プロトタイプから起業までサポート範囲を広げる深圳のJLC
2026年10月01日

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深圳コミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深圳(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊創客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。
2026年9月19日、深圳会展中心(福田)で「第4回オープンソースハードウェア星火会(第四届开源硬件星火会)兼グローバルAIハードウェア・イノベーション・エコシステム大会」が開催された。
主催する嘉立創(海外ブランドはJLC、以下本稿ではJLCとする)は、日本を含む世界の電子工作やハードウェア開発者によく知られたPCB(プリント基板)製造サービス企業である。しかし、今回のイベントを見ていて印象に残ったのは、PCBを安く速く作れるという話よりも、その先にある「開発者をどう育て、どう製品化し、どう投資するか」という話だった。
今回の大会には開源(オープンソース)と閉源(クローズドソース)の2部門を合わせて400を超えるプロジェクトが集まり、2200人以上が参加した。会場には50社以上の半導体、開発ツール企業なども出展した。大会前日の9月18日には「星火グローバル・ハードウェア・イノベーション大会」の決勝も開催され、20チームが参加するとともに、「嘉立創開物孵化器」という新しいインキュベーションシステムもスタートした。
昨年の第3回は数百人規模だったが、今年は数千人規模に拡大。(筆者撮影)
PCB製造から「開発のインフラ」へ
JLCはもともと、少量のPCBを安価かつ短納期で作るサービスで成長した会社だ。現在はPCB、PCBA(プリント基板実装)だけではなく、部品調達、EDA(電子設計自動化)、3Dプリント、CNC(コンピューター数値制御)加工、板金加工、FA(工場自動化)部品などへサービスを広げている。
2026年8月4日には深圳証券取引所のメインボードに上場した。深圳証券取引所によると、2025年の売上高は102.32億元である。
プロトタイピングから、FA部品の大量調達まで、様々な製造サービスを展開するJLC。(筆者撮影)
会場を歩くと、この事業範囲の広がりがそのまま展示になっている。PCBや電子部品だけでなく、筐体、機械加工、モーター、ロボット部品まである。個人の作品展示にも、JLCPCBで作られた基板だけでなく、同社の提供する本格的な3Dプリント部品や機械部品を組み合わせたロボットが目立った。
JLC自身が運営するオープンソースハードウェアのプラットフォームには、他人が設計を再利用できる作品が多数掲載されている。会場ではさらに、オープンEDA、オープンIP、オープンPDKを用い、中国国内の55nmプロセスで実際にチップを製造するECOSの全オープンソースICも展示されていた。学生がチップを設計して実際に試作チップを製造する「一生一芯」のような活動まで、オープンハードウェアの範囲はPCBよりずっと広くなっている。
JLCのサービスによって多くのアイデアが実現してきたことを紹介する発表。(筆者撮影)
ここで重要なのは、オープンソースソフトウェアと違い、ハードウェアはプロトタイプ製作時にかかる手間やお金が大きいことだ。基板を作り、部品を買い、筐体を作り、何度か失敗して作り直す。そのためJLCは2022年から「星火計画」として、オープンソースプロジェクトにPCB、部品、SMT、3Dプリント、CNCなどの費用を提供してきた。設計を公開する開発者に、自社の製造能力そのものを提供する仕組みである。
過去の星火大会ではさらに「オープンハードウェア・イノベーション創業支援計画」が加わった。
過去の記事:ハードウェアのGitHubを目指す、中国製造サービス大手の試み
審査を通ったプロジェクトには100セットまでの完成品製造、1プロジェクト最大2万元相当の支援を行い、立創商城で販売する仕組みや、政府の創業支援、JLCの投資リソースにも接続するとしていた。
つまり、設計公開を増やすための活動が、少しずつ「製品を作る」「販売する」「会社を作る」方向へ広がってきた。
今回もっとも興味深かった「投資」の話
その流れが今年はさらに明確になった。
メインステージではJLCグループの投資部門責任者が登壇し、開発者や創業チームへの支援と投資について説明した。講演では、自分たちが行おうとしているのは単純に資金だけを入れる投資ではなく、JLCが持つ製造やエコシステムを使って「産業化」まで支えることだという説明が繰り返された。研究開発環境、産業側の利用場面や市場への接続、そして資本の三つを組み合わせようとしている。
大会後に深圳市が公表した内容でも、この仕組みは「研究開発インフラ」「産業シーンと市場チャネル」「全周期の資本支援」という三つの体系として説明されている。良いプロジェクトには設備の整った開発場所を提供し、河套深港科技イノベーション協力区や梅林AI産業コミュニティ、華強北のサプライチェーンなどにつなぎ、さらに初期のインキュベーションから成長期、将来のIPOまで資本面で支援するという。
これは通常のベンチャーキャピタルとは少し違う。
ハードウェア企業への投資では、資金を調達できても、試作品から量産品に変える段階で止まることが多い。基板の作り方を量産向けに変更し、部品調達を安定させ、検査治具を用意し、筐体を作り直し、認証を取る必要があるからだ。大会で登壇した地瓜机器人(D-Robotics)の講演者も、1台の試作品を作ることと、1000台、1万台を同じ品質で作ることは別の問題だと説明していた。
JLCの場合、その途中にあるPCB、部品、PCBA、機械加工などをもともと自社サービスとして持っている。つまり、投資先に「工場を紹介する」のではなく、自分たちの普段の事業そのものが開発・試作・量産のインフラになっている。
今回、筆者が一番面白いと思ったのはここだった。
オープンハードウェアへの支援を、事業として続けられる構造
企業がメイカーや学生に無料でPCBを提供する活動自体は珍しくない。しかし、無料提供だけでは広告費やCSRの予算がなくなれば終わってしまう。JLCの場合は少し構造が異なる。
学生が無料のPCBで最初の作品を作る。その設計を公開すれば別の開発者が利用する。もっと複雑なものを作るようになると、部品、PCBA、3DプリントやCNCを使う。製品として売れるようになれば、小ロットから量産へ移る。その中から会社を作るチームが現れれば、今度はインキュベーションや投資の対象になる。
もちろん、すべてのメイカーが起業する必要はないし、オープンソース活動をスタートアップの予備軍としてだけ評価するべきでもない。しかしJLCにとって、開発者を増やすことと、自社の将来の顧客を増やすことはかなり同じ方向を向いている。このため開発者支援を単なる社会貢献としてではなく、本業の延長として続けやすい。
以前から深圳では、華強北で部品を買い、近隣の工場で試作品を作ることがハードウェア開発の強みとして語られてきた。今回の星火会で見たのは、そのプロセスをオンラインの設計環境、オープンソースコミュニティ、製造サービス、コンテスト、インキュベーター、そして投資まで含めて、一つの仕組みにしようとする動きだった。
「オープンソースだから無料で公開する」という話だけではない。公開によって人と技術が見えるようになり、製造することで実物になり、その中から製品化や起業につながるものに資本を入れる。
深圳のオープンハードウェアは、コミュニティで作品を共有する段階から、そのコミュニティそのものを新しいハードウェア企業が生まれるインフラとして使う段階へ、少しずつ進んでいるように見えた。
