いに関する教育が早期から強化されていた。一方、日本の大学ではこうした教育内容の更新が遅れていたように感じる。
中国の大学も日本と同様に必修科目は決められており、この授業については基本的に変更することはできない。しかし、それ以外の選択科目の授業では各教員が独自の面白い内容の講義を行っていた。また、教員が新しい授業を開設し、当初は5~6人のみの受講者から開始し、その後受講者数が増加した例もある。
大学のポストについても同様の傾向が見られる。ゲノム進化に関する研究において、ビッグデータ・サイエンス等を取り入れた新しい研究が発展し始めると、中国では復旦大学をはじめ、関連分野のポストが早期に設けられ、現在では多くの中国人研究者がこの分野で活躍している。一方、日本では関連するポストが依然として少なく、この分野でプログラミングに精通した研究者も限られている。
1960年代から1990年代にかけて、日本は世界の分子進化学研究の中心的存在であり、木村資生先生(※12)をはじめとする優れた研究者を輩出してきた。しかし、現在のゲノム進化研究においては、日本はやや遅れをとりつつあるように感じる。一方で、中国はこの流れをうまく捉えてきた。
日本の国立大学では運営交付金の削減もあり、新しい分野の人材を積極的に採用することが制度的に難しい面がある。しかし、大型の研究費があれば優秀な人材は集まりやすく、優れた成果も生まれやすい。例えば、少し前に国立遺伝学研究所を中心に進められた「ヤポネシアゲノム」研究プロジェクト(※13)とその後継的プロジェクトである東京都立大を中心とする「統合生物考古学」研究プロジェクトでは、超大型予算が2期にわたって投入され、多くの優れた人材が育成された印象がある。その結果、日本が中心となって生まれた研究成果はそれまで一時的に少なかったものの、昨年は進化分野でScience等に複数の論文が発表された。こうした動きは一時的ではあるが、今後の日本の科学の方向性を考える契機になることを期待したい。
● 日本での女性研究者への支援・サポートの強化について
出産や子育てといったライフイベントは、研究者としての初期キャリア形成期と重なることが多い。そのため、ライフイベントをきっかけにサイエンスの道を断念せざるを得ないケースもあり、日本では研究とライフイベントの両立は依然として非常に難しいのが現状である。一方、中国では産休中であっても一定のサポートがあり、こうした制度が女性教員の比率が日本より高いことにつながっていると考えられる。
広島大学は、女性研究者に対して様々な配慮が進んでいる。例えば、ライフイベントを経験している女性を対象とした任期1年の「キャリア・アドバンスメント・プロジェクト(CAP)研究員」という制度があり、私の研究室の助教の先生は、その制度で採用していただいた。任期終了後、若手研究者対象の「育成助教」という制度でも再度採用していただいており、広島大学が推進する女性研究者や外国人研究者等へのエンカレッジという点も考慮されたと感じる。また、女性研究者同士の交流会もあり、相談や情報共有が行われている。
他にも、日本では子供を連れて学会に参加することができないという問題もあり、現在は規模の大きい学会だけに保育サービスが付いているという状況である。近年、日本でも女性教員の比率を上げる取り組みが行われているが、課題の背景にはライフイベントと研究者としての道の選択を迫られるような構造的問題がある。こうした問題を解消し、女性研究者へのサポートが更に強化されれば、将来的には女性教員の数も増えていくのではないかと考えられる。
中国では子育て中の家庭に対して社会全体が寛容で優しいと感じる。例えば、電車や空港等の公共の場では、子育て中の親子に対して見ず知らずの人が席を譲ってくれたり、順番待ちを優先してくれたり、子供のベビーカーの移動を手伝ってくれる等、VIP待遇のような扱いを受けることが多い。一方、日本は保育園等の子供に直接関係する部分は整っているものの、子育てを担う親に対する社会的なサポートや雰囲気という点では、こうした配慮はまだ少ないと感じる。
● 日本での世代を超えた研究・後継者問題について
現在の日本では、研究成果や資料・サンプルを世代を超えて引き継ぐことが難しく、これが基礎研究の発展を妨げている側面があると思う。例えば、ある魚類学者は、生涯をかけて収集した貴重な魚のサンプルを多数保有していたが、定年前の最後の一年間の仕事は、それらを廃棄することだったという話がある。その中には、もはや入手不可能な標本が含まれていた可能性もあり、そうであれば科学の大きな損失である。
私自身も世界中の未改良の在来家畜のサンプルを集めており、冷蔵庫には様々な鶏のDNAサンプルが保存されている。共同研究者は他大学にもいるが、実際に誰にどのように引き継ぐかは大きな課題である。同じ研究室に後任となり得る教員がいても、研究分野が少し異なる場合には引き継ぎが難しい。そのため、定年の10年ほど前から、サンプルをどのように処理するのかを考え始める必要があると感じている。
私たちの研究分野は長期的な蓄積が不可欠であり、適切に継承されなければこの分野の科学が続かずに途絶えてしまう恐れがある。しかし、日本には研究用サンプルを体系的に保存・継承する仕組みが十分に整っていない。例えば、国立科学博物館のような機関が研究者からサンプルを受け入れる制度があれば、重要な資料を将来に残すことができるのではないかと考えている。
以上
(※1) 長谷川政美(はせがわまさみ、1944-):東京大学、統計数理研究所(総合研究大学院大学から大学院生を受け入れている機関の一つ)等を経て、2007年から復旦大学生命科学院教授。
https://www.ism.ac.jp/souran/kenkyusya/hasegawa_masami.html
(※2) 鐘揚(Zhong Yang、1964-2017):1984年中国科学技術大学を卒業後、中国科学院武漢植物研究所を経て、2000年から復旦大学生命科学院教授。2002-2005年総合研究大学院大学博士課程・博士号取得。2017年に出張先での交通事故により逝去。
https://ecology.fudan.edu.cn/f2/62/c30054a324194/page.htm
(※3) 名古屋議定書(Nagoya Protocol):遺伝資源の提供国及び利用国がとる措置等について規定した国際文書。2010年起草、2011年署名、2014年発効。
(※4) 外国青年学者研究基金:国家自然科学基金委員会(National Natural Science Foundation of China、NSFC)が提供する中国の研究機関に所属する外国人若手研究者を対象とした研究費助成プログラム。2009年に第1回目の募集が実施され合計40名が選出された。国家自然科学基金委員会『自然科学基金公布2009年外国青年获资助项目』、2009年8月。
https://www.cernet.edu.cn/rd/project/200908/t20090817_399586.shtml
(※5) 復旦大学の中国人大学院生の学費概要:2014年秋学期より前に入学の大学院生は学費免除。2014年秋学期以降入学の全日制学術学位修士課程等の学生は毎年0.8万元、全日制博士課程学生は毎年1万元、他の修士課程プログラム等は大学公布の指定費用。
https://xxgk.fudan.edu.cn/4764/list.htm
(※6) 復旦大学の中国人大学院生への経済的支援概要:2014年秋学期より前入学の博士課程学生は毎年1.8万元。2014年秋学期以降入学の修士課程学生は毎年0.6万元、博士課程学生は毎年2万元がそれぞれ生活手当(生活津贴)として支給。博士課程学生の2万元の手当は、各学生の分類に応じて国、大学、指導教官又は学部の三者から指定割合で拠出。他に、各種奨学金、学内各種アシスタント担当による手当等。
https://xxgk.fudan.edu.cn/4764/list.htm
(※7) 核心期刊(key magazine):科技部直属機関の中国科学技術情報研究所が評価・発表する「中国科技核心期刊」、北京大学図書館が評価・発表する「北京大学図書館中文核心期刊」等の各種論文誌評価リスト。
(※8) 中国科学引文数据库(Chinese Science Citation Database,CSCD):中国科学院·国家科学図書館が1989年に作成。現在はWeb of Science等を提供するクラリベイト社と協同管理。中国の機関が発行する中国語論文誌を含む国内外の主要科学論文誌を収録。
http://sciencechina.cn/
(※9) 楊子恒(Yang Ziheng、1964-):1989年に北京農業大学で博士号を取得後、北京農業大学、ケンブリッジ大学、ロンドン自然史博物館、ペンシルバニア州立大学、カリフォルニア大学バークレー校で博士研究員等を経て、1997年からロンドン大学(UCL)教員。2006年ロンドン王立協会フェロー。
https://profiles.ucl.ac.uk/7354-ziheng-yang
(※10) 2015年に中国動物学会(中国科学院動物研究所所在)発行の英語論文誌「Current Zoology」に、楊子恒(Yang Ziheng)氏がロンドン大学兼中国科学院北京遺伝組織研究所所属として論文を発表。
https://doi.org/10.1093/czoolo/61.5.854
(※11) 第二世代シーケンサー:2007年に誕生した新しい技術を導入したシーケンサーで、大量のDNA断片を並列に高速で読み取ることが可能にした。
(※12) 木村資生(きむらもとお、1924-1994):1968年に遺伝子の「分子進化の中立説」をNatureに発表。日本人で唯一ダーウィン・メダルを受賞。
(※13) 「ヤポネシアゲノム」研究プロジェクト:ゲノム配列等からヤポネシア人(日本列島人)の起源と成立の解明を目指す研究プロジェクト。2018-2022年に文部科学省科学研究費補助金「新学術研究(複合領域)」等に採択され研究が実施された。「ヤポネシアゲノム」プロジェクトHP:
http://www.yaponesian.jp/index.php 旧HP:http://yaponesian.org/
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
渡辺浩司(フェロー)、横山聡(副調査役)
