日 時: 2025年9月25日(木) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 髙佐 知宏 氏
日本経済新聞社 編集 総合解説センター 企画委員
大阪大学大学院国際公共政策研究科 招へい教授
講演資料: 「第46回アジア・太平洋研究会講演資料」(
54.8MB)
YouTube [JST Channel]: 「第46回アジア・太平洋研究会動画」

髙佐 知宏(たかさ ともひろ)氏
日本経済新聞社 編集 総合解説センター 企画委員
大阪大学大学院国際公共政策研究科 招へい教授
略歴
1992年 大阪大学法学部卒、日本経済新聞社入社
1995~2006年 東京産業部、国際部、大阪経済部記者
2006~10年 シドニー支局長
2012~15年 福山支局長
2021~24年 堺支局長
2024年から現職
この間、
2001年 英ケンブリッジ大学法学部客員研究員(1年間、Academic Visitor)
2012年 早稲田大学から修士(国際政治経済学)取得
2017~22年 大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程(単位取得退学)
2019~21年 近畿大学経済学部非常勤講師(「オーストラリア経済論」担当)
2022年~ 大阪大学招へい教授
2024年 追手門学院大学経済学部非常勤講師(「オーストラリア経済論」担当)、京都橘大学非常勤講師(継続、「時事問題にふれる」担当)
2025年~ 一橋大学、横浜国立大学で非常勤講師(日経講座運営担当)
髙佐氏は幅広い産業動向の取材経験を経て、2006年からオーストラリア(以下、豪州)のシドニーに駐在し、2009年にリーマン・ショックを経験する。「なぜ豪州だけが主要国で唯一、景気後退に陥ることなく世界的な金融危機から抜け出せたのか」当時感じたこの疑問を出発点として、帰任後も業務の傍ら豪州経済を研究し、現地動向に視線を注ぎ続けてきた。今回は、新型コロナ禍での中国との二国間関係の摩擦と緩和を繰り広げる豪州の歩みを講演いただいた。
豪州は、世界第6位の面積を擁し、その広大な国土ゆえに人口密度は日本の約9分の1である。19世紀中葉のゴールド・ラッシュを契機に人口が増え始め、第2次世界大戦後にイタリア、ギリシャ、クロアチア(旧ユーゴスラビア)などからの移民が急増して現地コミュニティを形成し、近年では安定した社会経済状況を背景にアジア・アフリカや中東からの移民が増加している。
産業は、古くから羊や牛の放牧による酪農や小麦など農業が盛んな一方、希土類を含め世界最大級の埋蔵量・生産量を誇る様々な鉱物資源を輸出し、先端電子機器などの生産を支えている。日本との関係では、西豪州の鉄鉱石鉱山の開発に日本企業が深く関わり、東豪州で採掘された石炭とともに日本各地の製鉄所で鉄鋼に加工され、高度経済成長期から今に至るまで産業の基盤を支えている。石炭に加え天然ガスも豊富で、北部や北西部で日本企業も開発に参画した海底ガス田から液化天然ガス(LNG)として日本への長期供給が確保されている。サービス分野では、2027年のラグビーワールドカップ、2032年の夏季オリンピック誘致など娯楽・芸術関連のほか、人々の社会参加を通じた生産性向上を念頭においた医療・福祉産業が発展している。
1970年代から半世紀を経て国内総生産(GDP)は4.3倍に増加し、産業総付加価値(GVA)の重心は製造業から鉱業・サービス業へ移った。1990年代初頭に保護貿易から自由貿易への転換により、原材料を輸出し完成品を輸入する流れが定着したことが製造業の衰退を招いた。ただ、近年では資源大国としての強みを活かした製造業を標榜している。連邦政府は2024-25年予算で政策イニシアティブ " Future Made in Australia" を提唱し、10年で227億豪ドル(約2.4兆円)を投じ、脱炭素やデジタル分野で豪州発のイノベーションにより「未来を創る」方針だ。
いわば製造業を犠牲にした政策転換が30年弱続いた経済成長の大きな要因となり、リーマン・ショックに続く新型コロナ禍でもマイナス成長は短期間で収束した。この背景には1924年の投票義務化以降、100年にわたって90%を維持する高い投票率がもたらす政治的安定がある。選挙に行くことが当たり前で家庭など日常でも話題になることが自発的な投票行動を促し、分かりやすくオープンな政策論議へと結び付いている。
豪州の貿易は長く入超傾向にあったが、近年は資源価格の高騰による貿易黒字が定着した。主要な貿易相手国の推移を見ると、19世紀末から第2次世界大戦後までの英米から1960年代以降は日本へと移り、21世紀に入ると中国や東南アジア諸国が急速に伸びている。特に中国は2007年に日本に代わって豪州にとって最大の貿易相手国となり、そのシェアを伸ばしている。
中国は、通商上の存在感を高めるにつれ、近年は豪州に対しての強硬姿勢が際立っている。新型コロナ禍では、世界的流行(パンデミック)により観光産業などで大きな打撃を受けた豪州のモリソン首相が2020年4月、中国に原因調査を求めたことを契機に、中国は矢継ぎ早にワインなどへの高関税や海産物などへの輸入規制を講じた。豪州は中国に報復はせず、世界貿易機関(WTO)への提訴や二国間協議などの対応に徹した。結果として「経済制裁」で豪州経済全体には実質的に大きな損害は生じず、中国は豪州市民の信用を失った。
これを経済指標から見ると、豪州からみた貿易結合度(二国間輸出額のシェアの比率、1を超え数値が大きいほど強固な通商関係を示す)を2019年と2024年で比べた際、インド・日本・韓国・ASEANとは全て上昇したのに対し、中国のみが約0.5ポイント低落し、貿易相手国としての重要度が薄れたことがわかる。産業別では、ワインでは中小の輸出業者を中心に打撃を受け、海産物も輸出額が低下したが、香港等から中国へ迂回輸出がなされていたと見られている。石炭はウクライナ危機によるロシア産の代替として欧州などが中国に替わり購入した。また、国内産業向けに鉄鋼生産が欠かせない中国にとって、低品質の国産鉄鉱石では需要を賄うことができず、高品質の豪州産鉄鉱石を買い続けねばならなかった。豪州から中国への鉄鉱石輸出額は価格の高騰もあって高水準で推移し、豪州の対中輸出額全体を支えた。
人の交流に視点を移すと、安定した人口増加を支えるのが移民である。新型コロナ禍では事実上の「鎖国」により移民受け入れも止まったが、制限緩和後は順調に回復している。留学生も同様でリーマン・ショック後の2013年から2025年にかけて2倍超に増えた。このうち過半数は大学や大学院での学位取得を目的としている。アジアからでは、中国やインドからは半数以上が学位取得を目指しているのに対し、日本からは英語を学ぶ短期留学が大半で学位取得は少数にとどまる。豪州の大学には欧米などからサバティカルで訪れた研究者が数多く、留学生も含めた優秀な学生と接し、欧米の大学院へ送り込む流れが確立している。このような欧米の一流アカデミアとの継ぎ目ない繋がりがあることが、豪州がノーベル賞受賞者やトップ研究者を輩出する秘訣の一端と見られる。こうした人材パイプライン確立の有無は、日豪の差と言える。
アジア・太平洋地域をまたがる広域連携を考えるとき、日本にとって豪州は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」に向けた重要なパートナーである。この地域の自由貿易を巡る主要な広域連携であるAPEC(アジア太平洋経済協力)、RCEP(東アジアの地域的な包括的経済連携)、EAS(東アジア首脳会議)、CPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定)、IPEF(インド太平洋経済枠組み)の全てに加盟している国は、日・豪・ニュージーランドの3カ国である。また、日本と豪州は、日米豪印の4カ国から成るQUADの構成国でもある。
質疑応答では、インドや米国など中国以外の諸国との外交関係、「基礎研究から産業応用への橋渡し」が弱い背景や日本への示唆、国際的な人材交流をめぐり幅広い論議がなされた。
豪州は、高被引用論文数で日本を凌駕し、非常に高い研究開発力を有している。宗主国である英国はじめ欧米と地理的、心理的に遠く離れた「距離の暴虐」に苛まれた過去を持つ豪州は、民主主義、自由貿易など価値観を共有し高い文化レベルを認め合う日本に強い親近感を抱いており、研究者の相互訪問など科学技術の分野でも緊密な関係構築を欲していると考えられる。日本から豪州へは空路で10時間程度と欧米と大きくは変わらないものの、時差は数時間にとどまる。先端的科学分野では欧米に拠点を置く傾向が強いものの、インドも含めたアジア太平洋地域での連携を視野にいれたとき、欧米に集中するのではなく改めて豪州の魅力を発掘する必要があるのではないか。このように課題を提起し、髙佐氏は当日の研究会を締め括った。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至)