「手作り」ワクチンが話題に-AIは本当に製薬業界を覆せるのか
張佳星(科技日報記者) 2026年05月12日
オーストラリアの機械学習分野のテクノロジー企業家がこのほど、人工知能(AI)の大規模言語モデルを用いて、自ら腫瘍ワクチンを設計し、がんを患ったペットの犬を治療したという話題が大きな注目を集めた。驚かされるのは、「ゲームチェンジャー」がバイオ医学の専門家ではなかっただけでなく、従来は数年、場合によっては数十年を要していたワクチン設計が、わずか数カ月にまで大幅に短縮された点にある。
「手作り」ワクチンのプロセスは大きく3段階に分かれる。まず犬のがん細胞をシーケンシングし、次にタンパク質構造予測用の深層学習モデル(AlphaFold)を用いて、解析データからがん細胞表面に存在する特異的なタンパク質抗原を選定・予測させる。最後に、その特異抗原を標的とするmRNAワクチンを設計し、外部機関に製造を委託して犬に投与したところ、腫瘍が縮小したという。
AIは急速に進化しているが、果たしてこれほど高度な作業を遂行できるのか。なぜワクチン開発期間を極限まで短縮できるのか。さらに、AIは製薬産業を覆すことになるのか。こうした疑問について、業界専門家に取材した。
第一の疑問:「手作り」のワクチンや薬は現時点で実現可能か?
グローバルヘルス医薬品開発センターでデータサイエンス部門を統括する郭晋疆副主任研究員は、「成功には偶然性がある」と強調。「技術的な連鎖の観点から見れば、『手作り』ワクチンや薬は一定の実現可能性を持つが、この手法は本質的には個別化された実験的な試みであり、標準化された医薬品開発のプロセスではない」と指摘した。
郭氏は、「報道された一連のプロセスを見ると、円滑な実施には遺伝子シーケンシング、抗原予測、mRNA設計、外部委託生産といった基本的工程が不可欠である。開発期間が極限まで短縮されたのは、一つにはAIがこれらの工程を効率的に連結したこと、さらに重要なのは産業化プロセスで最も時間を要する安全性評価や臨床検証を回避しているからだ。そのため、現時点ではこのモデルを再現可能な医療ソリューションとして普及させることはできない」と語った。
中国科学院計算技術研究所西部研究院の研究員であり、チューリング・ダーウィン実験室副主任の趙宇氏も、これに近い見解を示し、別の視点から「偶然性」を説明した。
趙氏は、「『手作り』ワクチンは、AlphaFoldを用いてタンパク質の3次元静的構造を予測し、ワクチン標的となる『部品設計図』を探し出す。しかし、生体内部の疾患メカニズムは静的構造だけでは表現しきれず、動的かつ体系的な研究が必要だ。臨床現場でのがん治療において薬剤併用が進んでいるのも、こうした動的・体系的研究の具体例である。そのため、特定の標的に対して腫瘍縮小効果が得られるかどうかは、一定の偶然性が存在する」と述べた。
第二の疑問:「手作り」のワクチンや薬は新薬創製を加速できるか?
郭氏は、「AIは、従来の実験や経験に依存していたプロセスを、大規模計算に基づくスクリーニングや設計へと転換させている。シーケンスデータの迅速な解析、タンパク質構造の予測、抗原認識などを通じて、AIは短時間で候補範囲を絞り込み、mRNA配列を最適化する。かつて『低スループット』の生物実験で試行錯誤を繰り返していた作業が、現在では『高スループット』の計算による選定へと置き換わった。期間は数年から数カ月へと短縮できる」と述べた。
では、これほど開発期間を短縮できるにもかかわらず、疾患に精密に対応する新薬がいまだ登場していないのはなぜか。
趙氏は、「新薬開発は長いプロセスであり、分子スクリーニングはその一部にすぎない。その核心は疾患メカニズムの解明にある。標的が不正確だったり、疾患理解に誤りがあれば、AIで合成効率だけを高めても方向性を誤る可能性がある」と語った。
趙氏はさらに、「将来、『手作り』ワクチンや薬を実現する鍵は、AIを用いて複雑な疾患に対する適切な介入ネットワークを見つけ出すことにある。まず『疾患を理解する』科学研究を優先的に進めることで、その後の分子設計の迅速化や新薬の源流的イノベーションを導き、精密医薬設計のための『マップ』を提供できる。これにより臨床検証の成功率を大幅に高めることが可能となり、設計成功率の向上と検証期間の短縮こそが、新薬創製を『手作り』に近づける鍵だ」と見解を述べた。
第三の疑問:AIは医薬イノベーションに破壊的変革をもたらすのか?
郭氏は、「AIは現時点では、創薬設計や標的探索、薬物動態予測といった初期段階において顕著な効率向上をもたらしているが、製薬業界全体を覆すには至っていない。AIは創薬プロセスを再構築し、高効率・個別化・精密化の方向へと推進しているが、業界全体の基本的な運用方式を大規模に変えるには至っていない」と指摘した。
モルガン・スタンレーが2026年に発表した「AI創薬」に関する報告でも、分子設計や特性予測など、AIを用いた合成の加速と最適化が、現在のAI創薬の商業化を支える主力となっている。趙氏は、「しかし同時に、報告では複雑な疾患システムを解読する能力こそが、今後のバイオ医薬分野におけるAIの中核的応用になるとも分析されている」と述べた。
郭氏もこれに賛同し、医薬品の成否を左右する決定的要因は、依然として複雑な生物学的メカニズムの理解と臨床検証にあり、これらの段階は長期的な実験と現実世界の高品質データに強く依存しているとした。
趙氏は、「AIによる『手作り』ワクチンという個別化事例は、現在の医薬開発における同質化競争の打開に一定の示唆を与える可能性がある。しかし、AIの役割を『いかに速く開発するか』から『何を開発すべきか』へと転換させることこそが、医薬イノベーションの鍵だ」と強調した。
※本稿は、科技日報「"手搓"疫苗火了,AI真能颠覆制药业吗」(2026年3月23日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。
