日 時: 2025年8月22日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
登 壇 者:
郷 裕 氏
Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd. (NRI India)
コンサルティング事業統括ディレクター
石垣 悟 氏
Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd. (NRI India)
プリンシパル
坂本 純一 氏
Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd. (NRI India)
シニアコンサルタント
講演資料: 「第45回アジア・太平洋研究会講演資料」(
2.5MB)
YouTube [JST Channel]: 「第45回アジア・太平洋研究会動画」

郷 裕(ごう ゆたか)氏
Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd.
(NRI India) コンサルティング事業統括ディレクター
略歴

石垣 悟(いしがき さとる)氏
Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd.
(NRI India) プリンシパル
略歴

坂本 純一(さかもと じゅんいち)氏
Nomura Research Institute Consulting and Solutions India Pvt. Ltd.
(NRI India) シニアコンサルタント
略歴
近年のインドは、世界の中でも高水準での経済成長を維持している国の一つとなっている。その経済成長の原動力の一つとして、政府も後押しする先端産業への期待が高まり、今後の行方が注目されている。
本研究会では、インド全体の経済成長の原動力を示すとともに、半導体産業やIT産業などを例にインド市場の着眼点などについて、NRI Indiaからコンサルティング事業統括ディレクターの郷裕氏、プリンシパルの石垣悟氏、シニアコンサルタントの坂本純一氏の3名の講師をお招きしご講演いただいた。
インドは現在、世界第5位のGDPを誇り、人口では世界第1位である。GDP世界第3位も射程に入ってきたところであり、グローバルサウスの中でも重要な位置を占めている。ITエンジニア数やユニコーン企業数も世界上位に位置し、COVID19以降も高い経済成長率を維持している。生産年齢人口も今後20年以上増加が見込まれ、ものづくりの力と消費の力という観点で当面成長が続くと考えられる。
特にデリー、ムンバイ、ベンガルール、ハイデラバードなど一人当たりGDPが5,000ドルを超えるメトロシティが高い成長を維持しており、5~10年先にはASEAN主要都市に並ぶ水準への成長が予想される。ちょうど、中国の2000年代半ばから後半の状況に近く、インドはまさに急成長前夜にある。
成長要因として、第1に国内振興策が挙げられる。モディ政権の「Make in India」や「自立したインド」政策により、輸入に頼らない産業構造への転換などを目指し、製造業や先端産業への補助金の給付やインフラ開発が進められている。
第2に、上位中間層の拡大がある。2030年には世帯年収1.5万~3.5万ドルの世帯が2.5倍の9,000万世帯に増加する見込みで、これは日本の総世帯数を上回る規模である。平均年齢も29歳と若年層が多く、15~34歳が人口の3分の1を占めている。出生数も世界一で、毎年2,300万人(中国の約2.5倍)が生まれる。スマートフォンの普及によってデジタルコネクテッド、核家族化が進み、ライフスタイルも西洋化・多様化している。また、スマホでの決済がさまざまな分野で活用され、産業にも大きな影響を与えている。
第3に都市化の進展がある。都市化率は2030年代に40%に達し、GDP貢献率は75%に至る見通しであり、都市部が経済成長を牽引している。第4にはインターネットの普及が挙げられる。インドのユニコーン企業数は世界第3位。Eコマースなどのタイムマシンモデルから最近ではクイックコマースと称する短時間配送(15分)を行う革新的なサービスも登場している。
今後のインド経済については、こうした内需拡大政策、ネクストリッチ(上位中間)層の増大、都市化の進展、インターネット経済の勃興などの要因が重なり、製造業、インフラ産業、消費・サービス産業が成長する一方で、製造業の生産性向上やインフラ整備の遅れ、流通構造の脆弱性などの課題も残されている。インドはIT人材に強みがあることから、デジタル産業が起爆剤となり、今後の成長の核となっていくと考えられる。
インドのデジタルケイパビリティの中核は、UPI(統合決済インターフェース)によるデジタル決済である。UPIは政府主導で開発され、銀行口座と電話番号を紐付けた「インディアスタック」というしくみ(デジタルインフラ)が広く民間にも開放されている。これにより、レストランや屋台など幅広い場面で一般的に利用され、取引回数ではクレジットカードを凌駕する。インターネットも急速に普及しており、アクティブユーザーは8.9億人、スマートフォンユーザーは6.9億人に達し、デジタル社会が拡大している。COVID19を契機にテレワークやオンラインショッピング、ストリーミングサービスも拡大し、データ通信量が爆発的に増大。データセンターも今後の成長産業として注目されている。
インドのIT・スタートアップ・エコシステムの発展は、1980年代のグローバルITテック市場の拡大から始まった。その後、1990年代初頭にインドでITサービス産業が誕生し、90年代半ばからは著名企業がアウトソーシング事業を展開し始めた。TCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)、Infosys、Wiproといったインドの著名な地場企業がソリューション事業を展開し始めたのがこの時代で、米印の時差を活用した24時間体制のモデルもこの時期に誕生した。90年代後半になると、そうした米国や欧州とのつながりをもとにシリコンバレーを始めとする世界各国にインドIT人材が進出するようになり、インド側としては優秀な人材が流出することにもなった。
2000年代頃からインド経済は自由化に伴い発展し、さらに2010年以降、国内市場の拡大とともに、海外で経験を積んだIT・テック人材がグローバル・ベストプラクティスやビジネスモデルを携えて帰国し、国内産業の発展に貢献することで、インドのスタートアップ・エコシステムが構築されてきた。このような海外から国内への逆頭脳流出とも言える現象により、インドのエコシステムが活性化されることとなった。
インドでスタートアップが多く生まれる背景には、起業家精神の高さもあり、起業意識調査の国際比較でもインドは突出している。投資分野としては、産業×テック領域、特にエンタープライズ・テック、フィンテック、ヘルステック、エドテックなどの応用分野が活況で、ディープテックは多くない。また、スマホなどデジタルを活用して社会課題を解決するようなタイプのサービスが多い。上位顧客層を対象としてきた従来の大手企業がリーチできなかったホワイトスペース(未開拓の領域)において、スタートアップがデジタルサービスでソリューションを提供することで、デジタル社会をより一層進化させている。
GCC(グローバル・ケイパビリティ・センター)については、従来のアウトソーシング拠点から発展し、現在はR&Dやデジタルトランスフォーメーションを推進する拠点として機能している。市場規模は2019年の300億ドルから2030年には1,000億ドルへと急成長が見込まれ、拠点数も増加中である。世界で3,500のGCCが存在するが、その50%がインドに所在しており、特に米国本社の多国籍企業が積極的にインドにGCCを設置した結果、世界的にインドに集積が起きており、ITエコシステムが発展しているベンガルール、ハイデラバードなど大都市圏に集中している。GCCは高付加価値業務を行いつつ定型業務も行っており、最先端ばかりやっているわけではない。タイプとしては、ナレッジセンターやイノベーション・センター、カスタマーサービスセンターなど多様なタイプが存在する。
インドがITスタートアップやGCC集積地として注目される理由は、豊富な理系人材と人件費の安さにある(IT人材は約300万人、STEM人材は約250万人)。こうしたデジタルケイパビリティの蓄積があるからこそ、スタートアップの成長とGCCの集積につながっている。
インドの先端産業動向として、半導体と量子コンピューティングの領域について紹介する。まず、インドはソフトウェアに強みがあり、歴史的に半導体設計には強みを持っているが、製造機能は未整備であり、自国での生産機能の本格的な立ち上げを目指している。インド政府としては、中国からの輸入依存状況を打開したいと考えており、貿易赤字の解消、経済安全保障上の観点からもサプライチェーンの国内整備を進めていく方向である。そのため、中央政府はインド半導体ミッション(ISM)を立ち上げ、サプライチェーン、製造システムの活性化に取り組んでいる。州政府レベルでも補助金の支給や行政手続きの簡素化などが進められており、例えばモディ首相の出身地であるグジャラート州は半導体に非常に力を入れており、多くの投資を集めている。
日本は半導体製造だけでなく、装置・素材分野でも高いプレゼンスを有し、インドの生産機能強化を支援することで日本産業の裨益にもつながることが期待できる。一方、インフラ面(電力の安定供給、工業用水の確保、物流インフラの整備)や製造技術人材の育成が課題となっており、インフラ面では日本企業による貢献余地が大きい。
量子コンピュータ分野でもインドは積極的な目標を掲げている。2020年段階で量子ビット3~4であったところ、2030年に論理量子ビット1万超まで伸ばしていくとし、人材育成を含めてさまざまな政策を打ち出している。半導体同様、産業強化に向けてはQPU、イオントラップ、光量子、超電導などさまざまな技術課題があり、量子コンピュータの特性を見極めたアプリケーションの開発も重要である。
日印連携モデルとしては、あくまでも仮説だが、①日本からインドへのリソース提供、②共同開発、③インドから日本へのリソース提供が考えられ、特にアプリケーションの開発については、デジタル人材の豊富なインドとうまくコラボレーションすることでイノベーションを起こしていくことが重要と考える。日本では、デジタル人材が早晩不足することが危惧されているところ、インドは人材が多いことに加え技術力もあり、かつ平均的な賃金単価がまだ低く、そうしたポテンシャルを活かしてコラボレーションしていくことが重要になってくるのではないか。
まとめとして、インドは「世界の工場」から「世界の市場」、そして「世界の試場」という一般的な発展プロセスとは異なり、これらが同時並行的に回りながら成長している点に特徴がある。道路や電力など基礎インフラを急速に整備しつつ、同時に量子コンピュータなど先端技術にも投資が集まっている。こうした背景からインドの特徴的なイノベーションやリープフロッグが起きてくるのではないか。
インドの成長機会を正確に捉え、日本企業が強みをどう発揮していくのか。大きくは、①より高単価、高付加価値製品・サービスの投入、②現地で日本のものづくりを発揮することによる「Make in India」の実現への貢献、③エコシステムの構築、の3つが挙げられる。製造業を強くしてきた経験値を活かし、日本が旗振り役となってインド産業を強化し、日本の強みもしっかり確保していくことが重要ではないか。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 光盛 史郎)