日本人研究者が語る中国経験インタビュー
「中国における研究環境の現状:日本人研究者から見た研究システム」 関東学院大学理工学部・中西秀樹教授
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年09月14日
センターでは、中国の研究環境や近年の研究開発力の急速な発展要因等に対する理解を深めるため、中国で研究経験のある日本人研究者へのインタビューを実施した。今回は関東学院大学理工学部の中西秀樹教授にお話を伺った。
中西秀樹(なかにし・ひでき):関東学院大学理工学部教授
略歴
東京農工大学大学院連合農学研究科修了、博士(農学)。
産業技術総合研究所、米国Stony Brook University、福島県立医科大学などで研究に従事。
福島県立医科大学医学部附属生体情報伝達研究所助教を経て、中国・江南大学生物工程学院教授(2011年7月~2025年2月)。その後、2025年4月から関東学院大学理工学部教授に就任。中国の大学で研究・教育に携わった経験を持つ。
専門分野は、微生物生化学、細胞生物学、微生物工学など。酵母などの微生物を対象に、免疫機能の向上、ボツリヌス毒素の検査システム、休眠細胞の維持・覚醒メカニズムなどについて研究している。
1.中国で研究することになった経緯と研究環境への期待
● 中国での研究開始のきっかけ
私はもともと日本で研究を続けていたが、ある時期に研究者としての今後について考え、研究者を辞めることも含めて進路を考えていた。そのような時期に、以前から研究を通じて付き合いのあった中国人研究者から、中国の大学で研究する機会を紹介してもらったことが、中国で研究するきっかけとなった。
当時は、中国で研究することについて具体的な情報をほとんど持っていなかった。2011年当時は、インターネットで調べても中国で研究する外国人研究者に関する情報はほとんどなく、周囲にも中国の大学で研究した経験を持つ日本人研究者はほとんどいなかった。中国の大学や研究機関が外国人研究者をどのように受け入れているのか、どのような待遇なのか、研究費をどのように確保するのかといったことも、事前にはよく分からなかった。
最初から中国に行こうと強く考えていたわけではなく、むしろ研究者を続けること自体について迷っていた時期であった。そのような中で、知り合いから「専任の研究者として研究を続けてみないか」という話を受け、結果的に中国の江南大学で研究することになった。
採用については、応募ではなく、知り合いを通じて話が進んでいったという印象が強い。江南大学側から声をかけてもらい、その後、必要な書類を提出するという流れであった。私を誘ってくれた教授が、実際に江南大学で研究室を率いていた教授でもあったため、その研究室の一員として研究を始めることになった。当時は中国の大学の採用制度について詳しく理解していたわけではなく、先方から示された条件や手続きに沿って進めていったというのが実際のところである。
● 中国の研究環境に対する最初の印象
中国へ行く前には、一度現地を見に行く機会があった。当時はまだ中国で研究することを正式に決めていたわけではなく、2泊程度の短い滞在であった。
実際に見てみると、当時はまだ研究環境が十分に整備されていないという印象もあった。住居についても「ここ(大学にある教員専用の宿舎)を使ってください」と案内されたものの、設備などはまだ十分に整っていなかった。
一方で、外国人研究者を受け入れることに対する大学側の期待は感じた。外国人研究者を受け入れること自体が大学にとって一つの実績になるという雰囲気があり、研究者として来てもらうことを歓迎しているように感じた。
● 給与・住居・家族への支援
待遇については、渡航前に日本で契約書案を受け取り、給与や契約条件などを事前に確認した。基本給は年俸10万元程度(当時のレートで約120万円)と低かったが、スタートアップ研究費100万元(約1200万円)に、諸手当があり、総じて悪くない待遇であった。
住居についても大学側から提供があった。大学内あるいは大学が用意した職員向けの住居の一室を利用する形で、家賃の負担はなかった。ただし、中国の住居で多くみられる内装は入居者が自分の好みで整える、いわゆるスケルトンに近い状態で、家具や内装などは自分で整える必要があった。そのため、大学から内装費として50万元程度(約600万円)の支援を受けた。実際の内装工事や業者の手配については、現地の知り合いに相談し、業者を紹介してもらうなどして進めた。また、引っ越しにかかる費用についても、3万元(約36万円)程度の支援があった。
家族については、妻とともに中国へ行った。妻は研究者ではなかったが、現地の大学で日本語学科の正式な職員として採用され、日本語教師として働くことになった。当初は就労者の家族同伴ビザを取得したが、その後、大学で正式に雇用されることになったため、就労ビザ(Zビザ)に切り替えた。
ビザや就労許可の取得については、大学側がすべて手続きを代行してくれたわけではなく、必要な書類の作成や申請手続きは基本的に自分で調べながら進めた。就労許可やビザの取得に必要な招聘状などがなかなか届かず、手続きに時間がかかったこともあったが、最終的には必要な手続きを済ませて赴任することができた。
このように、給与そのものだけを見ると必ずしも高い水準ではなかったが、研究費、住居、内装費、引っ越し費用、家族の就労機会などを含め、研究者が中国で生活を立ち上げるための支援が比較的幅広く用意されていた。研究者本人だけでなく、家族を含めて生活基盤を整えることを大学側が一定程度支援していた点は、日本で研究する場合との違いとして感じた。
2.研究費・人材・研究支援の実態
● 研究費の確保と執行
研究費については、大学内の研究費だけではなく、地方政府が設けている研究費や国家自然科学基金委員会(NSFC)など、複数の資金源があった。
私自身も複数の研究費を獲得した。着任時にはスタートアップ資金として100万元(約1200万円)が用意されており、その後、2年ほど経過した段階で、大学内の研究費にも応募するようになった。また、江蘇省政府による支援も受けた。個人で獲得した100万元(約1200万円)の支援については、およそ半分を給与、半分を研究費として使用する仕組みであった。さらに、NSFCの研究費も3年間のプロジェクトとして2回程度採択され、それぞれ約50万元(約600万円)を獲得した。こうした外部資金も含め、研究費を確保する機会は比較的多かった。
研究費の配分については、研究室の構造も関係していた。私を誘ってくれた教授が研究室全体を率いる責任者で、その下に私を含めて複数のPIがいるという体制であった。それぞれのPIが研究費を獲得して研究を進める一方、研究室全体として必要な経費については、研究室の責任者である教授が全体を見ながら配分していた。
そのため、自分が獲得した研究費を上から一方的に吸い上げられるという感覚はなかった。むしろ、研究室全体で必要な経費を考え、それぞれの研究に必要なところに配分するという運用だったので、私自身はその配分について、特に不満や不公平感を持ったことはなかった。
個人で獲得した研究費については、自分の研究に使うことができ、研究費の執行についても、細かな制約を感じなかった。もちろん、研究費として使用できる範囲には一定のルールがあり、何にでも自由に使えるわけではない。しかし、研究者の裁量で使える範囲は比較的広かったと思う。
特に、研究費を年度内にすべて使い切らなければならないという点については、比較的柔軟であった。研究期間が1年のプロジェクトであっても、すぐに全額を使い切らなければならないというわけではなく、研究成果を報告した後も、一定の資金を後続の研究のために残しておくことができた。
研究費の申請や成果報告については、事務担当者からのサポートもあった。最初は自分で英語の申請書を作成していたが、途中からは自分が作成したドラフトをもとに、事務担当者などに中国語への翻訳を手伝ってもらい、それを提出するという形になった。研究費を使用する際にはサインなど一定の手続きが必要であったが、研究者自身が細かな会計処理まですべて担うという感覚ではなかった。
このように、研究費そのものを確保する機会が比較的多かったことに加え、研究費の配分や執行、申請に関する事務を研究者だけで抱え込まなくてよい仕組みがあったことも、研究を進める上では大きかった。
● 研究資材の調達と研究環境
一方で、研究費が確保できれば、必要な機器や試薬などをすぐに入手できるというわけではなかった。私が研究を始めた当初は、研究用の機器やキットなどが手に入りにくく、国内で製造されたものを使うことが多かった。海外製品を購入しようとすると、納品まで時間がかかることもあり、輸入の際に税関で止まってしまうこともあった。
そのため、研究を進める上では、研究資金を確保するだけでなく、必要な機器や試薬をどのように調達するかという点も重要であった。
また、研究環境は時期によっても変化している。例えば、プラスミドDNAや研究用キットなどについては、近年になって輸入や流通に関する手続きが以前より厳しくなっているものもある。現在の中国の研究環境を、当時の経験だけから判断することはできない。
● 中国で研究する上で感じた特徴と制約
研究の進め方については、中国独特のやり方を強く意識することはなかった。私自身は、研究アプローチや研究上の慣行について特に違和感を覚えることなく研究を進めることができた。中国の研究者と共同で研究する際も、基礎研究ということもあり、研究そのものについて大きな違いを感じることはなかった。
また、中国の大学・研究機関に移る際に、研究内容や思想に関する特別な誓約書を書かされたこともなかった。外国人研究者が立ち入ることのできない研究区域なども、私が在籍していた範囲ではなかった。研究データを日本とやり取りする際にも、特に制度的な支障を感じたことはなかった。大学のメールとHotmailを利用しており、VPNについても日本のものを利用していた。
少なくとも私自身は、外国人であることを理由に、研究活動上の特別な制約を受けたという感覚はなかった。
● 外国人研究者として感じた安心感
赴任当時は、尖閣諸島をめぐる問題などを背景に、日本に対するデモが行われることもあった。そのため、生活面で不安を感じることはあったが、学内では特に不穏な雰囲気があったわけではなかった。当時の学部長からも「心配しなくていい」と声をかけてもらった。具体的な安全対策があったわけではないが、大学側からそうした言葉をかけてもらえたことは、外国人研究者として生活する上で安心感につながった。
また、大学側からは外国人研究者として歓迎されているという印象を持っており、研究や生活の面で大きな疎外感を感じることもなかった。
3.研究活動・教育と研究者評価
● 研究テーマの自由度と研究環境の使い分け
研究テーマについて、大学側から具体的な研究内容を指定されることはなかった。基本的には、自分が研究したいテーマを選び、研究室でできることを進めるという形であった。研究内容そのものについて、大学側から直接的な制約を受けたこともなかった。もちろん、大学や研究室としては、研究費を獲得することや、インパクトのある研究成果を出すことが期待されていたと思うが、研究テーマの選択については比較的自由度が高かった。
● 論文・インパクトファクターと評価
年間何本の論文を書かなければならないという明確なノルマはなかった。ただし、論文のインパクトファクター(IF)は結構重視される雰囲気があり、外部から獲得した研究資金などは、研究者の評価やボーナスに反映される仕組みになっていたため、プレッシャーはそれなりにあった。つまり、中国では、研究成果と資金獲得が待遇に直接結びついている。そこが中国の研究者の積極性や競争意識につながっている面でもあると思う。
また、学生が学位を取得するためには、一定の研究成果を出すことが求められていた。例えば、博士課程の学生については、当時、インパクトファクター(IF)6以上の論文を1本、あるいはIF6未満の論文を3本以上発表することが一つの基準となっていた。修士課程の学生については、中国国内の学術誌に論文を1本以上発表することが求められていた。こうした基準があるため、学生本人だけでなく、学生を指導する教員にとっても、学生が学位取得に必要な成果を上げられるよう研究を進めることが重要になる。明確な論文本数のノルマを教員自身に課されていたわけではないが、学生の卒業要件を通じて、教員側にも一定の成果へのプレッシャーがかかる構造になっていた。
● 教育負担
私は講義も担当した。細胞生物学や遺伝子工学に関する講義を、外国人学生を中心とするクラスで、英語で行った。アフリカなどからの留学生も多かった。
授業数は年間で2~3科目程度で、教育が研究活動を大きく圧迫するという感覚はなかった。研究者としては、教育よりも研究を中心に活動することができた。研究室の中でも、学生への指導は行うが、研究そのものに多くの時間を割くことができた。
● 研究設備と共同利用
研究設備については、大学内の共用設備が充実しており、研究室に所属する研究者が必要に応じて利用できる環境が整っていた。設備を専門に管理するテクニシャンも常駐しており、機器の使用方法について指導を受けることもできた。そのため、研究者自身が機器の管理やメンテナンスまで担う必要はなく、研究に集中しやすかった。
共用設備の利用には申請が必要であったが、私が利用した範囲では、申し込みが殺到して何週間も待たなければならないというようなことはなかった。全体として、共用設備を使う上で大きな不便を感じることはなかった。
一方で、顕微鏡など頻繁に使用する機器については、研究室で独自に購入する場合もあった。共用設備は利用申請などの手続きが必要であり、また大学の休暇期間などには利用しにくい場合もあるため、日常的に使う機器は研究室に置いておいた方が研究を進めやすい場合もあった。
このように、基本的な研究設備は大学の共用施設を利用しつつ、使用頻度の高い機器については研究室で整備するという使い分けをしていた。共用設備と専門のテクニシャンが整備されていたことは、研究を進める上で大きなメリットだった。
4.中国の研究文化と研究者を取り巻く環境
● 研究者の働き方と学生
中国の学生は、指示されたことをきちんとやるという印象が強かった。「これをやってください」と言えば、かなりしっかりやってくれる。
学生同士で議論しながら自分たちでテーマを作っていくというより、PIや指導教員から与えられた課題に対して、きちんと取り組むというスタイルが比較的強いように感じた。
また、学生は長時間研究室にいることが多かった。かなり遅い時間まで研究室に残っている学生もいた。長時間いることと研究の密度が高いことは必ずしも同じではないが、優秀かつ自分からどんどん研究を進める学生は多いと感じた。日本の学生に比べ、能力そのものが中国の方が高いということではなく、研究に投入される時間や、指導教員から求められる水準が違うのだと思う。
● 競争の厳しさと若手研究者
中国の研究者は非常に競争が激しい環境に置かれている。
若手研究者についても、30代で教授やPIになるケースがある。もちろん全員がそうなるわけではなく、少数派ではあるが、若いうちから研究室を率いる研究者が存在する。
中国では定年が日本より若いこともあり、年齢が上がった研究者が必ずしも役職を独占するという構造ではない。若い研究者が上のポジションに上がっていく余地が比較的大きい。
ただ、これは「若手を政策的に優遇している」というより、研究者として成果を出せる人が早く上に上がっていく仕組みになっているという印象である。
● 外国人研究者の受け入れと待遇
私は千人計画で選ばれたわけではないが、2011年に中国に行ったため、ちょうど千人計画が活発になり始めた時期であった。当時から、大学が優秀な外国人研究者を積極的に受け入れようとしていることは十分に感じられた。研究者を呼び込むために、大学や研究機関が研究環境だけでなく、給与や住宅、研究費などの条件を整えて提示していた。
現在は、研究者を採用する際に求められるレベルが当時よりかなり上がっているように感じる。優秀な研究者を集めるために、大学や研究機関が積極的に条件を提示し、住宅を用意したり、研究費を付けたり、ポジションを用意したりする。特に優秀な人材を獲得する場合には、給与や住宅などの待遇をかなり良くすることもある。
私自身も、赴任当初と比べて給与が上がっていった。研究成果や研究費の獲得などが待遇に反映される部分があり、成果を上げれば待遇も改善されるという仕組みであった。
一方で、中国の大学で研究者になるためのハードル自体も上がっている。現在では、単に海外で研究経験を積んだというだけでは採用されにくく、トップジャーナルへの論文掲載など、明確な研究実績が求められるようになっている。海外経験そのものよりも、海外でどのような研究成果を上げたのかが重視されるようになっている印象である。
海外に出る中国人研究者については、私が見てきた範囲では、海外に出る人の数そのものが大きく増えたという実感はない。10年ほど前には多くの研究者が海外に出ていたが、その後も一定数が海外に出る状況が続いているという印象である。一方、海外で経験を積んだ研究者が中国に戻ってくる流れについても、特に最近になって急激に増えているという実感はない。海外に出て、経験を積んだ人が戻ってくるという流れ自体は継続しているが、その規模が大きく拡大しているというより、一定の水準で続いているというのが私の印象である。
5.中国の研究力・イノベーションをどう見るか
● 中国の研究力を支える人的規模と競争環境
中国の研究力について考える際に、まず重要なのは人の数である。私の分野でも、中国には非常に多くの研究者がおり、単純に研究者人口が多いだけではなく、その中に優秀な研究者もかなりいる。
人数が多ければ、それだけ研究テーマも多様になる。日本では一つの研究テーマについて数人しか研究していないこともあるが、中国では同じテーマを複数の研究グループが競争しながら研究していることがある。論文数などの単純な数値を日本と比較する場合には、研究者数や学生数など、母数の違いを考える必要がある。そのため、論文数だけを比較して「中国の研究者の方が優秀」と判断することはできない。一方で、これだけ大きな母数を持っていること自体が、中国の研究力の大きな強みになっている。
中国の研究者の特徴の一つは、非常にアグレッシブであることである。積極的に研究費を獲得し、論文を発表し、より上のポジションを目指している。成果を出さなければ上のポジションに進むことができず、そうした環境で成果を上げた研究者が上の立場に就くと、次の世代にも同じような成果を求める。その結果、競争的な環境が再生産されていく。
最初に中国へ行った頃には、「こんなことを本当にできるのか」と思うような目標を聞かされることもあった。しかし、5年、10年と経つと、実際にそれを達成している研究者が出てくる。海外で経験を積んだ中国人研究者が帰国し、自分で研究室を立ち上げ、さらに若い研究者を育てるという循環ができていることは、中国の研究力を考える上で重要だと思う。
一方で、研究者に対する成果へのプレッシャーはかなり強い。論文のインパクトファクターや研究費の獲得などが評価や待遇に反映されるため、研究者は常に成果を意識することになる。私は自分の周囲で不正研究を見聞きしたわけではないが、これだけ成果を求められる環境であれば、一般論として、表に出てこない形で不正が生じる可能性については考える必要があると思う。成果を求める仕組みには研究を加速させる側面がある一方で、その副作用についても考える必要がある。
● 中国のイノベーションをどう評価するか
中国でイノベーションが起きているかと聞かれれば、AIやロボットなどの分野で新しい技術が発展していることは間違いないと思う。ただし、「イノベーション」を欧米の最先端研究のように、全く新しい概念をゼロから生み出すことと定義するのであれば、中国でそれがどこまで起きているかについては、もう少し慎重に考える必要がある。
中国も日本も、最初は海外の技術を参考にし、そこから改良していくという部分は共通している。日本も自動車などでそうした発展を経験してきた。中国の場合、その改良や実用化のスピードが非常に速く、大規模な人的資源や資金を投入して、一気に研究開発を進めることができる。その意味で、中国の強さは必ずしも「ゼロから全く新しいものを生み出すこと」だけにあるのではなく、ある技術に対して人や資金を集中的に投入し、短期間で研究開発から実用化まで進めていく力にあると思う。
企業との共同研究についても、日本と比べて規模が大きかった。私が経験した範囲では、企業から大学に提供される共同研究費は日本の場合の10倍程度になることもあり、100万元(約1200万円)単位の資金が動くこともあった。企業側から大学に研究を持ちかけてくる場合もあれば、大学側から企業に働きかける場合もあり、大学と企業の間で研究成果を実用化につなげようとする動きは活発だった。
こうした研究資源の規模や、大学と企業を含めて研究開発を大規模に展開できる環境は、中国のイノベーションを考える上で重要な要素だと思う。個々の技術がどこから生まれたのかだけではなく、そこにどれだけの人や資金を集め、どの程度のスピードで実用化につなげられるかという点も含めて評価する必要がある。
● 政策と研究現場の関係
中国では国家として重点分野を明確に定め、そこに研究費を投入している。
AIなどが急速に発展しているのも、当然ながら研究者だけの力ではなく、政府が重点分野として資金を投入していることが大きいと思う。
ただ、政策が具体的に研究現場のどの成果につながったのかというところまで、私自身が詳しく分析していたわけではない。
私の研究分野から見る限りでは、政策としてお金を投入する、研究者を集める、研究設備を整えるということが行われ、それによって研究力が伸びているという大きな流れは感じていた。
6.日本の研究システムへの示唆と中国で研究する際の留意点
● 日本に取り入れるべき点
中国の研究システムを見て、日本に取り入れてもよいと思う点は、まず優秀な人材を積極的に集める仕組みである。中国では、研究の規模を拡大するためには人材の確保が必要という発想が比較的明確である。研究者一人にすべてを背負わせるのではなく、ポスドクや研究スタッフを配置し、PIは研究の方向性や資金獲得に集中する。
また、研究者の事務負担を減らすことも重要である。中国では研究費申請や行政手続きなどを支援するスタッフが配置されていたため、研究者が研究以外の仕事に時間を取られることが少なかった。
● 中国で研究する際に確認すべきこと
一方で、これから中国で研究してみたい日本人研究者に対しては、契約条件を事前にしっかり確認することが重要だと思う。
私自身は、契約内容と実際の待遇に大きな違いはなかった。むしろ、契約書に記載されていた条件よりも実際の待遇が良かった部分もあった。
ただし、中国では大学や研究機関によって制度がかなり違う。給与、研究費、住宅、研究室の立場、ポスドクの雇用、研究費の管理などについて、所属する組織によって大きく異なる可能性がある。研究費や共同研究、論文の著者、研究成果の扱いなどについては、できるだけ事前に確認しておいた方がよいと思う。
● 中国で研究した経験から感じること
中国で研究した経験を振り返ると、研究そのものについては良い経験だった。
研究費、人材、設備、事務支援など、研究者が研究に集中するための環境はかなり整っていた。ただ、中国の研究環境が良いからといって、すべての研究者にとって中国で研究することが最適だとは思わない。研究分野、所属機関、家族構成、本人が何を重視するかによって判断は変わる。
研究システムそのものについても、日本が参考にできる部分はあると思う。特に、優秀な人材を集めること、研究者の事務負担を減らすことは、日本の研究力を考える上でも重要なポイントだと思う。
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
松田侑奈(フェロー)、横山聡(副調査役)
