中国科学院院士(アカデミー会員)で中国科学院青蔵高原研究所研究員の丁林氏率いる研究チームがこのほど、青蔵高原(チベット高原)の隆起の歴史的細部を体系的に整理した。新生代アジアの気候変動記録や古気候シミュレーションと組み合わせたることで、気候変動を理解するうえでの科学的根拠を提供している。関連成果は学術誌「科学通報(Chinese Science Bulletin)」に掲載された。光明日報が伝えた。
研究者が気候記録とシミュレーションを比較したところ、青蔵高原の隆起はアジア気候システムの進化と結びついていることが明らかになった。初期段階(約4000万年前)は、高原が「二つの山に挟まれた盆地」という地形で、惑星風系が大気循環を支配していたため、高原中央部から長江中下流域にかけては広く副熱帯高気圧の影響下にあり、砂漠に似た乾燥環境だった。
中期段階(約4000万~2500万年前)になると、チベット東部と高原中部の谷が隆起して高原が徐々に「閉じ」始め、風向きや水蒸気輸送に影響が及ぶようになった。これにより、長江中下流域の一部で季節的な降雨が現れ始めた。
後期段階(約2500万年前以降)には、ヒマラヤ山脈とチベット北部が現代に近い高度まで隆起し、高原は巨大な「大気調節器」となって寒冷で乾燥した気流を遮り、暖湿な水蒸気を導くようになった。南アジアモンスーンと東アジアモンスーンのメカニズムが安定化し、長江中下流域は豊富な降水を受け、次第に温暖湿潤なモンスーン気候が形成されていった。
丁氏は、「江南地方が物産豊かで降雨に恵まれた『魚米の郷』となったのは、数千万年にわたって青蔵高原が段階的に隆起し、アジアの大気循環の様式を根本から変えたためだ。高原の継続的な隆起がモンスーンシステムの確立と強化を促し、元々は乾燥していた長江中下流域を、農耕と生活に適した湿潤な環境へと変貌させた」と説明した。