日本人研究者が語る中国経験インタビュー
「中国の化学研究:これまでの発展と未来」 大阪大学放射線科学基盤機構附属学際研究センター・角永悠一郎特任准教授
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年07月06日
センターでは、中国の研究環境や近年の研究開発力の急速な発展要因等に対する理解を深めるため、中国で研究経験のある日本人研究者へのインタビューを実施した。今回は大阪大学放射線科学基盤機構附属学際研究センター特任准教授の角永悠一郎氏にお話を伺った。
角永悠一郎(かどなが・ゆういちろう):大阪大学放射線科学基盤機構附属学際研究センター特任准教授
略歴
大阪大学大学院理学研究科にて博士号(理学)取得後、2014年10月から2018年3月まで北京大学化学与分子工程学院にて博士研究員(ポストドクター)として勤務。2018年4月~6月まで北京語言大学で中国語を学んだ後、2018年7月に日本へ帰国。その後、大阪大学大学院理学研究科博士研究員、大阪大学放射線科学基盤機構・大学院医学系研究科特任助教を経て、2025年7月より現職。専門分野は、有機合成化学・核医学分野等。
1.中国での研究開始に至る経緯
● 渡航・赴任のきっかけ
2014年当時は博士号取得を控えた段階にあり、私の指導教官であった深瀬浩一教授(※1) より、博士号取得後に海外留学する場合は、留学先を自ら探すよう強く促された。そのため、3月末開催の日本化学会春季年会にあたって深瀬教授が不在の間に留学先を決定することになった。
留学先として欧米も検討したが人的ネットワークがなく、また当時の状況として、2008年頃から、特に2010年以降にかけて有機合成化学分野(天然物合成)の著名誌に中国人研究者による論文掲載が急激に増加していたことや、日本に来ていた北京大学出身の中国人留学生と親しくしていたこともあり、中国での研究を選択した。
雷暁光教授(※2)の研究室を志望した理由は、研究分野が近く、トップジャーナルへの論文掲載数が非常に多かったためである。当時、雷教授は北京生命科学研究所(NIBS)から北京大学へ異動中であり、縁を感じて、2014年3月に私からダイレクトメールを送った。特定の研究プロジェクトは提示されず、専門分野は近いもののバックグラウンドも重なるわけではなく、また面接も行われなかったが、5月に受け入れの承諾を得られたので、深瀬教授および岡山大学・門田功教授(※3)から推薦状を得た。なお、当該研究室では研究員の募集が行われていたが、当時認識していなかった。
● 採用プロセスと契約条件
研究計画書は北京大学側が作成した。当時、中国では海外高度人材の受け入れが推進されており、外国人研究者の雇用が認められやすく、ビザ取得も円滑に進んだ。
雇用契約は最初2年で、NSFC取得後に追加で1.5年であったが、契約条件の詳細はあまり知らされていなかった。中国に限らないかもしれないが、給与額や住居についても渡航後に把握した。住居は大学の職員宿舎が利用でき、比較的低額だった。
● 渡航前の期待と懸念
中国に限ったことではないかもしれないが、情報が十分に公開されていなかったため、自ら積極的に情報収集するというよりも、知り合いの中国人留学生を通じて、現地の生活環境について把握していった。
2014年5月に受け入れの承諾を得てからは、8月の博士論文提出に向けて執筆に専念していたため、懸念を抱く余裕はなかった。懸念点を強いて言えば、就労ビザ(Zビザ)の取得可否に不安があった。深瀬教授は、これまで学会等で中国へ頻繁に渡航されていた一方、今回の私の留学についてはやや心配されていた。深瀬教授の周囲に心配の声もあったようである。
期待としては、中国の科学研究が急速に発展しており、その状況を現地で実際に見てみたいという思いがあった。
● ビザ取得と渡航準備
ビザ取得には3~4カ月を要し、手続きもそれなりに手間がかかった。中国駐大阪総領事館での交渉にあたり、知り合いの中国人留学生にかなり助けてもらった。当初、北京大学側ではZビザ以外でも対応手続きが可能と認識していたが、大阪総領事館に確認したところ、Zビザが必要であることが分かった。北京大学にも必要書類の準備を急いでもらい、出発2週間くらい前に取得できた。中国の法令により、入国後30日以内に居留許可の申請を行う必要があり、その際には、健康診断書の提出が必要であるが、中国入国後に受けることで対応した。現在は景気や政策などの影響もあるためか、外国人受け入れは、以前より厳しくなっているように感じる。
研究内容は特段の中国政府の許認可を要するものではなく、必要な手続きが生じる場合でも北京大学側で対応する体制であった。なお、家族の帯同はなく、単身での渡航となった。
2.中国での研究環境の実態
● 着任直後に感じた制度や文化のギャップ
入国後24時間以内に居住場所を最寄りの公安に届け出る規則があるが、引っ越し時にも適用されることを認識しておらず、不法滞在として扱われ、厳しく注意を受けた。一方で、初回であったため居留許可への影響はなかった。
中国滞在中は、同僚・友人・知り合いなどから非常に親身に対応してもらうことが多かった。帰国後も、中国のSNSであるWeChatなどで連絡を取り合っているぐらいである。自分の性格による面もあるのかもしれないが、一般的に中国の人たちは外国人に対して友好的で、事前に想定していたほど困難を感じることはなかったため、良い意味でのギャップがあった。文化的な違いも表面上はほとんどなく、漢字圏である上、日本からの距離も近いため、心理的にも身近に感じられた。ただし客人に対しては丁寧で親切であるが、個々の関係が深まるにつれて、違いを実感することもあった。
また、北京市においては、留学時は比較的自由な印象であったが、徐々に整備が進んでいったように思えた。例えば、当時は大学キャンパスへの出入りなども比較的自由であったが(北京大学は出入りに関しては当時から厳格であった)、次第に厳しくなり、管理体制が整備されていった印象である。
業務では日本以上に自由で担当者と直接連絡することも多く、良好な関係を構築することで物事を円滑に進めやすかった。同僚との関係性や相手の面子を尊重することが重視される一方で、自己主張しないと意欲が低いと受け取られる側面もあり、こうした点は中国に限らず欧米にも共通すると考えられる。働き方は休日でも出勤を推奨されることもあり、日本の昭和期を思わせるような企業文化に近いと感じる部分もあった。
● 研究費
研究費については、雷教授の研究資金および国家自然科学基金(NSFC)の外国人向け研究資金を取得した。NSFC研究費は年間20万元(当時のレートで約380万円)であり、そのうち7万元(当時のレートで約133万円)が給与分であり、雷教授のもとで取りまとめられた上で支給されていた。研究費には余裕があり、雷教授も資金獲得より実験を重視する方針であったため、研究に専念しやすい環境だった。
なお、雷教授の研究資金は潤沢で、詳細な財源は明らかではないが、大学からの資金や競争的資金だったと考えられる。
● 研究評価
研究評価は実力があれば国籍や人種にかかわらず平等な環境だった。中国国内ジャーナルへの投稿が推奨されることはなく、海外誌、特に米国や欧州の主要ジャーナルへの投稿が志向されていた。SCI論文偏重を意識していたわけではないが、「Nature」「Science」「JACS(Journal of the American Chemical Society)」「Angewandte Chemie International Edition」など、インパクト・ファクター(IF)の高いジャーナルへの掲載が重視されていた。
研究成果は日本帰国後に論文としてまとめた。博士研究員(ポストドクター)の立場であったため、雑務などを行う必要もなく研究に専念することができた。しかし、研究代表者(PI)の立場であれば状況は異なる可能性がある。なお中国人学生によれば、一定の成果が上がらない場合、教授であっても異動や退職につながることがあるとのことで、研究成果に対する要求水準の高さもうかがえた。
● 研究テーマの自由度とマネジメント
有機合成化学分野は日中で大きな違いはなく、教授から研究テーマが与えられ、その枠組みの中で研究が進められており、いわばトップダウン型の運用であった。手法なども教授の意見が反映され、もちろん成果が求められていた。党や政府からの介入は特に見られなかったが、自然科学分野であったことも背景にあると考えられる。
若手研究者を重視する点も日中で違いはなく、加えて当時は、外国人研究者に対する優遇があり、恵まれた環境にあった。
● 研究設備・研究体制
研究設備は北京大学が国家重点大学であることから非常に充実しており、日本以上に整備されていたと感じられた。博士研究員であったため、大型設備の操作や教授会等に関与することはなく、備品を直接購入することもなかった。備品管理の方法については日本と異なり、運用面で違いが見られた。例えば、研究室間での試薬の貸し借りは日本では教員に伺ってから行うが、現地では学生間でも行われており、比較的柔軟であった。また中国での外国人研究者として研究にあたり、海外出張や一時帰国の制限等の特段の制約はなく、データの越境についても大きな支障はなかった。
研究体制は分業的な側面が強く、専門ごとに役割が分かれており、大型設備の操作などはテクニシャンに任されることが多かった。その結果として各プロフェッショナルが育成され、効率的に研究できる一方で、研究者自身が一連の工程を担う機会は少なくなるため、アカデミア人材の育成という観点では一概に良し悪しは言い切れないと感じられた。なお、テクニシャンとして働く人の中には、必ずしもアカデミアでの探究を志向するとは限らず、テクニカルな業務を担う役割を前提として働いている人もいるようであった。日本では研究者が多くの工程を自ら担うことが一般的で、私自身も渡航前は研究者が自ら実験などを行う環境にいたため、原理まで含めて理解を深めやすいと感じていた。こうした研究環境や体制の違いもあるが、効率は中国の方が上回っている印象を受けた。
● 公的研究費の公募・使用ルール
公募手続きは雷研究室の秘書が対応しており、必ずしも理系の専門的バックグラウンドを有しているわけではないように見受けられた。研究費の使用については機関としてのルールはあるものの、具体的な使途は教授の裁量によりトップダウンで決められていたが、領収書管理などの事務手続きは徹底されていた。
● 研究・生活環境の特徴と変化
赴任当初の2014年頃から電子マネーやWeChatの普及が急速に進んだ。一方で、インターネット環境には一定の制約があり、Googleなどが利用できないためVPNなどを利用して情報を取得していたが、必ずしも安定して接続できるわけではなかった。
日中関係が比較的落ち着いていた時期であったこともあり、研究室周辺では反日的な言動を直接感じることはほとんどなく、疎外感を覚えることもなかった。
3.当該研究分野における中国の状況について
● 全体評価
中国の化学分野は急速に発展しており、論文数は米国を上回るほど圧倒的で、もはや日本が太刀打ちしにくい状況にあると感じている。私が留学していた当初、革新的研究はそれほど多くない印象であったが、現在は研究の質も向上し、より洗練されたものとなっている。この流れはトップ大学にとどまらず、中堅大学にも波及している。こうした成長の背景には、重点分野への潤沢な資金投入があり、研究に必要な環境や資源が幅広く整備され、それに伴って人材も集まってきていることにあると考えている。また、海外で活躍する中国人研究者を呼び戻すような傾向も見られた。一方で、こうした成長は人材と資金への依存が大きく、今後も同様の成長を維持できるかは不透明である。
● 強みと弱み
中国の有機合成化学分野の強みは、公的資金に加え、企業などとの連携を通じて得られる豊富な資金によって支えられている。人材の確保や研究設備の整備等、研究基盤の強化が加速し、国際的な競争力の向上にも寄与しているとみられる。
一方で、今後10年から20年でボトルネックとなり得る側面もある。特に、成果至上主義のもとでは短期的に成果の出やすく受けのよい研究に偏りやすい上、研究者の処遇が安泰ではないため、成果の創出まで時間を要する基礎研究や独創的研究は進展しにくくなる可能性がある。論文数などの成果に関する基準は大学ごとに異なっているため、研究の方向が各大学の基準の影響を受けやすい。独創性そのものは近年大きく向上しているものの、今後、資金や人材が潤沢に確保できなくなった場合にも、現在の研究体制を維持できるかは、今後の重要な課題である。問題の所在は研究者個人の能力というよりも制度のあり方にあると考えられる。
研究倫理については、動物や生体試料を扱う分野ではないため、当該分野ではあまり関係してくる印象はない。
論文盗用については、私の周りでは聞かなかった。論文作成支援サービスの利用も見られ、単純なコピーに類する不正は少ない印象である。内容が不明確な論文についても、不正というよりは研究者間の力量差によるものと見られる場合が多く、化学分野としては公正な研究環境であった。
外国人研究者として特段の障壁は感じられなかったものの、Googleが利用できず百度(Baidu)中心での情報取得となる点にはやや不便であったが、中国自身のハンデも大きいと感じられた。ただし、学術論文の閲覧など研究活動への影響は大きくなく、環境によってはGoogleにアクセスできる場合もあった。
政治面では一定の制約があると考えられるものの、少なくともサイエンスの現場においては大きな障壁は感じられなかった。
● 中国の有機合成化学分野の特徴
中国では、重点分野に対して人材と資金を集中的に投入する傾向がある。研究スタイルについても中国独自のアプローチというよりは、米国など海外で用いられている手法が取り入れられているため、研究現場で違和感は見られなかった。また、分野への資源配分には差がある一方で、地域ごとの差というよりは大学ごとの偏りが大きく、日本以上に研究水準のばらつきが見られると考えられる。
一方で、管理の面では日本に比べ緩い部分も見受けられた。例えば、廃液や廃棄物の処理などに関してはそこまで厳格ではなかったような印象を受けた。
● 人材・キャリア動向
海外留学歴が評価される傾向は以前から続いており、2014年頃の留学時にも同様で、日本や欧米へ研究者が流出する動きが見られ、現在も重視されている。しかしその後、重点分野を中心に海外で研究している人材を呼び戻す傾向が生まれたためか、海外で研究経験を積んだ人材は中国国内でも多く見られた。雷教授の研究室を卒業した学生さんたちも、米国や英国、ドイツなどに留学し、研究経験を積んでいた。
一方で、中国国内でも研究設備が整っている大学があるにもかかわらず、中国の学生の動きは必ずしもこうした人材回帰の流れと一致しているとは言えず、依然として欧米をはじめとした海外への留学も続いている。海外留学は経歴として評価される側面があると考えられるが、国内で研究が可能な環境があるにもかかわらず海外に出る理由については、必ずしも明確ではない。日本側では日本人学生の減少もあり、結果として外国人学生の比率が相対的に高まっているように見受けられる。
教員については、有機合成化学分野では当時日本人研究者は多くはなく、北京大学化学与分子工程学院でも、日本人研究者は私だけだった。中国の研究者は海外に出ることにあまり抵抗はなく、化学分野では米国や欧州を志向する傾向がある。中国国内の経済状況の影響で雇用関係が厳しいこともあり、引き続き海外へ向かう動きが続いている可能性がある。
● 社会実装
中国では、重点分野に対して国家主導で人材と資金を集中的に投入する仕組みや、AI分野を筆頭に社会実装のスピードの速さが大きな強みとして挙げられる。放射線治療分野においても、中国が注目した途端に上海で加速器が整備されるなど、政策に応じて関連分野に人材や資源が集まる傾向があると考えられる。
企業に関して言えば、工学系ではスマートフォンやAIなどの分野で有名な企業が見られる一方、製薬分野では有名な企業はあまり認知されていない。
● 国際協力
国際共同研究の実施に際して特段の障壁はなく、中国全体で活発である。雷教授自身も国際的な研究に取り組んでいた。
● 中国イノベーションの源泉と今後の発展・持続可能性
中国のこれまでの成長は豊富な人材と資金への依存が大きく、今後の少子化により人材が減少すると見込まれる中で、人材や資金が制約された場合にどうなるかが重要な局面になると考えられる。国力にゆとりがある間に独創性のある研究を定着させる必要がある。近年は独創性のある研究も見られるものの、現時点では、それが真に独創的な成果として定着するかの評価や、今後伸びるのか停滞するのかの判断は難しい。持続可能性の実現のためには、今が正念場であると考える。
なお、日本については、自動車など一部の分野で一定のポジションは維持しているものの、他分野では海外にシェアを奪われつつある状況も見られる。
中国はAIに力を入れており覇権を握るかが注目される一方で、合成化学分野のAI活用事例は、私が留学していた時はあまり聞かなかった。背景には、実験結果が研究者の熟練度によってばらつきやすく、機械学習に必要なデータが揃いにくいと考えられるが、今後はこの課題も解決していくものと考えている。他方、日本と同様、中国でも研究の方向性や資源配分が政治的な判断の影響を受ける側面もあり、場合によっては研究の芽が十分に育たないうちに資金が削減される可能性もあると考えられる。
● 中国の研究者との交流や情報管理に関して留意した点
中国の研究者と接する際、譲るべきでない点は明確に線引きする姿勢が重要である。また、禁止であることが明示されていないことは比較的自由に捉えられることもあり、事前の取り決めを厳格に定めることも必要である。
● 日本への示唆
中国の研究者や学生にはバイタリティが感じられた。一方で、日本の学生は海外に出ることに慎重で、失敗を避ける傾向が強いようにも思われた。その背景には、一度レールから外れると取り戻すことが難しいという日本社会の再挑戦のしにくさもあるのではないかと感じられる。失敗を恐れず一歩踏み出すことの大切さを改めて意識させられた。
また、学会における交流や意見交換の積み重ねが、日本にとって重要な連携の形になると考えられる一方で、情報や成果が一方的に流出するリスクもあることから、慎重な対応も求められる。
さらに、日本が引き続き強みを有する分野としては宇宙開発や自動車産業などが挙げられる一方で、半導体分野では、アジアでは台湾や韓国などが存在感を高めており、競争環境は変化していると感じられた。
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
(※1)深瀬浩一(ふかせこういち、1960-):2014年当時は大阪大学大学院理学研究科教授で、大阪大学理事・副学長を経て、2025年より大阪大学放射線科学基盤機構特任教授。
(※2)雷暁光(Lei Xiaoguang、1979-):2001年北京大学を卒業後、2006年にボストン大学で博士号(有機合成化学)を取得。コロンビア大学、天津大学薬学院、北京生命科学研究所(NIBS)を経て、2017年より北京大学化学学院の新体制終身在職正教授。
(※3)門田功(かどたいさお、1965-):2014年当時は岡山大学大学院自然科学研究科教授で、2023年より岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域教授。
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
横山聡(副調査役)、西村優花(主査)
