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中国オープンソース年度報告2025が発行 AI時代の協働とエコシステムを読み解く

2026年07月16日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深圳コミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深圳(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊創客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。

 中国最大のオープンソースアライアンス「開源社(Kaiyuanshe)」の「中国オープンソース年度報告2025」が発行された。筆者が日本語訳したものも合わせて公開され、日本語で読むことができる(日本語版リンク)。

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「中国オープンソース年度報告2025」の画面。中国語版の言語モードを変えると、日本語版を読むことができる。(スクリーンショット)

中国最大のオープンソース団体「開源社」の報告書、日本語版も発行

 中国のオープンソース事情を知るうえで、避けて通れない存在が開源社だ。2014年に設立されたこの非営利組織は、中国国内の開発者、企業、教育機関、行政など様々な立場の人間がメンバーとして集まり、それぞれをつなぐ橋渡し役として、オープンソースの普及と国際協力を担ってきた。

 開源社の活動としては、中国オープンソース界全体をまとめるイベントの開催と、オープンソース年度報告の発行がある。これまでもScience Portal Chinaでは大会やレポートのトピックを紹介してきた。2025年版の報告書は、前年までの流れを引き継ぎつつ、よりはっきりと「AI時代のオープンソース」を中心に据えた内容となっている。

昨年のレポート:「中国オープンソース年度報告2024が発行 社会のオープンソース推進が明らかに

 筆者は2020年度から、共同創業者を務めるニコ技深圳コミュニティとともに、中国オープンソース関連文書の日本語訳を続けている。今年も日本語版を作成し、開源社の公式レポートに加える形で公開した。

今年の焦点は「AI時代のオープンソース」

 2025年版の大きな特徴は、オープンソースAIが中心的なテーマになったことだ。昨年までの中国オープンソース年度報告では、GitHubやGiteeにおける開発者の活動、企業や大学のオープンソース貢献、OpenRankによる評価などが主な焦点だった。今年はそれに加えて、オープンソースの大規模モデル、モデルプラットフォーム、エージェント、フィジカルAI、商業化までが一体のものとして扱われている。

 これは単に「AI関連の章が増えた」という話ではない。AIによって、オープンソースの協働そのものの形が変わりつつあることが、報告書全体の底流にある。

 これまでのオープンソースは、ソースコードを公開し、開発者がIssueやPull Requestを通じて協力するという形が中心だった。しかし生成AIやエージェントAIの登場により、コードを書く、レビューする、ドキュメントを読む、翻訳する、ツールを組み合わせるといった作業の多くが、AIを介して行われるようになった。開発者同士の協働に、AIが中間者として入り始めている。

 この変化は、オープンソースの生産性を高める一方で、人間同士の直接的なやりとりや、コミュニティへの参加の形を変える可能性もある。2025年版の報告書は、その変化を技術、データ、商業化の複数の面から捉えようとしている。

OpenRankからOSDGsへ オープンソースを社会インフラとして評価

 昨年の記事では、OpenRankという指標を紹介した。OpenRankは、単にStar数やダウンロード数を見るのではなく、Issue、Pull Request、Review、Mergeなど、実際の協働行動をもとに開発者やプロジェクトの影響力を測る仕組みである。

 2025年版では、その考え方がさらに広がっている。データ編では、オープンソースを「ソフトウェア開発の方法」だけでなく、デジタル文明を支える基礎的な公共インフラとして捉え、OSDGs(Open Source Development Goals、オープンソース開発目標)という枠組みを導入している。

 これは、国連のSDGsを参考にしつつ、オープンソースが環境、社会、ガバナンスにどのような価値をもたらすかを評価しようとするものだ。たとえば、知識共有、教育、グリーンコンピューティング、デジタル主権、標準化、透明なルールづくりなどが評価対象に入る。

 この変化は大きい。オープンソースは、もはや「開発者が無償でコードを公開する活動」だけではなく、社会や産業の基盤をどう作るかという政策的・経済的なテーマになっている。中国ではそれが、研究機関、企業、行政、コミュニティを巻き込む形で進んでいる。

オープンソースAI モデル性能競争から、効率・運用・エコシステム競争へ

 2025年版でもっとも分量が多く、また時代性が強いのがオープンソースAI編である。

 中国のオープンソースAIは、以前のように「プロプライエタリなモデルを追いかける存在」ではなくなりつつある。DeepSeek、Qwen、Kimiなどのモデルは、単に性能を競うだけでなく、推論コスト、長文コンテキスト、マルチモーダル処理、エージェント、ツール呼び出し、RAG、Context Engineeringといった、実際にAIを使うための基盤づくりに踏み込んでいる。

 特に重要なのは、AIの競争軸が「モデルの大きさ」から「使える仕組み」へ移りつつあることだ。巨大なモデルを作るだけではなく、限られた計算資源で効率よく動かす、企業内のデータや業務システムとつなぐ、長い文脈を扱う、外部ツールを呼び出して作業を進めるといった部分が競争力になっている。

 オープンソースAIはここで大きな意味を持つ。モデルやコードが公開されることで、開発者や企業はそれを自社の環境に合わせて調整し、実験し、改善できる。中国のAI企業や研究機関がオープンソースを積極的に使うのは、単なる宣伝ではなく、開発者と産業界を巻き込むための重要な戦略になっている。

フィジカルAI デモからフルスタックのオープンソースへ

 2025年版で特に注目すべき新しい領域が、フィジカルAI/エンボディドAIである。中国語では「具身智能」と呼ばれ、ロボットが物理世界で見て、考え、動くためのAIを指す。

 これまでロボット分野では、展示会や動画で印象的なデモを見せることが多かった。しかし、実際の物理世界は複雑で、床の状態、照明、物体の形状、手先の滑り、センサーの誤差など、実験室では見えにくい問題が多い。2025年版の報告書では、中国のフィジカルAIが、そうした「デモ」中心の段階から、モデル、評価、データ、ソフトウェアスタック、ロボット本体を含むフルスタックのオープンソース・エコシステムへ進みつつあると説明している。

 これは日本にとっても重要なテーマである。ロボットやハードウェアは、ソフトウェアだけの場合よりも実験コストが高く、再現性の確保も難しい。だからこそ、データセット、評価ベンチマーク、制御ソフトウェア、シミュレーション、実機での検証手法が公開され、共有されることの意味は大きい。

 中国のフィジカルAI分野では、大学、研究機関、スタートアップ、大企業が入り混じり、VLA(Vision-Language-Action)モデル、世界モデル、ロボット基盤モデル、実機評価などに取り組んでいる。これは、AIとロボット、ハードウェア、製造業がつながる領域であり、中国の強みが出やすい分野でもある。

商業化 「どう稼ぐか」から「エコシステム資産」へ

 商業化編も、昨年から大きく視点が変わっている。以前のオープンソース商業化は、クラウドサービス、企業版、サポート、コンサルティングなどを通じて「オープンソースプロジェクトがどう収益を上げるか」という問題として語られがちだった。

 しかし2025年版では、より広い問いが立てられている。中国の開発者、企業、モデルプラットフォーム、基盤ソフトウェアプロジェクトが、グローバルなオープンソース・エコシステムの中で、どのように持続可能な価値を作るのか。商業化とは、単にコードを公開してサービスを売ることではなく、開発者ネットワーク、技術標準、データ、評価指標、企業の信頼、国際協力を含むエコシステム上の資産を作ることになっている。

 AI時代には、この傾向がさらに強まる。モデルは単体で存在するのではなく、データ、推論基盤、ツール、API、運用環境、ユーザーコミュニティと一緒に価値を持つ。オープンソースは、そうした複雑なエコシステムを作るための共通言語になっている。

日本語版の翻訳で見えた、AIと人間の新しい協働

 今回の日本語版の翻訳でも、AIによる協働の変化を強く感じた。

 過去の翻訳では、数名のボランティアが章を分担し、人間同士で相談しながら進めていた。今回はその方法を大きく変え、エージェンティックAIを使った。まずAIに翻訳させ、人間がレビューする。そのレビュー内容からAIに翻訳ルールを生成させ、次の翻訳に適用する。さらに章が進むごとに、レビューで見つかった問題をルールに追加していく。

 つまり、AIに単純に翻訳を任せたのではなく、人間のレビューをもとに、AI自身がルールを更新し、そのルールに従って次の作業を行う形にした。翻訳結果だけでなく、翻訳ルールそのものもオープンに公開している。

 これは小さな実験だが、AI時代のオープンソース協働を考えるうえで象徴的だ。オープンソースでは、コードだけでなく、ドキュメント、Issue、レビュー、意思決定のルールも重要な資産になる。今回の翻訳では、翻訳ルールがそのまま次の協働の基盤になった。

 この方法は、日本語訳だけでなく、他の言語への翻訳にも使えるはずだ。また、来年以降の年度報告や、他の中国オープンソース関連文書の翻訳でも、同じルールを出発点にできる。毎回ゼロから始めるのではなく、前回のレビューと知見をルールとして蓄積していくことで、速度と品質の両方を上げられる可能性がある。

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本家である中国語版のGithubリポジトリに、日本語版を追加したPull Requestを送ることで、日本語版の追加が本家に取り込まれた。(スクリーンショット)

日本にとっての示唆

 中国オープンソース年度報告2025を読んで感じるのは、中国においてオープンソースが、単なる技術者コミュニティの活動ではなく、AI、ロボット、クラウド、データ、評価指標、商業化、国際協力をつなぐ共通言語になりつつあることだ。

 日本企業や研究機関にとって重要なのは、「中国のオープンソースが伸びている」という表面的な理解にとどまらないことだろう。オープンソースは、技術普及、人材育成、標準化、国際協力、商業化を同時に進めるための仕組みになっている。

 特にAI時代には、モデルだけでなく、データ、評価、運用、エージェント、Context Engineering、フィジカルAIの実機評価まで含めたエコシステムが競争力になる。そこでは、開発者と企業、大学、行政、コミュニティがどう協働するかが大きな差になる。

 日本でも、オープンソースを「無償で公開されたコード」としてだけ見るのではなく、社会や産業を動かす協働基盤として捉える必要がある。今回の年度報告は、その変化を中国の事例から読み解くための、よい入口になるはずだ。


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