日 時: 2025年12月15日(月) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 太田 志乃 氏
名城大学 経済学部 准教授
講演資料: 「第49回アジア・太平洋研究会講演資料」(
3.6MB)
YouTube [JST Channel]: 「第49回アジア・太平洋研究会動画」

太田 志乃(おおた しの)氏
名城大学 経済学部 准教授
略歴
2009年に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 博士後期課程を満期退学後、2019年まで一般財団法人機械振興協会経済研究所研究員として勤務。
2019年4月以降、名城大学 経済学部にて中小企業論、中小企業政策論を担当。
専門は産業論(ロボット、自動車、工作機械)、中小企業論。
シンクタンク勤務時から実態調査を主としており、企業の現場や関係者へのインタビュー調査を主とした研究を展開。
産業用ロボットやヒューマノイドロボットは、かつて日本のお家芸とされ性能等で世界のトップを走ってきたが、近年は中国の急速な追い上げが見られる。弊センターのポータルサイト「Science Portal China」でも報じたように、中国は今年に入りロボットのマラソン大会や世界運動会を開催しAI搭載エンボディド・ロボットの運動能力の高さを示し、ロボット弁論大会ではその思考能力の高さを示した。この状況を受け、今回はロボット、工作機械等の産業論に詳しい名城大学経済学部の太田志乃氏に中国のロボット産業に焦点を当てご講演いただいた。
まず、太田氏は中国のロボット産業の「強国」への道を4つのステップに整理して説明した。最初のステップは「中国製造2025(MIC2025)」を発表した2015年から2025年頃。「MIC2025」では10大戦略分野の一つとして「ハイエンド数値制御工作機械とロボット」を掲げ、2025年までに国産化率70%を目標とした。この時期、地方政府がロボット産業の導入を競い合い、産業園(産業集積)が増加。
二つ目のステップは、2020年から2025年頃であり、米国との貿易摩擦等の地政学的影響を考慮し、「MIC2025」という呼称の使用を避けはじめ、「双循環」戦略に移行。国内循環を重視し、技術の自立化と国内産業エコシステムの整備が進み、国産メーカーのシェアが拡大。外資依存度が高い「核心(コア)」技術への対応への関心も高まった。
三つ目のステップは、「新質生産力」(New Quality Productive Forces)が提唱された2023年からの時期であり、このフェーズは2030年頃まで続くと太田氏は予測。産業の重点はハードウェアからシステムやソフトウェアへと移行し、AIの組み込みを含む統合プラットフォームの構築が進む。マイケル・ポーターが示した産業クラスターのモデルのように、従来の産業園(産業集積)に研究開発拠点、大学、SIer(システム・インテグレーター)、スタートアップが組み込まれたエコシステムが形成され、金融・資本市場では関連企業の上場や投資が盛んになりつつある。
現状では、中国は「MIC2025」発表以降、中央・地方政府と企業が連携してロボット産業を拡大させてきた。2024年には世界の産業用ロボット導入台数54万台のうち中国が54%を占めるまで成長(注:後述のように、2024年には中国は導入台数の拡大と合わせ、産業用ロボットの国内市場も中国メーカーが5割強にシェア拡大)。一方で、関連企業の乱立が目立つとの報道もあり、今後の政府支援策の行方はやや不透明。
四つ目のステップは、2030年から2040年頃。中国は2049年の建国100周年までに「世界技術超大国」となることを目標に掲げ、国内だけでなくグローバル市場でも社会システムやインフラへの組み込みに強くコミットすると太田氏は推察。
続いて、中国ロボット政策の進展について、部品の国産化、シェア拡大、クラスター形成、政府支援の観点から太田氏にご説明いただいた。
ロボットの「核心(コア)」部品として重要な減速機、サーボモーター、コントローラの国産化が進展。中国市場では、2015~2018年頃はかなりの割合で外資に依存していたが、2023~2024年には減速機では中・低付加価値領域で国産化率が40%超まで向上、サーボモーターは約45〜50%に上昇、コントローラは中・低価格帯ロボット市場で国産化率が約35%に上昇。このように「核心(コア)」部品の国産化が着実に進んでおり、2020年の国産化率30%未満から2025年には60%を超えたとの報道もある。
2015年の中国国内の産業用ロボット市場のシェアは中国メーカーが約32%であったが、2024年には約59%まで伸び、特に自動車産業向けで急伸。例えば、自動車産業の自動溶接向けのロボットを販売している「EFFORT(埃夫特)」は2016年比で売上3倍に急増、「Estun(埃斯頓)」は、2025年にはローカリゼーション率(ロボットに搭載されている部品の国産化率)55.3%を達成、「Siasun(新松)」は事業を産業用ロボットだけでなく医療・物流ロボットにも拡大。また、協働ロボット(Cobot)の国内市場での国産化率は2023年〜2024年に約70%に達し、グローバル市場でも中国系約49%となった。
中国のロボット産業クラスターは、主に環渤海、長江デルタ、珠江デルタで形成されている。環渤海は重工業向けが中心。長江デルタでは「コア」部品の生産が目立ち、自動車工場が多いため、溶接や塗装向けのロボット導入も進んでいる。珠江デルタには協働ロボットやサーボ・FA(ファクトリー・オートメーション)制御の拠点がある。これらのロボット産業クラスターは、沿岸地域に従来から存在する自動車や電気電子製品の生産拠点に隣接し、そこからさらに拡大。
中国のロボット産業は、中国独特の政府の政策による市場形成の過程で、ロボット技術が大きく発展している。政府工信部は2015年〜2023年の間に約600社を「智能製造パイロット工場」に認定し、中国製ロボットを優先的に導入する仕組みを整備した。その結果、認定工場で中国製ロボットの導入が進み、中国製ロボットの生産台数の増加やロボットと工場内システムを結びつけるシステムインテグレーター(SI)の実績が急増した。また、政府プロジェクトとして医療施設内搬送ロボット、警備ロボット、清掃ロボットなどを採択した例も非常に多く、インフラ整備の名目で政府が大きくコミットした。一部地方政府では国産ロボット導入時に購入額の5〜20%を補助金として支援するなどして市場形成に貢献している。
以上のような「核心(コア)」部品の国産化、ロボット本体の国産シェア拡大、地域クラスターの構築、国産品優先政策・官公需(政府調達)・補助金からなる政府支援による産業育成策は別々に中国のロボット産業に寄与したのではなく、同時かつ多重作用により中国のロボット製造や普及の急伸に寄与したと太田氏は見ている。
現在、中国のヒューマノイドロボット産業は研究開発(R&D)のみの段階から市販化・量産化の段階への転換期にある。この発展の背景には、1)政府の産業政策とこれに基づく助成金等の多方面からの支援、2)ソフトウェアや制御技術の向上による身体能力や知能に優れたAI/フィジカルAIの急進展、3)人手不足に起因するヒューマノイドロボットの製造現場のみならず家庭、商業・公共施設における積極導入がある。また、中国政府が発表した「ロボット+」行動計画もこの発展を後押ししており、同行動計画では、10大重点分野(製造、農業、物流、エネルギー、医療、介護、教育、商業、建設、安全)における大規模な社会実装を推進している。
今年発表された中国のロボット企業受注額トップ10のうち6社はヒューマノイドロボットを主力とする企業であり、急速な市場拡大が伺える。例えば、2016年設立のUnitree Roboticsはグローバル展開と資金調達を重視しており、既に累計調達額と評価額はそれぞれ10億元、100億元を超え、2025年11月にはIPOの準備を完了した。同社の四足歩行ロボットは米国Boston DynamicsのSpotの1/6程の価格であることなどから非常に注目されている。UBTECHは2012年創業で、幅広い製品を扱い、世界40以上の地域で販売実績がある。2023年12月に香港証券取引所に上場した。
中国のロボット産業が現状のまま拡大するといくつかの課題が顕在化すると太田氏は考えている。
産業用ロボットでは、依然として「核心(コア)」部品を中心に外資への依存度が高く、中国企業が低・中価格帯市場に集中することで価格競争を招いているとの見解もある。150社以上の企業が乱立したことに対しても政府は警鐘を鳴らし始めている。利益率が低く差別化が進まない状態が続くと、中国独特の内巻式競争が激化する可能性もある。現場でロボットを十分使いこなすためのSIer人材の不足も関連の白書で課題とされている。
ヒューマノイドロボット産業については、「核心(コア)」部品や素材工学の未成熟、AIによる高度な全身運動制御(Whole body control)技術を実運用につなぐ人材の不足、バッテリー持続時間や安全性、作業精度などの課題が存在。産業用ロボットでは代替できない機能、能力の開発なども必要となる。
産業用ロボットとヒューマノイドロボット産業に共通する課題としては、技術人材の不足や補助金偏重政策による過度な導入が懸念される。また、中国版標準規格と国際規格(ISO)との整合性が取れない場合や第3者認証体制が整備されていなければ、海外展開の壁となる可能性もある。
太田氏は、今回挙げた課題については中国の政策文書等に対策が明示されていることから、中国政府も既に認識していると推察。対外経済貿易大学の西村友作教授が提示した中国式「挙国体制型」イノベーションのモデルによれば、中国では産業が①起業・研究開発、②社会実装、③大規模化のフェーズを経て発展し、政府はそれに応じて①支援、②黙認、③規制へとスタンスを変えると説明している。このモデルをもとに産業用ロボットとヒューマノイドロボット産業を考察すると、現在は社会実装が急速に進展し、企業の乱立等から政府は規制を開始する段階にある。今後は「量から質」への転換が進むと予測される。同時に、グローバル展開と国際標準化への参入を積極的に進めていくと見られる。産業がさらに発展するためには、政府主導から市場・技術主導への移行が鍵。これらの過程の中で、ヒューマノイドロボットも含め産業用ロボットによる「智能化強国」に向かうと考えられる。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 渡辺 浩司)