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「安全」の隙間を埋める中国の挑戦-深圳科学技術館と北京師範大学に見る「安全学」の再定義

2026年10月26日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深圳コミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深圳(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊創客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。

 現代社会は、AI、5G、半導体、スマートインフラといった多角的なテクノロジーによって急速に統合されている。その結果、社会における「安全(Security/Safety)」が意味する範囲もまた、劇的な再定義を迫られている。

 これまで「安全」といえば、自動車の車検に代表される保安基準、食品の衛生管理、サイバーセキュリティ、あるいは自然災害への備えといったように、行政の窓口も学問の専門分野も縦割りで処理されてきた。しかし、技術が高度に連動する現代において、発生したリスクは様々な分野に波及する。どれほど強固なデータセンターも巨大地震で停電すれば沈黙し、AIやインフラの性能が高くても、技術のサプライチェーンや人材が断絶すれば社会システム全体が立ち行かなくなる。

 個別分野の対策をいくら積み上げても、その「隙間」を突かれればトータルな安全は崩壊する。さらには「自国の技術力が他国に劣ることそのものが、経済戦争における敗北や国家規模の危機を招く」という問題意識もここに直結している。

 分野をまたぐことがますます重要になる「安全」について、中国では「安全学」という文理融合のカテゴリを作る動きがある。

展示が示す「安全」の多層性とスタートアップの役割

 2025年に開館した深圳科学技術館には、「科技安全(Science and Technology Security)」および「深圳市国家安全教育基地」と掲げられた異色の巨大エリアが存在する(リンク)。

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フロアの半分ほどを占める巨大な安全コーナー。(筆者撮影)

 展示の柱となる「総合的国家安全観」の解説では、政治や軍事にとどまらず、環境、データ、そして技術力そのものまでが20以上の要素で包括的に体系化されている。

 会場の展示内容は、決して概念的なスローガンばかりではなく極めて多角的だ。

1. 技術の「諸刃の剣(双刃剣)」リスク:福島第一原発事故を、巨大自然災害とインフラ破壊が連鎖した技術リスクの典型例として提示。

2. 経済戦争と技術遅れのリスク:サイバー攻撃対策に加え、AI人材の極端な不足や技術競争力の低下そのものを「社会の持続性を脅かすリスク」として掲載。

3. スタートアップと民間エコシステムの肯定:人材、設備、研究、成果、社会実装の5要素を挙げ、国が直接管理するインフラ領域だけでなく、民間やスタートアップが技術革新を起こし、中国で求められている「安いだけでなく、質が高いことによって各国から選ばれる生産力」を発展させ続けることそのものを、社会の安全を担保するための積極的な基盤と位置づけている。

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技術開発と管理をそれぞれ重要と述べる展示。(筆者撮影)

 単に「国家がすべてを監視・統制する」という発想であれば、スタートアップのような不確実性の高い民間イノベーションを「安全の要素」として評価することは難しいはずだ。ここに、トップダウンの規制ではなく「変化し続ける社会に合わせて安全の基盤をどう動的に維持するか」という思考が見て取れる。

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食糧安全も複数の分野から成り立っている。(筆者撮影)

 たとえば食料に関する展示では、残留農薬などの品質管理と、そのためのドローンなどを使った自動化やRFIDなどのトレーサビリティ管理を同時に説明するなど、複数の専門分野にまたがり、かつ設計思想のようなアーキテクチャの部分と実際の技術の部分、そして品質基準の策定などの行政システムの話がつながり、一連のテーマとして語られている。

学術への実装-北京師範大学「国家安全与応急管理学院」での対話

 ここで注意したいのは、中国のこうした動きを「国家が上から何でも管理し、危険な技術や自由な発想に対して抑圧・規制をかけるための強権的な仕組み」と捉えると、本質を見誤るという点だ。

 むしろ現実の中国で起きているのは、テクノロジー、経済、社会システム、学術をオープンに交差させ、「安全とは何か」という定義そのものを時代に合わせてアジャイルにアップデートし、社会の持続可能性を高めていく試みである。

 この統合的なアプローチは、大学の学部・学科新設や学会設立へと直結している。筆者は2026年9月、金沢大学の秋田純一教授らと共に、北京師範大学(珠海校区)の「国家安全与応急管理学院(国家安全・危機管理学院)」を訪れ、学術座談会を行った。

 同学院では、土木工学(港珠澳大橋の構造安全など)や海洋工学、先進材料といったハードウェア的・工学的な知見と、巨大災害のリスク評価や政策立案といった社会科学の知見を高度に融合させた研究が進められている。

 興味深かったのは、同学院の第1期卒業生の進路だ。大学教員や政府機関への入職だけでなく、大手保険会社の「巨災リスク(地震や台風などのマクロ災害リスク)の定量化・商品開発部門」や、IT企業のビッグデータアナリスト、新興スタートアップへの参画など、民間のビジネス領域へ広く人材を輩出している。

 さらに座談会の議論では、単に国家機関が情報を抱え込むのではなく、SNS(微博やTwitterなど)を「社会センサー」として捉えてリアルタイムに災害データをマイニングする研究や、AIや半導体の安全性を担保するための「ゼロトラストな環境を構築するために、オープンソース化による透明性と検証可能性の確保」といったテーマが熱心に語られた。

 工学者が「いかに技術を作るか」を考え、社会科学者が「いかに制限するか」を論じるという敵対的な関係ではなく、分野を横断して「そもそも社会に必要な問題定義とは何か」を共に探るオープンな姿勢こそが、同学院における文理融合のコアになっていた。

「規制」から「再定義」へ-文理融合のリアル

 技術が複雑に交錯する現代において、単一の専門性や従来型の行政の縦割り思考では、異分野の「隙間」に生じるリスクに対応できない。

 中国で進む「安全学」の試みは、外から見られがちな「強権的な国家管理」や「テクノロジーへの規制強化」というステレオタイプとは毛色が異なる。むしろ、「技術競争力の向上」「スタートアップの活性化」「巨災リスクの経済的マーケット化」「オープンソースによる技術の検証可能性」といった多様なベクトルを、「トータルな安全の確保」という共通のハブで接続し直そうとする試みだ。

「安全」を理由にして技術の芽を摘み取るのではなく、「安全」という課題そのものをイノベーションや学術の新しい領域として再定義していく-。この柔軟で貪欲なアプローチは、テクノロジーと社会の関係性を捉え直すうえで、非常に示唆に富む動きと言えるだろう。


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