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オープンソースにより標準化を進める中国の自動車政策

2026年08月05日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深圳コミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深圳(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊創客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。

 自動車産業は、ハードウェア中心の競争から、ソフトウェアを含むシステム全体の競争へ移りつつある。

 従来の自動車では、車体、エンジン、足回り、内装、製造品質など、物理的な違いが競争力の中心だった。部品や設計を標準化することはできても、車種ごとの制約は大きい。車体の大きさ、重量、構造、材料、製造ラインが違えば、同じ部品や設計をそのまま共有することは難しい。

 しかしソフトウェアは違う。車種やメーカーが違っても、OS、ミドルウェア、API、データ形式、開発ツール、評価環境は共通化しやすい。もちろん車載ソフトウェアには安全性やリアルタイム性など厳しい条件があるが、物理的なハードウェアに比べれば、共通基盤を作り、複数の企業が同じ土台の上で開発する余地が大きい。ここにオープンソースとの親和性がある。

 オープンソースは、自動車産業においては、各社が競争しなくてもよい基盤部分を共同で作り、改良し、標準化する方法として機能している。共通部分を各社がばらばらに作れば、同じ問題を何度も解くことになる。逆に、基盤部分を共有できれば、開発の重複を減らし、バグ修正や機能改善を業界全体で進めやすくなる。

 さらに、ソフトウェアの共通化によって品質保証の仕組みを一緒に作ることができる。ハードウェアでは、材料、部品、製造工程、検査によって、個々の製品ごとに基準を満たしているかの品質を担保してきた。ソフトウェアでは、コードの依存関係、ライセンス、脆弱性、更新履歴、テスト方法、認証手順を管理し、標準的なソフトウェアを品質保証も含めて配布することができる。自動車がソフトウェア化するほど、品質保証の標準もまたソフトウェア的に整備することが可能で、ここでもオープンソースにすることの効果がある。

 この三つ、つまり「共通化できるソフトウェア」「共通化による進化と品質向上」「ソフトウェア品質保証の標準化」が、現在の自動車オープンソースを理解する鍵だ。

世界で進む自動車ソフトウェアの共通化

 この動きは世界的に進んでいる。

 欧州では、Eclipse Foundationとドイツ自動車工業会(VDA)が、自動車グレードのオープンソース・ソフトウェア基盤づくりを進めている。2026年1月の発表では、参加企業が32社に拡大し、非競争領域のソフトウェアを共同開発することで、開発・統合・保守工数を最大40%削減し、市場投入までの時間を最大30%短縮する目標が示された。これは、車載ソフトウェアの基礎部分を各社が個別に作るのではなく、共通基盤として育てる試みだ。(リンク

 オープンソース化することは、各社の競争をなくすものではない。Androidスマートフォンを開発している会社が何社もあるように、車載OS、データ形式、開発ツール、評価方法のような下位層を共通化し、その上で各社が車両設計、ユーザー体験、サービス、AI機能で競争する。これはソフトウェア産業では一般的な分担だが、自動車産業ではまだ移行の途中にある。

 中国の自動車政策も、この世界的な流れの中にある。ただし中国の場合は、政策、業界団体、完成車メーカー、地方政府、データ基盤が近い距離で動く。そのため、オープンソースは開発手法というより、産業標準を作るための政策手段として使われ始めている。

中国政策に書き込まれたオープンソース

 中国政府は2025年、「自動車業界安定成長のためのソリューション・ガイドライン(2025~2026年)」を通達した(リンク)。このソリューションは、販売目標だけでなく、自動車産業の基盤技術をどう強くするかまで踏み込んだ文書だ。そこでは、スマートコネクテッドカー、車載OS、AI、自動車向けチップ、L3級自動運転、OTA管理、車両データの越境安全、国際標準への参加が同じ産業政策の中で扱われている(筆者による日本語訳)。

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中国政府が自動車ソフトウェアの標準化とオープンソースに踏み込んだガイドラインを通達。(スクリーンショット)

 この文書で注目すべきなのは、「オープンソースの優位性を十分に発揮する」と明記している点だ。対象として挙げられているのは、自動車向けチップ、OS、AI、固体電池といった基幹技術である。つまり、中国政府はオープンソースを周辺的なソフトウェア開発の話ではなく、自動車産業の重要技術を進めるための方法として見ている。

 同文書は、新エネルギー車、動力電池、自動運転、自動車向けチップについて、標準整備を急ぐとも書いている。ここでオープンソースと標準化は別々の話ではない。共通基盤を作り、それを標準につなげる。中国の自動車政策は、この流れを明確に示している。

 さらに、車・道路・クラウド連携の実証、V2X、5G通信モジュール、北斗衛星測位、L3級車両の生産許可にも触れている。これは、車だけを賢くするのではなく、道路インフラ、通信、クラウド、制度を含めて共通化しようとする発想だ。自動車を単体の製品ではなく、都市と接続するシステムとして見ている。

共通化される三つの層

 中国の自動車分野でオープンソース化・標準化の対象になっているものは、大きく三つに整理できる。

 第一は、車載OSと基礎ソフトウェアだ。

 中国汽車基礎軟件生態委員会(英語略称AUTOSEMO)は、ソフトウェア定義型車両(SDV)が業界の共通認識になったことを背景に、自動車基礎ソフトウェアのエコシステム構築を掲げている(リンク)。AUTOSEMOは、中国の自動車産業に向けて、次世代自動車の標準化された基礎ソフトウェア・アーキテクチャ、方法論、API標準を提供することを目標としている。

 AUTOSEMOの自動車OSオープンソースコミュニティは、2025年の上海モーターショー関連イベントで発表された。東風汽車と中汽創智が進めるオープンソース型完成車OS「天元OS」も同コミュニティ初のオープンソースプロジェクトとなった。AUTOSEMOは、段階的にコード、インターフェース、標準を公開する方針を示している。

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AUTOSEMOのサイトでも「オープンソース」が大きく推奨されている。(スクリーンショット)

 これは、完成車メーカーが同じ車を作るためのものではない。OS、API、ミドルウェアのような下位層をそろえ、上位の開発を速くするためのものだ。ハードウェアで各社の車両が異なっていても、ソフトウェアの抽象化層を共有できれば、アプリケーションやAI機能の開発効率は上がる。

 第二は、AIとデータ基盤だ。

 自動運転や運転支援では、現実の交通環境に近いデータと評価環境が欠かせない。モデルだけを公開しても、評価に使うデータや試験方法がばらばらであれば、性能を比較できない。ここでも共通化が必要になる。

 国家データ局が紹介するスマートコネクテッド新エネルギー車向けのデータ流通基盤では、車両センサー、路側設備、シミュレーション用シナリオ、充電設備の運用情報などを、統一データ目録と品質標準で扱うとしている。すでに業界向けオープンデータセットが公開され、125万組の画像・点群データを含む自動運転データセットも例として挙げられている。

 北京市の「開源生態体系建設実施方案(2026~2028年)」も、スマートコネクテッドカーを高品質AIデータセットの重点分野に含めている。データを集めるだけでなく、アノテーション、データ洗浄、合成、品質検証のためのツール整備も重視している。これは、AI開発の品質をデータと評価環境からそろえようとするものだ。

 第三は、ソフトウェア品質保証の仕組みだ。

 自動車にオープンソースを使う場合、コードが公開されているだけでは不十分だ。どの部品が含まれているのか、どのライセンスで使われているのか、どのバージョンに脆弱性があるのかを管理しなければならない。北京の計画は、コードスキャン、脆弱性検出、リスク警告、SBOM(Software Bill of Materials)、ライセンス互換性リストを明記している。

 SBOMは、ソフトウェア部品表のことだ。自動車のように長期間使われる製品では、販売後に脆弱性が見つかったとき、どの車種のどのソフトウェア部品に影響するのかを追跡できなければならない。これは従来の部品管理に似ているが、ソフトウェアでは更新が頻繁で、依存関係も複雑になる。そのため、品質保証そのものも標準化する必要がある。

 ここでオープンソースが再び効いてくる。コード、テスト、評価方法、脆弱性情報、ライセンス管理の方法を開いた形で整えれば、個社だけではなく業界全体で品質を上げやすくなる。オープンソースは開発速度を上げるだけではなく、品質保証の共通言語にもなりうる。

中国流の特徴

 中国流の特徴は、オープンソースを単独の技術政策として扱っていない点だ。車載OS、AIデータセット、車・道路・クラウド連携、L3級自動運転、SBOM、国際標準への参加が、同じ産業政策の中で結びついている。

 この進め方には強みがある。中国の新エネルギー車産業は、もともと製品投入の速度が速い。そこに共通ソフトウェア基盤とデータ基盤が加われば、各社は基礎部分の重複開発を減らし、応用開発に集中できる。とくにAIやスマートコックピットのように更新速度が速い領域では、共通基盤の有無が開発スピードに直結する。

 一方で、課題も明確だ。自動車ソフトウェアは、一般的なアプリケーションとは違い、安全性、リアルタイム性、長期保守が求められる。オープンにすれば自動的に安全になるわけではない。誰が品質を保証するのか。どのコードが量産車に使えるのか。脆弱性が出たときに誰が責任を持つのか。だからこそ、中国の政策文書でSBOMや脆弱性検出、ライセンス管理が同時に語られていることが重要だ。

 中国はオープンソースを、自由な共有物としてではなく、管理された産業基盤として扱おうとしている。これは、コミュニティ文化としてのオープンソースとは少し違う。政策、標準、産業実装を接続するための手段として、オープンソースが使われている。

日本から見るべきポイント

 日本の自動車産業は、量産品質、サプライチェーン、制御技術、機能安全に強みを持ってきた。しかしSDVの時代には、物理的な品質だけでなく、ソフトウェア基盤とその品質保証をどう共通化するかが競争力に関わる。

 中国が進めているのは、オープンソースを使った標準化だ。基礎部分を共通化し、その上で各社が車両設計やユーザー体験を競う。この分担がうまく機能すれば、中国の自動車産業はさらに速くなる。

 日本企業にとっては、中国の自動車オープンソースを単に警戒するだけでは不十分だ。どの標準が作られ、どのコードが公開され、どのデータセットが使われ、どの品質保証の枠組みが広がるのかを見る必要がある。参加するのか、互換性を持たせるのか、別のエコシステムを作るのか。その判断が必要になる。

 中国の自動車産業を理解するには、販売台数や価格競争だけを見ていては足りない。背後でどのようなソフトウェア基盤、データ基盤、標準化組織、開発コミュニティ、品質保証の仕組みが作られているのかを見る必要がある。オープンソースは、中国の自動車産業を標準化し、加速させるための見えにくいインフラになりつつある。


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