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北京ロボットハーフマラソン 現場で見た技術開発の意義

2026年05月18日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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 2026年4月19日、北京経済技術開発区(通称「亦荘」)で、北京亦荘ハーフマラソンおよび人型ロボットハーフマラソンが開催された。筆者は自分の所属する日本の次世代ロボットエンジニア支援機構Scramble(リンク)とともに、現地でイベントに参加した。本稿では、現地で見た大会の様子をもとに、人型ロボットの技術開発と、社会が新しい技術を受け止める場としての意義を考えたい。

 コースは科創十七街を起点に、南海子公園南門を終点とする21.0975キロ。人間のランナーと人型ロボットが同じコースを走る。コースの中央にパーテーションがあり、それぞれ専用レーンとなっている。

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人とロボットが同じコースを走る。(筆者撮影)

 前年に続く2回目の開催だが、規模は大きく変わった。2025年は20チームが参加し、完走したのは6チームだった。2026年は102チーム、300台以上のロボットが参加し、完走は47チームに増えた。前年の大会では「人型ロボットが長距離を本当に走れるのか」という実験色が強かったが、今年は競技そのものが一段進化し、「どう速く、安定して走るか」を競う段階に入っていた。(大会情報

 優勝したのは、深圳栄耀智慧科技開発有限公司のチーム「斉天大聖隊」が開発した「閃電」で、ネットタイムは50分26秒。前年優勝の「天工Ultra」が2時間40分42秒だったことを考えると、1年の進歩は非常に大きい。もちろん、人間とロボットの競争として単純比較するべきものではない。しかし、2025年に完走が6チームだった大会は、47チームが完走したことで、安定性や速度といったより高次の目標にシフトしている。(現地の報道

他産業からの参入、スマホメーカーが優勝

 今回特に印象的だったのは、スマートフォンメーカーHonor系チームの優勝である。人型ロボットはまだ市場にビジネスモデルがなく、専業のスタートアップや大学研究室のイメージが強い。しかし現場を見ると、実際にはEV、AI、スマートフォン、ドローンなど、さまざまな産業からの参入が起きている。1社が複数のチームを投入し、一つはリモコン操作、一つは自律型など、複数の技術を試しているのも見られた。

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優勝したHonor系チームの機体。これは自律でなくリモコンで操作している。(筆者撮影)

 Honorチームの機体から感じたのは、「スマートフォン産業が持つ技術資産」の転用だ。長距離を高速走行するロボットでは、軽量化、高密度バッテリー、発熱対策、安全管理、リアルタイム制御が重要になる。これは、スマートフォンやEV産業が長年積み上げてきた技術分野でもある。中国では現在、「フィジカルAI」「エンボディドAI」という言葉とともに、AI投資の延長線上としてロボットへの資金流入が続いている。そこでは、ロボット企業だけではなく、既存産業が自社技術を持ち寄り、新しい市場を探している。

 人型ロボットが面白いのは、「ロボットだけの産業」ではないところだ。関節ユニット、減速機、バッテリー、制御基板、通信、AIモデル、熱設計、クラウド管理など、多数の既存技術が集約される。その意味で、今回の大会は単なるロボット競技ではなく、中国のハードウェア産業全体の総合力を見せる場にもなっていた。

チームのゴールは「完走」から「高速走行や安定化」へ

 前年大会では、「とにかく完走する」ことが最大目標だった。しかし2026年大会では、各チームの目標は明らかに変わっていた。高速走行、安定化、熱対策、補給、転倒復帰など、「競技マシンとしてどう仕上げるか」が中心テーマになっていた。

 現場では、ドライアイスを使った冷却など、レースに特化した技術も見られた。市販品でなく、ハーフマラソンという競技に特化して技術と運用を行う、こうした様子は、一般的な「ロボット」のイメージというより、カーレースのワークスマシンに近い。ロボット本体だけではなく、補給、バッテリー交換、冷却、伴走者のサポート、転倒時の復帰まで含めて、一つの競技システムになっている。こうした極限状況での技術や運用は、一般的な用途にもフィードバックされる。(人民日報の技術紹介記事

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ロボットに市販のシューズを履かせたチーム。(筆者撮影)

 また、各チームの機体設計思想もばらばらだった。高速化を重視した細身の機体、安定性を優先した大型機、自律制御を重視したチーム、遠隔操作を混ぜて完走率を優先するチーム、観客アピールを狙った機体など、多様な方向性が同時に存在している。優勝したHonor系機体は、鳥類のような逆関節に近い細い脚を採用していた。一方で、人間に近い足形状にシューズを履かせた機体もあり、走行時の足の上げ方、前傾姿勢など、各社が「どのような脚構造が長距離歩行に適しているか」を別々に模索していた。

 これは、技術開発については特定の計画に集中させず、各チームが試行錯誤していることを意味する。

カーレースのような大規模実験

 人型ロボットは、いまだ明確なアプリケーションが見つかっていない。物流、搬送、清掃、配膳などでは、すでに非人型ロボットが実用化を進めており、二足歩行が最適解とは限らない。では、人型ロボットに意味はないのか。筆者はそうは思わない。

 今回の北京ロボットハーフマラソンは、極端な状況で競う点で、カーレースに近い。市販車そのものではないが、限界条件で技術を試し、その成果を産業へ還元する場だ。長距離走行によって、冷却、電源管理、歩行制御、転倒復帰、バッテリー交換、遠隔支援、安全設計など、実運用に近い問題が一気に表面化する。

 さらに、この大会は「社会空間で多数のロボットをどう運用するか」という実験でもあった。ロボットは30秒間隔でスタートし、補給所を通過し、曲がり角や坂道を越え、人間ランナーの近くを走る。そこでは機体性能だけではなく、大会運営、安全設計、通信、緊急停止、レーン分離などの運用ノウハウも問われる。(大会ルール・運営資料

 また、筆者がこれまでさまざまな中国のロボット競技大会を紹介してきたのと同じく、この大会にも「失敗を隠さない」文化がある。転倒、停止、バッテリー交換、冷却、補助介入といった未完成さも含めて公開する。完成品だけを見せるのではなく、「開発の過程そのもの」を社会と共有することで、研究開発の速度を上げようとしているように感じた。

社会を巻き込んだ大会の意義

 今回の大会が優れていたのは、「技術者だけのイベント」に閉じていなかったことだ。一般ランナーも同じ日にハーフマラソンを走り、多くの観客が沿道に集まり、スマートフォンでロボットを撮影していた。

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柵の向こう側のランナーが、ロボットに抜かれることを喜んでいる。(筆者撮影)

 観客が注目するポイントも面白い。「速い」「転んだ」「立ち上がった」「かわいい」「変な歩き方をしている」というように、必ずしも技術的な評価とは限らない。しかし、それでよいのだと思う。中には競技成績よりも観客アピールを重視したようなロボットもあり、派手な外装やパフォーマンスで注目を集めていた。

 人型ロボットは、人間の注意を集める装置でもある。社会全体が、「ロボットとはどんなものか」「今どこまでできるのか」「何がまだ難しいのか」を共有する。そのプロセス自体に意味がある。

 中国のロボット競技大会を見ていると、研究開発を「閉じる」のではなく、「公開しながら育てる」という文化を強く感じる。失敗や未完成も含めて公開し、社会全体で技術を見守る。その構造は、以前紹介した ROBOMASTERROBOTAC など、中国のロボット競技文化とも共通している。

社会全体のロボットへのリテラシーを上げる

 今回の北京ロボットハーフマラソンを見て、筆者が最も重要だと感じたのは、「矛盾した状態を社会が許容している」ことだった。

 現時点で、人型ロボットはまだ大きく儲かっていない。どこで利益が出るのかも、実はまだよくわからない。一方で、技術的な意義は確実に存在する。冷却、電源、関節制御、遠隔支援、AI、運用、安全管理――今回の競技で試されたものは、人型か非人型かを問わず、将来のロボット産業へ還元される可能性が高い。そして、それをビジネスチャレンジとして多くの企業や開発者が試している。

 普通なら、「儲からないならやめろ」という話になりがちだ。しかし北京では、「まだ答えはないが、とにかくやってみよう」が成立している。さらに興味深いのは、その挑戦を技術者だけでなく社会全体が見ていることだ。一般ランナーが参加し、観客が応援し、メディアが報じる。失敗して転んでも、それを含めて「面白い」と受け止める。

「成果が出ていないから無意味」ではなく、「挑戦していること自体に価値がある」という空気がある。これは技術者だけの話ではない。新しい技術は、最初から完成された形で社会に現れるわけではなく、失敗し、誤解され、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ社会との接点を作っていく。

 北京ロボットハーフマラソンは、その過程を社会全体で共有するイベントだった。人型ロボットの実用化はまだ遠い。しかし、その「遠さ」を公開しながら、社会全体で試行錯誤を支える文化には大きな意味がある。だからこそ、このイベントはロボット技術者だけではなく、「新しい技術と社会の関係」に関心を持つ人すべてが注目すべきイベントだと感じた。


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