科学技術
トップ  > 中国 コラム&リポート 科学技術 >  日本人研究者が語る中国経験インタビュー
「中国における量子物性研究の現状」 東京大学物性研究所附属計算物質科学研究センター・三澤貴宏特任准教授

日本人研究者が語る中国経験インタビュー
「中国における量子物性研究の現状」 東京大学物性研究所附属計算物質科学研究センター・三澤貴宏特任准教授

JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年04月03日

 センターでは、中国の研究環境や近年の研究開発力の急速な発展要因等に対する理解を深めるため、中国で研究経験のある日本人研究者へのインタビューを実施した。今回は東京大学物性研究所附属計算物質科学研究センター特任准教授の三澤貴宏氏にお話を伺った。

三澤貴宏

三澤貴宏:東京大学物性研究所附属計算物質科学研究センター特任准教授

略歴

物性理論を専門とし、強相関電子系を中心とした量子多体系の理論解析および数値計算手法の開発に従事。高温超伝導、量子スピン液体、トポロジカル相などの新奇量子相の理解と予測を目指す研究を展開している。
2009年1月から同年11月まで、JST-CREST特任研究員として勤務。その後、物性理論分野における研究を継続し、第一原理計算と高精度モデル計算の融合、データ駆動型解析手法の開発、トポロジカル物質における量子輸送現象の解明などに取り組む。
2020年10月から2023年3月まで、北京量子信息科学研究院(BAQIS)においてAssociate Researcher(Principal Investigator)を務め、量子物質研究プロジェクトを主導した。
2023年より現職。現在は東京大学物性研究所附属計算物質科学研究センターにて、磁性、超伝導、強相関系を中心とする物性理論の研究を推進している。

1.中国での研究開始に至る経緯

● 応募・赴任のきっかけ

 2019年、日本での任期が終了するタイミングで次のポジションを探していたが、国内では適切な機会が見つからなかった。国内のポストの競争が激しい中、北京の研究機関に在籍していた日本人研究者から声をかけられたことが、中国行きを検討する直接のきっかけとなった。

 最終的に紹介されたのは、2017年に設立されたばかりのBAQIS(Beijing Academy of Quantum Information Sciences)であった。量子情報科学を国家戦略分野として位置付け、北京市が重点的に支援している新設研究所である。2019年12月に北京で面接を受け、その場で研究内容についてのディスカッションが行われた。

 面接後、研究計画書を提出し、2020年2月末に正式なオファーを受けた。ただし、この時期はすでに新型コロナウイルス感染症が拡大し始めており、ビザ発給が停止されるなど、赴任の見通しは不透明な状況であった。

● 採用プロセスと契約条件

 ポジションは副研究員(准教授相当)であった。公募書類は、日本のような様式指定やページ数制限はなく、英語での提出であった。正式なオファーレターには、年俸、契約期間などが明確に記載されていた。研究テーマへの具体的制約や変更要求はなく、基本的にはPIの裁量に委ねられる内容であった。契約書は英語・中国語併記で事前にPDFが送付され、内容を確認したうえで渡航後に正式締結した。住居については当初、研究所近隣で賃借したが、その後、北京市の高度人材プログラムに採択され、研究者向け公的宿舎に移った。住居支援が制度として組み込まれている点は、日本との大きな違いであった。

● ビザ取得と渡航準備

 2020年当時は新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い入国制限が極めて厳しく、一般的な就労ビザの取得は困難な状況にあった。その中で取得したのが「Rビザ」である。Rビザは、中国が国家的に必要と認定した高度人材に対して発給される特別枠のビザであり、通常の就労ビザ(Zビザ)とは扱いが異なる。

 当時、Rビザでの入国は例外的措置に近く、受入研究所が北京市政府および中国大使館と直接調整を行った結果、発給に至った。個人申請というより、受入機関側の制度的後押しがあって初めて可能となるものであった。

 入国後は改めて就労許可証および居留許可の取得手続きを行った。家族の帯同を当初は予定していたが、幼児がいたこともあり、当時中国入国時に義務付けられていた長期隔離措置や往来制限の厳しさを考慮し、最終的に単身赴任を選択した。北京への中継地である上海での隔離期間は想定より整備されていたものの、家族と長期間隔離を余儀なくされた状況は心理的負担となった。

● 渡航前の期待と懸念

 中国の研究には明確な勢いがあり、とりわけ量子・物性分野では研究者数の規模が日本とは桁違いであるという印象を持っていた。実際、北京だけでも同分野の研究者人口が日本全体に匹敵、あるいはそれを上回るのではないかと感じるほどであった。国家重点分野として位置づけられていることもあり、著名な研究者が国内外から集められ、大型プロジェクトが複数同時並行で進んでいる。

 このように、地理的に一都市に研究者が高度に集積している環境は、日本ではなかなか見られない。セミナーや議論の密度も高い。単に「研究者が多い」というよりも、研究分野全体が都市単位で形成されている感覚があった。規模の大きな研究環境の中で、自身の理論研究を発展させられるのではないかという期待は非常に大きかった。

 また、研究資金や人材確保の面でも、分野が国家戦略として明確に位置づけられている点は魅力であった。理論研究においても、計算資源やポスドク人件費が比較的柔軟に確保できる可能性があると聞いており、研究規模を拡張できる環境への期待があった。

 一方で、生活面、とりわけ言語面への不安はあった。中国語は日常会話レベルにも達しておらず、行政手続きや子どもの教育環境については未知の部分が多かった。ただ、事前に知人の研究者から詳細な情報を得ることができ、「研究生活自体は英語でほぼ完結し、中国語が流暢でなくても大きな支障はない」との助言を受けたことが安心材料となった。

 研究面では極めて魅力的であり、生活面には一定の不確実性がある。その両面を踏まえた上で、最終的に挑戦する決断をした。

● 着任直後に感じた制度的差異

 2020年秋時点で、入国時の管理は厳格であったが、研究所内の活動はすでに通常通り行われており、日本との社会状況の差を強く感じた。北京到着後すぐに研究所を訪れたが、セミナーは対面で開催され、研究者同士が活発に議論していた。街中での日常生活にもほぼ制限がなかった。

 研究体制の違いを強く意識したのは、日本での経験との対比である。日本では、研究費制度上、人件費に充てられる割合が限られているため、ポスドクを1名でも雇用することは容易ではない。1名のポスドクを雇用するためにも大型科研費の獲得が必要になる場合が多い。その結果、PI自らが理論構築から数値計算、プログラム実装までを一貫して担わざるを得ない構造が生じやすい。能力の問題というより、制度的制約の帰結である。

 これに対し、中国では着任直後の打ち合わせから発想が異なっていた。ポスドクの雇用について相談すると、「何人必要か」と即座に問われた。人数を前提に予算を組む発想であり、「どの科研費を充てるか」と考える日本の感覚とは大きく異なっていた。

 実際、研究所がポスドクの人件費を負担する仕組みが整っており、PIが研究規模を拡張しやすい制度設計になっていた。人件費を抑制するのではなく、むしろ積極的に投入して研究チームを形成するという考え方である。その結果、PIは研究マネジメントや方向性の設定に集中し、実務はポスドクや助理研究員(日本の助教相当)が担う分業体制が自然に成立していた。

 さらに、研究所には部門ごとの専任事務員が配置され、契約手続きや研究費申請の事務手続きなどは事務員が担っていた。また、国際連携部があり、私のような外国人の居住申請などと行政手続きなどを一手に引き受けてくれた。日本では研究者自身が事務作業を多く引き受けることが多いが、私がいた研究所では研究者がそのような事務作業は行わずに、研究に集中する前提で制度が設計されていた印象である。

 このように、日本ではおそらく人件費制約のため「一人で担う」構造が生じやすいのに対し、中国では人件費を含めた人的資源を積極的に投入し、分業を前提とする制度が整備されている。両者の差は個人能力の違いではなく、制度設計の違いに起因するものであると実感した。

2.中国での研究環境の実態

(1)研究費と人件費の構造

 私が在籍したBAQISは立ち上げ期にあった研究所であったこともあり、研究所全体の予算は非常に潤沢な印象であった。主な財源は研究所内部の運営予算であるが、国家自然科学基金(NSFC)や北京市の高度人材プログラムなどの外部資金にも応募することが推奨されていた。

 特に印象的だったのは、人件費に対する考え方である。ポスドクの雇用について相談した際、「何人必要か」と問われた。研究所が人件費全てを負担する仕組みが整っていた。ポスドクの年収は30〜40万元程度(補足:1元=20円として、600万円~800万円程度)で、国際的にも競争力のある水準である。

 日本では、ポスドク1名を雇用するために基盤研究Aクラスの大型科研費が必要になる場合も多い。人件費確保が研究規模の上限を決めてしまう構造があるが、中国では「研究を拡大したいなら人を雇う」という発想が制度として支えられていた。

 当初は3名程度のポスドクを雇用することを想定していた。しかし、着任した2020年はコロナ禍の影響で国際的な人材移動がほぼ停止しており、海外からの研究者を採用することは極めて難しい状況であった。中国への入国には長期間の隔離措置が必要であり、日本から研究者を呼ぶことも非常に難しかった。最終的に採用できたのは、ヨーロッパで学位を得た中国人の研究者1名のみであった。もし通常の状況であれば、理論構築・数値計算・ソフトウェア開発を分業化する体制を構築できた可能性がある。

 日本では外国人研究者の受け入れにあたり、研究室の助教クラスが市役所に同行して諸々の手続きを手伝うような状況であるが、BAQISでは国際部門が住居や労働許可に係る手続きを行い、経理処理は基本的に事務部門が担う体制が整っているため、研究者が細かな伝票処理に時間を割く必要はなかった。研究費の総額だけでなく、その運用の分業体制が研究への集中度を高めていた。

(2)評価制度とキャリア構造

 研究所であったため、着任当初は学生を受け入れることはできなかった。途中からは、研究所の制度が変わって、博士課程学生を受け入れることは可能であったが、テーマが合う学生が志望しなかったため受け入れることはなかった。

 中国では博士課程の修了年限が厳格に管理されており、原則3年での修了が求められると聞いている。また、大学における若手テニュアトラックでは、論文数や掲載誌ランクについて明確な基準が存在し、プレッシャーは強いと聞いている。

 研究発表に関しては、中国国内の学術誌への投稿を求められるような場面は特になかった。ただし、研究所内の研究者が編集に関わっている学術誌に投稿を勧められることはあった。例えば、アジア太平洋地域の物理学コミュニティ誌である「AAPPS Bulletin」について、投稿を検討してほしいという話をされたことがある。この雑誌は中国の国内誌というより、日中韓を含むアジア太平洋地域の学会で運営する学術誌である。ただし、諸事情もあり、最終的には投稿には至らなかった。

 一方で、私が在籍した研究所は立ち上げ期であったこともあり、短期的成果よりも研究体制の構築が重視されていた。とはいえ、中国全体としては成果主義的傾向が強く、裁量は大きいが成果は明確に求められる環境である。

 また、中国では研究者の社会的評価が比較的高く、住宅支援や各種人材プログラムなど、目に見える形でのインセンティブが整備されている。日本では任期制が拡大しているにもかかわらず待遇改善が十分でない状況と対照的である。

(3)研究テーマの自由度とマネジメント

 理論分野に関しては、研究テーマの自由度は高く、基本的にPIの裁量に委ねられていた。実験系ではPIの研究方針がより強く反映される傾向があるが、それは採用段階での方針共有が前提となっているため、着任後にテーマを大きく変更させられることは少ない。

 中国ではPIが研究マネジメントに専念する分業体制が明確である。ポスドクや助理研究員が実務を担い、PIは方向性設定や資金確保に集中する。この体制が研究スピードを押し上げているという印象をうけた。日本では人件費制約のため、PI自らが実装や計算を担うことが多い。能力の問題というより、制度構造の違いであると感じた。

(4)設備・計算資源の利用

 スーパーコンピュータの利用については、自身の利用範囲では、日本では利用料金が無料または比較的安価であることが多い。一方、中国では大学のスーパーコンピュータもほとんどすべてが有料であり、その金額は日本に比べると、かなり高い金額であった。また、中国では大学だけでなく民間企業のスーパーコンピュータを利用することもあったが、利用料金にはそこまで大学のスーパーコンピュータと大きな差はなかった。

 事務支援体制は充実していた。研究所には専任事務員が配置され、研究費申請の事務手続き、スーパーコンピュータの契約手続き、行政手続き、住居関連まで広範に支援してくれた。国際連携部も整備され、外国人研究者向けの生活支援もあった。銀行口座の開設や居住登録などの手続きについても、担当部署の方が対応してくれたため、研究者が一人で役所に出向く場面はほとんどなかった。

 この点は日本の大学との違いを強く感じた部分でもある。日本でも海外から研究者を受け入れる制度は整っているが、実際の手続きでは研究室の教員や助教が役所への同行や各種申請を支援するケースが少なくないと聞いている。研究室単位で対応している部分が多いのに対し、中国では研究所の組織として生活支援体制が整備されていた。

(5)公的研究費制度と申請実務

 在任中には、NSFC含む複数の研究費に応募する機会があった。NSFCについては、外国人研究者でも申請が可能であり、実際に研究所内でも多くの研究者が応募していた。

NSFCなどの日本の科研費に相当するレギュラーな研究費は公募の締め切りなどは厳密に決まっているが、そのほかにも様々な研究費の公募があった。NSFC以外の研究費は、公募の存在自体をいきなり連絡されることが多くあり、研究所の事務部門から「数日以内に申請書を書いてほしい」と急に依頼されることもあった。

 言語については、外国人研究者向けのプログラムでは英語での申請が前提となっている。国内向けのNSFCなどの公募では中国語での申請が望ましいとされる場合もあるが、英語で申請したことで不利を感じたことは特になかった。

 また、北京市の研究費にも応募し、帰国直前の時期に採択通知を受けたものがあった。ただし、その後日本への帰任が決まったため、最終的には辞退することとなった。研究費制度自体は外国人研究者にも比較的開かれており、応募機会は多いと感じた。

(6)研究データの越境と安全保障

 研究データのやり取りについては、制度的な制約を感じる場面はほとんどなかった。扱っていたデータは多くても数GB程度であり、通信速度の問題は物理的距離によるものが主で、制度的な障壁を実感することはなかった。

 そもそも計算物理の分野では、研究データや計算結果は論文とともに公開されることが一般的になりつつある。そのため、データの越境そのものが問題になる場面は少ない。実際、日本の研究者との共同研究では、通常の研究活動としてデータのやり取りが行われていた。

 帰任時には、研究データや計算環境について必要な整理を行い、データを引き上げたが、この点でも特段の制度的制約は感じなかった。周囲の研究者からも、研究データの持ち出しが問題になったという事例はあまり聞かなかった。

 研究現場では共同研究も含めて、交流がある一方で、日本側の一部機関では中国渡航や国際会議参加に慎重な姿勢が見られることも多くなり、最近では中国からの研究者の渡航も難しくなりつつあるときいている。安全保障上の懸念が高まる中で、研究現場の実態との間に一定の距離があると感じることも多くなっている。

(7)生活面の課題

 最大の困難は研究環境そのものではなく、生活面であった。単身赴任による家族との長期分断、ゼロコロナ政策下での将来不安、日本との往来制限などが精神的負担となった。

 研究環境は非常に整備されていたが、生活面での不確実性が最終的な帰任判断に影響した。

3.中国STIエコシステムの潮流

(1)研究人材の国際動向

 中国においては、海外経験が依然として研究者キャリアの重要な要素とされている。分野によっては、一定期間の海外研究経験を持つことが研究者キャリアの事実上の前提とみなされる場合もあると聞くことが多かった。

 実際、中国人研究者の海外滞在者数は非常に多く、物性・量子分野でも欧米主要大学や研究機関に多数在籍している。近年は米中関係の影響やビザ取得の難化などにより、米国での研究機会が以前ほど容易ではなくなっている面もあるが、それでも海外経験の価値は依然として高い。

 同時に、中国から海外へ出た研究者が帰国する流れも続いている。海外人材呼び戻し政策の影響もあり、海外経験を積んだ研究者を国内の研究所や大学に採用する動きは現在も続いている。帰国の動機としては研究環境の整備だけでなく、中国の一人っ子政策世代の研究者が増えていることから、親の介護など家族的要因が影響するケースもあると聞く。

 また、近年は中国人学生が日本の大学院へ進学するケースも増えている。実際、日本の大学院には優秀な中国人学生が多く在籍している。

 中国に滞在していて、印象的だったのは、人的規模の大きさである。規模の違いは、テーマの多様性に直結している。研究者コミュニティの厚みという点では、中国の量的優位は非常に大きいと感じた。

 一方で、日本から中国へ向かう研究者は依然として少数であり、人的交流は非対称的である。私の研究分野近辺だと、中国の大学で学位を取得した日本人研究者はほとんど見かけない。地理的には近接しているが、研究人材の流動性という観点では双方向とは言い難い状況にある。

 また、中国の大学院生には給与が支払われるケースも多く、生活面での支援が明確である。将来的に国際情勢が安定すれば、中国の大学院が進学先として魅力を持つ可能性もあると感じている。

(2)中国の研究者との交流や情報管理に関して留意した点

 中国の研究者と接する際に、特別な注意を要すると感じた場面はほとんどなかった。研究テーマは基礎科学分野であり、日常の研究活動は通常の国際共同研究と大きく変わらなかった。研究所内でも研究者同士の議論は活発であり、研究に集中できる環境であった。

 実際、中国滞在中には想定していなかった研究成果も生まれ、研究面では非常に充実した経験であった。一方で、生活面ではコロナ禍の影響が大きかった。着任した2020年以降、中国ではゼロコロナ政策が長く続き、国際往来は厳しく制限されていた。

 2021年秋と2022年秋には、それぞれ日本へ1か月ほど帰国したが、中国へ戻る際には再び隔離措置を受ける必要があった。家族と離れて単身赴任を続ける状況が長期化する中で、精神的な負担も大きくなっていた。そのため、2022年秋頃から日本でのポジションへの応募を検討するようになった。その後、2023年頃からは日中間の往来も徐々に活発になり、研究交流の環境は改善しつつあると感じている。

(3)中国のイノベーションの源泉と持続可能性

 中国のイノベーションの原動力は、大きく三点に集約されると感じた。

 第一に、人口規模と人的資源の厚みである。優秀な人材が大量に存在し、その中から競争を通じて選抜される。競争は激しいが、その分、研究成果の創出スピードも速い。

 第二に、人への投資である。研究者の給与水準、ポスドク雇用の柔軟性、住宅支援、人材プログラムなど、研究者個人への直接的支援が制度として整備されている。研究設備への投資も進んでいるが、それ以上に人材確保を重視している印象を受けた。

 第三に、海外人材の呼び戻し政策である。欧米で経験を積んだ研究者を国内重点分野に配置することで、国際水準の研究を短期間で構築している。

 もっとも、持続可能性については懸念も存在する。研究費の競争は年々厳しくなっているという声も聞く。それでも、総体として見れば、日本と比較して研究環境の拡張余地は依然として大きいと感じた。

(4)研究者の立場と制度文化

 中国で強く感じたのは、研究者の社会的評価が比較的高いことである。重点研究分野の研究者には住宅支援や各種人材プログラムが用意されており、研究成果に応じて待遇改善が行われる仕組みも存在する。中国では研究者を戦略的人材として位置づけ、研究者を集めるために待遇面での競争が行われている。特に新設研究所などでは優秀な人材を集めるため、給与や研究環境が比較的高い水準で設定されることも多い。実際、私の滞在した研究所でも待遇は国際的に見ても高い部類にあり、日本と比較しても研究環境は恵まれていると感じた。

 また、研究文化の面でも違いを感じた。日本では新規大型テーマに対して「どうせ欧米や中国にかなわない」という慎重論が先に出ることもあるが、中国ではPIのリーダーシップのもとで人的資源を集中的に投入し、重要なテーマに正面から取り組む姿勢が見られる。現在、欧米の研究機関においても中国出身研究者の存在感は大きく、物性物理分野では中国人研究者が主要な役割を担っているケースも少なくない。こうした人的基盤の厚さも、中国の研究力を支える重要な要因であると感じた。

(5)全体印象と日本への示唆

 総じて、中国の強みは「人への投資」と「研究者を支える制度設計」にあると感じた。研究者の裁量は大きく、自由度も高いが、その分、成果への期待も明確である。

 制度的な違いは、単に研究費総額の差ではない。人件費の扱い、事務支援体制、評価基準、住宅支援、国際人材政策など、複数の制度が一体となって研究環境を形成している。

 日本においても、機器整備は一定水準を維持しているが、人件費への投資や事務支援の充実は依然として限定的である。研究者自身が管理業務を担う構造は、研究集中度を低下させる要因となっている。

 両国の差は能力の問題ではなく、制度設計の思想の違いにあると感じた。中国では「研究を拡大するなら人を増やす」という発想が制度化されているのに対し、日本では「限られた資源の中で効率化する」発想が強い。

 今回の経験を通じて、研究環境の競争力は研究費総額だけでなく、研究者がどれだけ研究に専念できる制度設計がなされているかに左右されることを実感した。

(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)

【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
松田侑奈(フェロー)、横山聡(副調査役)

 

上へ戻る