ネット先進国・中国で進むデジタル依存 利用者のメンタルへの悪影響とは
2026年09月03日

山谷 剛史(やまや たけし):ライター
略歴
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。
中国はインターネットサービスの開始こそ遅れをとったが、浸透においては世界で特に早く、かつ深く適応してきた国であることに異論はないだろう。公共料金の支払いから、移動、ショッピング、対人コミュニケーションまで、さまざまな場面でスマートフォンとアプリを利用することは、中国の都市部では、若い世代はもちろん、中高年にとっても「特別な行動」ではなく、日常生活を送る上で事実上、必須となっている。重度なスマホ依存社会の中国で、どのような問題が発生しているのかという疑問に、中国の多くの研究者が取り組んできている。
ここで2022年の彭海雲氏らの論文「The Change Trends of Mobile Phone Addiction Among Chinese College Students and Macro-social Influencing Factors」を紹介したい(リンク)。なぜ彼らの研究を参考にするのかというと、まず中国の大学生のスマホ依存傾向について、個別の一回限りの調査ではなく、2010~2020年に発表された98本の研究を統合した横断歴史メタ分析であり、約10年間の変化を一望できる点にある。
同論文によると、中国の大学生におけるスマホ依存傾向は、年を追うごとに一貫して上昇している。彭氏らは、大学生のスマホ依存傾向の上昇を、個人の性格や自己管理だけで説明せず、社会的結び付きや社会的脅威に関するマクロ指標の変化と関連づけた。これは、スマホ依存を社会的孤立感や不確実性、競争的環境などと関連づけて考える視点を与える。ただし、個々の学生の利用動機を直接測定した研究ではない。
つまり、スマホ依存は「より便利なサービス」や「意志が弱い若者」の問題ではなく、急速な社会変動と強いプレッシャーの中で、スマホが不安を紛らわせ、情報を確保し、周囲とのつながりを保つためのよりどころになっているという一面もある。そして社会がスマホを前提としたサービスを拡大すればするほど、学生たちのスマホ依存傾向もまた強まっていくという、抜け出しにくい循環が生まれていると考えられる。
さて、中国でスマホベースのモバイルインターネットが普及した結果、ショート動画、EC、フードデリバリーを通じて、娯楽・消費・生活インフラが大きく変化した。これらに関しても、普及によりメンタルにどのような影響が生じたのかを調査したレポートがある。
中国科学院心理研究所と社会科学文献出版社が2025年4月に刊行した『中国国民心理健康発展報告(2023~2024)』は、全国79機関が収集した17万件超の質問票をもとに、中国の心の健康の状況、関連要因、支援ニーズを分析した報告書である。この報告書内の「2024年不同人群短視頻使用頻度与心理健康状况調査報告」では、青少年、大学生、就業成人を対象に、ショート動画の利用強度と心の健康の関係を分析し、ショート動画の利用が抑うつリスクおよび不安リスクと有意に関連することを示した。
同調査では、青少年のショート動画利用は1日平均90分超、大学生は約180分、就業成人は約140分だった。報告書は、長時間利用者において、睡眠、学習、仕事のための活力が損なわれることを問題視し、対策として現実の人間関係による支援を増やすことと、感情を調整する方法を多様化することを提言している。同報告書は、ショート動画の利用が抑うつや不安を直接発生させるという因果関係を証明したものではない。既に孤独、不安、抑うつ、対人関係の困難を抱える人が、感情調整や現実逃避の手段としてショート動画を長時間利用する可能性もある。
同じく『中国国民心理健康発展報告(2023~2024)』では、ネット通販の利用頻度を心の健康と関連する要因の一つとして扱った。結婚状況、労働時間、BMI、運動頻度と並び、ネット通販の利用頻度が心の健康と有意に関連していた。とくに女性では、ネット通販を頻繁に利用するほど抑うつリスクが高いという関係が報告されている。同報告は、ネット通販の頻度と抑うつリスクの関連を示したが、その仕組みまでは検証していない。もっとも、中国のEC環境にはダブルイレブンなどの大型セール、個人向け推薦、ライブコマースといった購買促進の仕組みが広く存在する。これらがストレスや孤独感を抱える人の反復的・衝動的な購買とどう結び付くかは、今後検証すべき論点である。
中国で生活インフラとなっているデリバリーの心理的影響についても紹介しよう。Jian Dong氏ら3人が査読誌『Frontiers in Public Health』に2025年4月15日付で発表した論文「Life against algorithmic management: a study on burnout and its influencing factors among food delivery riders」(リンク)では、中国のフードデリバリー配達員953人を対象に調査を実施した。
その結果、配達員は仕事を続けるなかで感情的・身体的なエネルギーが枯渇し、仕事への意欲を保ちにくくなる「情緒的消耗」、顧客や店舗、仕事そのものに対して冷淡で機械的になり、距離を置く態度を取りやすくなる「冷笑主義」、自分の能力、業務の価値、仕事から得られる成果を前向きに評価できなくなる「職務効力感の低下」といった燃え尽きの状態が広くみられたという。この研究では、燃え尽きに影響する要因として、デリバリーシステムの厳格な業務ルール、業務監視メカニズム、ランキング制度、罰則制度、顧客フィードバック、店舗の調理準備時間などが確認された。配達員のストレスは単純な「長時間労働」だけでなく、プラットフォームの徹底した管理も、配達員の燃え尽きに関わる統計的な関連要因として確認された。
中国のプラットフォーム経済は、消費者に「いつでも視聴できる」「すぐに買える」「安く、速く届く」という即時性を提供する一方で、利用者には注意・感情・消費行動への負荷を、配達員には時間・身体・感情への負荷を集中させる可能性があることが分かる。
さらに、スマホ依存にとどまらず、近年中国では生成AIが生活や学習、仕事に深く入り込みつつある。個人利用においては、学習支援から感情面の相談相手までを担うようになり、「スマホがないと不安」という状態から、「AIがないと不安」という新しい依存状態が生まれつつある。日本では、利用率をみると「そもそも使われていない」「使い方がわからない」といったハードルが中心となっている。つまり、同じ「AI依存」の議論でも、中国では現実に起きつつある問題をどう扱うかという「対処」のフェーズ、日本では拡大前にどのようなルールやリテラシーを整えるかという「予防・設計」のフェーズだと言える。
この新たなAI依存の心的影響に焦点を当てたのが、次に紹介する黄順森氏らによる「AI Technology panic--is AI Dependence Bad for Mental Health? A Cross-Lagged Panel Model and the Mediating Roles of Motivations for AI Use Among Adolescents」である(リンク)。この研究は、数千人規模の青少年・若者を対象に縦断調査を行い、AIへの依存度とメンタルヘルス(不安や抑うつなど)の間にどのような因果関係があるのか、さらに「なぜAIを使うのか」という動機が、その関係をどのように媒介しているのかを分析している。
同研究によると、もともと抑うつや不安を抱えやすい若者ほど、時間がたつにつれてAIへの依存度が高まりやすいことが示されている。心理的に不安定な状態が先にあり、その不安定さを埋め合わせるためにAIとのやりとりが増え、結果としてAIに頼り切ってしまうという、負の循環の一端が示された格好だ。その経路では、「現実の問題から逃れたい」という逃避動機だけでなく、「孤独を避け、つながりや帰属感を得たい」という社会的動機が媒介した。娯楽目的や情報収集・実用目的の利用には、同じ媒介効果は確認されなかった。AIは常に利用可能で、ユーザーを否定しにくい相手として振る舞うため、一時的には安心感を与えるが、一方で人間同士の関係に伴う面倒さや摩擦を避ける方向へとユーザーを押しやってしまいかねない。とはいえ、著者らは、AI依存がその後の不安・抑うつを予測しなかったため、現段階ではAI技術への過度なパニックは不要だと結論づけている。
中国の事例は、スマホを基盤にしたネット利用が生活インフラ化するなかで、ショート動画の高強度利用、頻繁なネット通販、アルゴリズムに管理されたギグワークが、心の健康や燃え尽きとどのように関連するかを示している。さらに、青少年を対象とした縦断研究は、不安・抑うつを抱える人ほど後にAI依存を深めやすく、その過程に逃避・社会的動機が関与する可能性を示した。中国は、デジタルサービスの普及が進んだ社会で生じる心理的コストを先行的に観察できる場であり、日本を含む他国にとっても、依存を個人の自制の問題に還元せず、サービス設計、社会的孤立、競争環境、労働条件を一体的に考えるための重要な参照例となる。
