ジャイアントパンダは中国語で「熊猫」と書く。字面だけ見れば「クマのようなネコ」とも読めるが、かつては逆に「猫熊」、つまり「ネコのようなクマ」と呼ばれていたという。では、なぜ「猫」と「熊」の順番が入れ替わったのか。封面新聞が伝えた。
四川省雅安市宝興県鄧池溝は、ジャイアントパンダが世界で初めて科学的に発見された場所とされ、宝興県は「パンダの故郷」とも呼ばれている。
1869年、フランス人宣教師のアルマン・ダヴィドは、鄧池溝を訪れていた際、地元の民家で白黒模様の「クマ」の毛皮を目にした。その後、現地の人々が生きた白黒のクマをダヴィドのもとに届けた。ダヴィドはこの白黒のクマをフランスに持ち帰ろうとしたが、その途中で死んでしまった。
ダヴィドはその個体を標本にし、パリの自然史博物館に送った。1870年、同館の館長だったアルフォンス・ミルヌ=エドワールは、これを「クマ」ではなく、レッサーパンダに似た別の大型のパンダだと判断し、「猫熊」と命名した。これにより、ジャイアントパンダは科学界で知られる存在となった。
では、もともと「猫熊」と呼ばれていたパンダが、なぜ現在は「熊猫」と表記されるようになったのか。鄧池溝のパンダ起源館では、きっかけは一つの「誤解」だったと説明している。
1939年、重慶平明動物園で動物標本の展示が行われ、白黒模様の「猫熊」が来場者の注目を集めた。当時の展示では、ラテン語と中国語を併記する形式が使われていた。一方で、当時の中国語の横書きには右から左へ読む習慣があったため、来場者が「猫熊」を「熊猫」と読み違え、その呼び方が広がったという。
では、パンダはクマなのか、ネコなのか。パンダ起源館の解説員によると、この分類をめぐっては、かつて見解が分かれていた。
パンダはツキノワグマやヒグマなどのクマ類と外見や大きさがよく似ており、分子生物学的研究に基づいてクマ科に分類すべきだとする見方がある。一方、レッサーパンダと食性や毛色が比較的似ていることから、アライグマ科に近いとする見方もあった。
さらに、パンダはクマ科やアライグマ科の動物と、頭蓋骨の構造、歯の形状、食物の特徴などで異なる点があるため、中国の一部の科学者は、独立した「ジャイアントパンダ科」として分類することを主張してきた。つまり、「パンダはパンダ」だという考え方だ。
ただし、西華師範大学環境科学・工学の張晋東教授は、「ゲノムシーケンシングと形態学的な裏付けにより、現在の学術界では、ジャイアントパンダはクマ科の動物と認識されている」と説明している。名前には「猫」が残ったが、現在の分類ではクマ科の動物とされている。

(画像提供:人民網)