中国はなぜ超精密部品を作れるようになったのか
2026年08月25日

山谷 剛史(やまや たけし):ライター
略歴
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。
以前、中国メーカーのスマホは、AIにより撮影品質を改善し、中国国内や世界市場で評価された。また、工場でもIoT+AIが導入され、工場のラインで流れる製品の細かなエラーも発見できるようになり、製品の品質が向上した。こうした事例にとどまらず、さまざまな中国製品にAIが搭載され、高いコストパフォーマンスと品質を実現した。
一方、最近になり、EVやロボットを筆頭に、完成品だけでなくその部品を生産する企業が台頭し、中国の国産化率を高めるとともに低価格化に貢献している。超精密部品は本来は日本のお家芸であり、世界の家電市場や情報通信機器市場で日本のシェアが下がろうと、中の超精密部品には日本製が多く、その代替が利かなかった。だがその前提は、中国産の超精密部品が台頭したことで崩れてきている。
中国の超精密加工技術が飛躍的に発展した背景は、単一の技術革新によるものではない。複数の要因が同時に重なり合った結果である。
その大きなきっかけは、海外からの輸出規制・技術封鎖だ。半導体設備など海外調達が不安定になった分野では、完成品メーカーが国産で代替したいというだけでなく、国内サプライヤーを育てざるを得ない状況に追い込まれた。その結果、部品メーカーは試作段階にとどまらず、量産と長期安定供給まで求められるようになり、品質改善が一気に加速した。
そもそものきっかけは、2017年8月に第1次トランプ政権が技術・知的財産を巡って開始した通商法301条に基づく調査だ。この調査結果を受け、2018年から関税賦課などが本格化した。米国の制裁をトリガーに、中国の民生用ハイテク製品におけるサプライチェーンの国産化が一気に加速し、眠っていた産学研のポテンシャルが輸入代替という形で一気に引き出され、製品化・実用化が加速したというのが中国で広く共有されている見解である。
中国の産学研の提携はそれ以前になかったわけでなく、1970年代から科学技術振興が国策として進められてきた。1978年には「1978~1985年全国科学技術発展計画綱要」が策定され、1985年には「科学技術体制改革に関する中共中央の決定」が発表された。ロケットなどの宇宙開発においても、ソ連(当時)の技術援助が打ち切られ、中国国内での開発が進められた。1990年代には「211工程」「985工程」により、清華大学や北京大学などのトップ大学に国家予算が集中投下され、最先端の研究が推進された。2000年代には「自主創新(自主革新)」が2006年に国家戦略として掲げられ、企業を主体とした産学研の技術開発が加速した。
では、なぜ中国は近年まで製品の組み立てから脱することができず、ハイテク製品を部品レベルから純国産で量産できなかったのか。国家主導の産学研では、航空宇宙、兵器、高速鉄道、インフラなどの「国家戦略プロジェクト」にリソースが集中していた。これらの一部の分野では、2017年以前から世界トップレベルの製品化を達成していた。一方でスマートフォンや家電などの「民生用ハイテク製品」のサプライチェーンには、研究の恩恵が行き渡りにくい構造があった。
大学や研究所での「試作レベルの製品化」は成功していても、コストを抑えて百万台単位で安定して作る量産技術のノウハウが不足していたのである。2017年以前、中国の多くのメーカーはCPUやセンサーなどのコア部品を欧米や日本などから輸入し、それらを使って製品を開発するビジネスモデルが主流だった。そのほうが確実に動くので、素早く製品を開発でき、コストを安く抑えられるのである。
こうした構造が、大きく変わりつつある。中国は組み立て後の完成製品にとどまらず、部品レベルまで自前で揃えるようになり、有力企業の部品はハイテク製品を作るのに十分なレベルになり、そうした企業は株式市場に上場して莫大な資金を調達し、製品を海外市場に輸出するようになった。世界市場で部品レベルの強みを持つ日本の超精密部品にとって、脅威となる存在になっている。
部品メーカー単独でのモノづくりのレベルが向上するだけでなく、設備メーカーや大口顧客と共同でデータを取り込みながら改良を重ねるケースをよく聞くようになった。研究室レベルの性能を、量産現場で通用するレベルまで高めやすい環境ができあがった。あわせて清浄度・耐久性・耐薬品性・トレーサビリティなどに関する業界標準の整備も進み、優れた企業ほど大手に採用される構図が定着した。
超精密加工そのものを支える要素も見過ごせない。超精密加工の実現は、高性能な工作機械の登場だけでは説明できない。光学部品・半導体部品・ハードディスク関連などでナノメートル級の精度を求める需要、微小誤差を検出する計測技術の進歩、主軸・ガイド・送り機構などの精度を極限まで高めた機械そのものの進化、そしてわずかな熱変位や振動も結果を左右するため、温度・湿度・清浄度を管理する環境制御――これらが同時に整って初めて成立する技術だ。近年はさらに制御工学・材料工学・センサー・AIによる補正が融合し、より安定した加工が可能になっている。
昨今のハイテク機器の需要の広がりも推進力となった。超精密加工の推進力となったのは、半導体装置(真空部品・搬送部品・精密ステージ)、航空宇宙部品(高強度・長期信頼性)、精密歯車・減速機(産業用ロボット向け)、医療機器(再現性・安全性重視)、光学・表示関連(スマホ・車載・AR/VR)など、幅広い分野の量産需要である。
米国がファーウェイへの制裁をはじめ、中国のハイテク産業に対する規制を強化した結果、研究と産業の間にあった壁が低くなり、大学の研究成果が量産現場に接続されるようになった。それが今日の中国のものづくりの急速な進歩の実態である。
