日 時: 2024年4月19日(金) 15:00~17:00 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
登 壇 者:
金 堅敏 氏
富士通株式会社 チーフデジタルエコノミスト
張 紅詠 氏
経済産業研究所 上席研究員
白尾 隆行 氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任アドバイザー
大西 康雄 氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー
講演資料: 以下の講演タイトルをクリックしてご覧ください。
YouTube [JST Channel]: 「第31回アジア・太平洋研究会動画」
調査報告書:
『中国の"科技強国"戦略と産業・科学技術イノベーション』
金 堅敏(Jin Jianmin)氏
富士通株式会社 チーフデジタルエコノミスト
「米中技術デカップリングに直面する中国の「高度な技術自立自強」政策について ~生成AIの開発・活用のリサーチを兼ねて~」
( 2.07MB )
白尾 隆行(しらお たかゆき)氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任アドバイザー
「最近の中国の研究ファンディング政策の特色:研究開発費の投入方法からみた研究開発システムの現状と今後」
( 1.76MB )
アジア・太平洋総合研究センターでは、2023年に「"科技強国"を目指す中国の産業・科学技術イノベーション」研究会を実施した。当該研究会では、大西康雄 アジア・太平洋総合研究センター特任フェローを主査として、「科技強国」を最終目標としてイノベーション力の強化を図る中国の産業・科学技術政策、研究開発体制の分析や、個別産業・技術分野のケーススタディを行い、その現状を踏まえて今後の展望を試みた。今回のアジア・太平洋研究会では、その成果を紹介すべく、大西主査から概要をご紹介いただいた後、研究会委員であった、金堅敏 富士通チーフ・デジタル・エコノミスト、張紅詠 経済産業研究所上席研究員、白尾隆行 アジア・太平洋総合研究センター特任アドバイザーに講演をいただくとともに、大西主査と講師によるパネルディスカッションを行った。
金氏は、中国が科学技術の「自立自強」を目指してどのようなイノベーション体制が構築されようとしているかを紹介した。
まず、McKinsey が今までの中国のイノベーションモデルをイノベーション「スポンジ」モデルと称していることを紹介し、研究開発費、特許申請数、発表論文数などの指標ではなく、技術の商業化や市場パフォーマンスなどのイノベーションの最終成果に着目して、中国のイノベーション能力を評価する場合、下記の結論にたどり着くとした。
生産性に目を向けると、2005年以降から、中国は三つの生産要素である固定資産、労働力、エネルギー供給の生産性による成長で限界を見せており、今後はイノベーションの成果等による全要素生産性(TFP)が一層重要となる。2006年に「2020年には革新創造国になる」戦略を打ち出しているが、金氏は、この目標は概ね達成できたと評価した。その根拠としては下記3点を挙げている。①民間によるイノベーション、例えばBAT(Baidu、Alibaba、Tencent:ネット技術)、DJI(小型ドローン)、三一重工(エンジニアリング機械)等の成功事例の創出。②ボトムアップ(民間資本)とトップダウン(政策)の歯車が合ったイノベーション、華為技術、ZTE に代表される通信設備や、風力・太陽光パネル、電気自動車などがその一例。③「挙国体制」によるイノベーション創出。高速鉄道、超超高圧(UHV)送電技術、原子力発電、宇宙技術、スーパーコンピューター、北斗衛星ナビゲーションシステムなどで成果創出。
金氏によると、中国は今、「革新創造国」戦略から、「技術自立自強」政策の段階にシフトしており、これから20年は「科学技術強国」戦略を貫くことになる。
米国による対中技術規制が続いている中、中国は、技術面でも自立を急ぐ必要があり、自国産業のサプライチェーンのレジリエンスの実現と安全確保も至急の課題であると金氏は分析した。言い換えれば、ボトルネック技術の解消が不可欠であり、そのために展開しているのが、高度な技術自立自強の政策である。科学技術強国という長期目標を実現するため、中国は探索型基礎研究の強化、国家研究所システムの整備、STEM人材育成を中心として人材政策を実施している。これらの戦略の展望を、金氏は下記の通り分析している。①デジタル分野では技術のイノベーションや商業的成功の可能性は高い、②高度な技術力が求められる半導体などの既存の特定分野でのボトルネックの解消には時間がかかる、③現行のガバナンス体制の下で世界的な「0 to 1」技術・産業の成功を図るには大きな試練が待ち受ける。
また金氏は、ケーススタディとして、生成AIのコアモデル(LLMs)開発と利活用の実態を紹介した。中国の研究機関、大学、企業は生成AIバリューチェーンのほとんどのステージに関わっているが、AI チップの生産能力が欠けており、米国の対中半導体規制の影響で、中国は、海外から高度なAI チップが調達できなくなっている。一方で、華為をはじめとする多くのハイテク企業がAI チップの開発と生産に取り組んでおり、製品の性能は海外の高度なAIチップに及ばないが、基盤モデルのトレーニング用チップの代替品としてはある程度は可能性である。他方、中国には生成 AI が普及しやすい社会基盤(国民或は消費者がAIを受け入れやすい社会基盤を有するとの大きなメリットがある。
中国の生成AIは、汎用型基盤モデル(LLM)から特化型モデルまで広がり、大部分のモデルは中国語/英語で同時公開をしている。ただ、活用分野はデジタルインフラが整う消費者向けが多い。即ち、中国はB2Cに比べB2Bの市場ではあまり力を発揮できておらず、これがアメリカとの大きな違いで弱点でもある。最後に今後の生成AI技術産業の課題として、金氏は、コンピューティング能力の制約、生成AI人材の分布のアンバランス(モデル開発側に集中し、応用分野が手薄な状態)、新規事業の規制環境の不安定性および予測不可能性を指摘した。
張氏は、産業用ロボットを巡る政府の支援策や課題、経済安全保障をめぐる日本と中国の動きを紹介した。
産業用ロボットは、自動車や航空機、電気用品など多様な工業製品の生産に活用されており、経済安全保障に欠かせないものである。日本のロボット産業は以前から高い国際競争力を有していたが、近年中国が急速な台頭を見せており、年間設置台数や稼働台数が日本を越えて世界一となったと張氏は述べた。
張氏によると、中国では、「中国製造2025」の重要戦略産業10分野の一つとしてCNC(コンピュータ数値制御)工作機械・産業用ロボットを指定し、2025年までにコア部品の自給率70%という目標を掲げ、産業補助金の提供も含め、官民一体となって急速なキャッチアップを進めている。その結果、中国は大きな躍進を見せている。日中の産業用ロボット市場を比較したデータからすると、まず、生産台数では、中国の産業用ロボットの生産台数は2022年に世界最多の44.3万台に達し、2017年13.9万台の約2倍に上った。日本の2022年の生産台数は28万台で、中国より少ない。次に、労働生産性では、2022年と2012年のデータを比較した場合、中国企業全体の労働生産性は約 1.5倍高くなっているのに対し、日本企業の労働生産性成長率はほぼゼロ(安川電機)かマイナス(ファナック)となっていた。
ただ、産業用ロボットのサプライチェーンでは、まだ輸入と外資系企業の現地生産に大きく依存し、コア技術・コア部品は今も中国企業のチョークポイントであると張氏は指摘した。張氏はサプライチェーン参加企業を上流・中流・下流の三つのグループに分け分析した。まず、R&D 集約度では、国産化を目指すならば、CNCやサーボ機構などの産業用ロボットのコア技術・コア部品が占める上流のほうに集中すべきところ、上流より中流のほうに投入されていることが明らかであった。次に、補助金集約度を見ていくと、同様にコア技術・コア部品が占める上流のほうに多額の補助金を投入し、設備投資や R&D投資などのイノベーション活動を支援すべきであるが、中流にあるロボット本体製造のほうに多くの補助金が投入されており、グラフにした場合、中流の方が高くて両端のほうが低い、逆U字型になっていた。売上高利益率で見た場合、ここ数年(2018~2022年)は、上流の利益率が一番高く、その次に下流、中流が一番低くなり、サプライチェーンはスマイルカーブ型に徐々に近づいていた。
続いて張氏は、経済安全保障の観点から分析を行った結果を紹介した。日本では、産業用ロボットについては、ごく一部を輸入している(設置台数全体の3%)ものの、既に輸出では世界1位になっている。このような状況を基礎とした上で、2022年5月に成立した経済安全保障推進法のもとで産業用ロボットに係る安定供給体制を更に維持・強化するため、今後国内生産能力や技術力・研究開発力を更に強化することとしている。
中国のロボット輸出も2015 年の1.4 億ドル(1.1 万台)から 2021 年の3.4億ドル(5.5 万台)まで増加しているが、日本向けの輸出額・ 数量は約 6%前後とかなり少ない。中国において、産業用ロボット輸入の平均価格は1万3千ドルに対して、輸出の平均価格は 6千ドルしかなく、中国はハイエンドな製品を輸入する一方、ローエンドな製品を輸出していると張氏は述べた。
最後に、今後の展望として張氏は、中国においても、ロボット産業をターゲットとした一連の産業政策が実施され、国産化と国際競争力強化が強力に進められており、コア部品を含む産業用ロボットにおいて、今後日本企業と中国企業の間の競争がますます激しくなると予測した。また、現時点では、半導体産業のような対中輸出規制の強化はないが、もし経済安全保障上の理由で輸出規制が強化された場合、世界の産業用ロボットのサプライチェーンに大きな影響を及ぼしかねないと述べた。
白尾氏は、研究開発投資の投入方式に焦点を当てて分析し、中国における研究開発システム の全体像を明らかにしようと試みた。
中国については、研究開発費の総額は公表されているが、中国国内の機関補助や競争的資金の配分の状況については不明であり、先行研究も殆どないと思われる。そこで白尾氏は、これらの研究費の配分が公表されており、また、中国国内最大で世界的にもトップクラスの評価を受けている研究機関である中国科学院に着目した。中国科学院の研究費では研究費総額に占める競争的資金の割合は、28%(2015年)から35%(2021年)に増加していた。また、2021年で見ると、中央政府の交付金(機関補助)と競争的資金の比率が約6体4となっている。2007年および2008年においてEU27カ国中21カ国が研究資金に占める競争的資金の割合が4割以下であることを踏まえると、中国を代表する研究機関である中国科学院の競争的資金の割合は世界的に見て高いと言える。
研究費の投入の世界的動向と中国のあり方を巡る議論として、白尾氏は、いくつかの世界で行われている見解を紹介した。
一つ目の見解:基礎研究に対する研究費の投入について、主に機関補助と競争的資金の二つの方法がある。中国の大学や研究機関が競争過剰状態の下で均質化している問題があり、ファンディングシステムを最適化する必要がある。その上で、中国は機関補助とプロジェクトファンディングのバランスに取り組んでいるが、競争指向のプロジェクトファンディングが増大し、国の要請に応える長期的な支援を行う機関補助が不足しており、特定の課題に継続的に取り組むインセンティブを提供する必要がある。
二つ目の見解:中国は目的指向研究の推進に有利である。科学技術の発展の歴史150年を振り返り、欧州から米国へと担い手が代わった現代において、科学技術政策の優位性を打ち出し、目的指向型研究を推進する中国が、今後数十年間で世界の科学技術の発展を担う大国になる。政府と市場の役割をバランスさせる実際的な経験を蓄積させてきた中国こそが、目的指向型研究の推進の手法に優れている。
これらの見解を踏まえ、白尾氏は、中国は、組織が主導し目的指向型研究を重視する機関補助に力を入れる政策を採用し、政府と市場の役割を調和させる豊富な経験を活かすことで、中国のイノベーションを更に強化する方針を採択していくと述べた。
最後に、基礎研究強化政策とファンディングシステムの評価について述べて、白尾氏は講演を締めくくった。
基礎研究強化については、近年中国政府は、自由な発想を尊重する「0から1」への基礎研究を重視する政策等を積極的に打ち出しているが、白尾氏は、中国の場合、基礎研究費が研究費全体で占める割合が今後増大するとしても8%台の目標に止まっており、欧米と比べたら低い数値である上に、目的志向型基礎研究に注力しているため、今後も引き続き自由な発想の基礎研究と、国家的社会的課題に対応する応用基礎研究、両方を重視する体制を保つと想定した。特に、組織的目標の達成を義務付け易い機関補助の資金を増大し、競争的資金を縮小することで、国家、党、組織の意図を徹底しやすい投入方法を確保していくと白尾氏は述べた。
ファンディングシステムでは、機関補助を中心とするファンディングシステムは、研究者が主導する仕組みが狭まり、組織が主導する仕組みが広がる方向にあり、前述のように中国ではこの機関補助を資金面で拡充し、研究者の主導範囲が狭まる方向になりそうであると白尾氏は分析した。また、研究者が相互に科学的専門性をもって評価に参加するという前提を超えて、数値などの指標や結果によって判定を行うところに中国らしい特色ある評価・審査の方法を感じると補足した。
講演後に行われた、大西主査と講演者によるパネルディスカッションと質疑応答の一部を紹介する。
まず、今の中国の体制はアメリカ等から来るデカップリングに対する対策であることは理解できるが、キャッチアップ型のイノベーションで自立自強を実現できるのかという質問に対し、金氏は、2020年までに目標としていたターゲットは既に達成できているとし、デカップリング関連では一部の高度な技術のみが該当するため、政府が統括して技術開発を進めているが、基本は民間企業の優位性が発揮される産業化・商業化の分野であると述べた。民間の弱さが中国の弱点でもあるとし、AIチップを含む先端産業技術の突破は民間に掛かっているとした。
張氏は、経済安全保障の観点からハイエンドロボットのサプライチェーンを保障するにはどうすべきかとの質問に対して、外資系に依存しているのは確かであるが、政府の補助金でキャッチアップ中だとし、今は諸外国による規制がないが、半導体のように規制がかかる可能性があるので、リスクがあると分析した。リスクを乗り越えるには、自分の技術力の向上が必要であり、政府だけに依存せず、企業の投資が必要だと述べた。
白尾氏は、今の政府の戦略は研究者の自由な発想を促し、イノベーションを促進できるのかという質問に対して、政府の諸政策を読む限り、中国では自由な発想に基づく研究だとしても、好奇心+「課題に対する意識」が必ずついているので、完全な自由だとは言い難いとした。研究システムの改革を通じ、研究者の自由度は一定程度上がったかもしれないが、それが成果にどれほど影響しているかは計りにくいし、改革の保障措置として、研究における責任、信用が重く問われ、まだ自由への道は開かれていないと述べた。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)