日 時: 2026年2月27日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 黄 福涛 氏
広島大学 高等教育研究開発センター 教授
講演資料: 「第51回アジア・太平洋研究会講演資料」(
768KB)
YouTube [JST Channel]: 「第51回アジア・太平洋研究会動画」

黄 福涛(こう ふくとう)氏
広島大学 高等教育研究開発センター 教授
略歴
専門は比較高等教育研究・高等教育国際化・研究大学論。
中国・日本・アジアを中心に、研究大学、大学教授職、科学技術政策と大学の関係に関する国際比較研究を行っている。
中国は研究開発費総額や研究者数、論文数・特許出願数などで世界トップクラスにあり、AIなどの新興分野でも成果の社会実装を進めている。一方で、基礎研究比率の低さやノーベル賞級の画期的成果の少なさといった課題も指摘されている。
そこで当センターは、広島大学 高等教育研究開発センター 教授の黄 福涛氏を招き、中国の研究大学に焦点を当て、国家戦略の下で強化されてきた大学・政府・企業の連携の特徴と実態を分析し、その国際的な意義を考察した。
黄氏はまず、中国大学の機能変遷を歴史的に整理した。
1950年代から1970年代にかけて、中国は旧ソ連型高等教育モデルを導入し、大学は理工系中心の人材計画のもと国家産業向け人材を供給する装置として位置づけられていた。教育と研究は制度的に分離され、研究は主として中国科学院などの研究所が担っていた。
1980年代から1990年代にかけての改革開放の進展により、この構造は転換する。大学院教育の拡大とともに研究機能が大学へ再統合され、研究評価制度も導入された。大学は教育と研究を兼ね備えた総合的知識生産機関へと再編され、大学における研究の位置づけは研究は大学ではなく科学院に任せるとの科学院中心モデルから大学自ら研究を行う大学中心モデルへの移行が進んだ。この時期が研究大学化への過渡期である。
2000年代に入ると、研究大学政策は本格化する。985プロジェクトは重点大学への集中投資と研究拠点整備を通じて研究大学化の基盤を築き、その後の「双一流」建設により学科単位での重点化と国家戦略分野との連動が進められた。研究評価制度や競争的資金制度の導入、国際化の推進により、大学は知識創出と競争的研究の中核へと位置づけられた。
しかし黄氏は、この段階においても成果転化・産業化との接続は十分ではなかったと指摘する。研究大学化は進展したものの、研究成果を社会実装へ結びつける制度的回路は未成熟であった。
同時に、高等教育体系の機能分化も進んだ。頂点には重点支援を受ける「双一流」研究型大学147校が位置し、中位層には総合大学や地方大学、下位層には職業教育機関や民営大学が分布する。2025年時点で高等教育機関は3,167校に達し、体系的分化が制度的に定着している。
成果としては、研究開発支出がGDP比2.54%(2022年)に達し、論文数・特許出願件数ともに世界最大規模へ拡大した。量的側面では世界トップクラスの研究生産体制が構築されたといえる。
他方で、技術移転や成果転化の効率は依然として課題であり、大学研究と産業応用の間には構造的断絶が残る。基礎研究比率の低さやブレークスルー型成果の限定性も指摘される。黄氏は、ここで重要なのは研究開発を行う大学、成果の実用化を行う企業、国の制度枠組みを整備する国家などの主体の能力不足ではないと強調した。基礎研究、人材育成、社会実装はいずれも一定程度機能している。そのような状態であるにもかかわらず統合的成果が生まれにくいのは、それらを結ぶ制度設計が弱いためである。問題は主体ではなく研究成果を実用化に結実させる間の「接続」にある。この認識が、後続の制度設計論へとつながる。
続いて黄氏は、制度設計が不可欠となった理論的背景について説明した。
黄氏によれば、中国の科学技術体制を理解する上で鍵となるのは、大学、企業、国家という三主体が、それぞれ異なる制度論理と時間軸のもとで行動しているという点である。企業は市場競争の中で短期的な収益性とリスク回収可能性を重視するため、不確実性の高い基礎研究には積極的に資源を投下しにくい。一方、大学は知識創出と人材育成を使命とし、評価は主として学術的成果や研究の独創性によって行われる。そのため、即時的な商業化との整合性は必ずしも高くない。さらに国家は、国際競争力や安全保障といった長期的戦略目標を担い、高リスク領域であっても継続的投資を行う必要がある。
このように、三主体はそれぞれ異なる時間軸と評価基準を有している。市場(企業)は短期、大学は中長期、国家は超長期を志向する。この構造的非対称性が、研究成果の社会実装を困難にしていると黄氏は指摘した。大学が優れた研究成果を生み出しても、それが自動的に産業化される保証はない。企業が技術ニーズを持っていても、大学の研究構造や評価制度と必ずしも整合しない場合がある。国家が戦略目標を掲げても、それを実施主体へと接続する制度的回路がなければ政策は機能しない。すなわち、問題は主体の努力不足ではなく、主体間を媒介する制度構造の欠如にある。各主体がそれぞれ合理的に行動していても、全体としては部分最適にとどまる可能性が高いのである。
したがって、研究から社会実装までを意図的に接続する制度装置が必要となる。黄氏が言う制度設計とは、単なる連携協定や個別プロジェクトを指すのではない。資源配分、評価制度、組織構造、人事制度、さらには法制度を含む包括的な制度枠組みの再編を意味する。
ここで黄氏は講演の核心命題を改めて提示した。「成果を規定するのは主体ではなく制度設計である」という命題である。重要なのは、どの主体が優れているかという能力論ではない。三主体をどのような制度的回路で結びつけるか、すなわち接続の設計思想こそが成果を左右するのである。中国では、連携を研究結果としてのシーズが生み出された後に事後的に補完するのではなく、制度レベルで統合的に再設計する方向へと転換が進められてきたのである。
前節で示された制度的分断という課題に対し、黄氏は中国における制度的対応の展開を分析した。
黄氏によれば、制度的分断への対応として、まず国家大学科技園が整備された。これは大学研究成果の転化や起業孵化を担う中間装置であり、大学と企業の距離を縮める役割を果たした。しかし、主として成果の出口段階に焦点を当てた装置であり、教育・研究との統合は限定的であった。
これに対し、2000年代以降形成された新型R&D機関は、より統合的な制度装置である。大学、地方政府、企業、研究機関が共同設立する独立法人として、研究開発から事業化までを一体的に運営する常設組織である。
その特徴は、複数主体の補完関係を制度化し、教育・研究・産業化を同一の制度空間内で再接続する点にある。接続は事後的調整ではなく、組織構造に組み込まれている。
さらに、2020年改正科学技術進歩法により研究大学は「国家戦略科技力量(国家戦略科学技術力)」の一部として法的に位置づけられ、2022年の「教育・科技・人材三位一体」理念は三政策の同時設計を明確化した。重要なのは、接続を後から行うのではなく、最初から統合的に設計するという発想である。
この理念の下では、財政配分、評価制度、組織編成、人事、戦略目標が統合的に設計される。新型R&D機関はその具体的実装形態であり、制度接続を体現する構造的ノードである。
黄氏は、中国における連携は個別主体の協力を超え、制度的に設計された接続構造へと進化していると総括した。
続いて黄氏は複数の実証研究を紹介し、制度設計の有効性について、理論的主張を経験的データによって裏付けた。
まず、新型R&D機関に関する2020年公式調査データの分析では、設立初期段階において政府および大学の関与が成果に対して統計的に有意な正の効果を持つことが示された。すなわち、制度装置の立ち上げ期においては、制度的枠組みを提供する政府と、研究基盤を有する大学の関与が決定的な役割を果たしていることが明らかとなった。一方で、企業の関与は初期段階では必ずしも有意ではない場合も確認された。これは、事業化能力が重要でないという意味ではなく、制度形成段階においては研究基盤と制度設計が優位に作用することを示唆している。
次に、企業レベルの実証研究では、研究所と企業との連携はイノベーション成果に正の影響を与える一方で、大学と企業の直接連携は必ずしも同様の効果を持たないことが示された。また、政府資金はイノベーション効率を押し上げる重要な要因として機能していることが確認された。これは、政府資金がリスク分担装置として作用し、不確実性の高い技術開発を可能にしていることを意味する。
さらに、大学レベルの分析では、政府研究資金および大学の研究基盤が連携効率向上に有意に寄与することが明らかにされた。加えて、地域経済条件も成果に影響を及ぼしており、制度設計は地域的文脈と結びついて機能していることが示唆された。特に、政府と大学が共同設立した機関は単独設立機関よりも安定的かつ高いインキュベーション成果を上げる傾向が確認されている。
黄氏は、これらの実証結果を総括し、成果の差異は主体の能力差というよりも制度環境の差異によって説明されると指摘した。政府は単なる資金提供者ではなく、制度設計者として制度的枠組みを構築し、各主体の行動を調整する触媒として機能している。制度装置の存在そのものが、主体の行動インセンティブを変化させ、成果を規定しているのである。
以上の実証分析は、講演冒頭で提示された命題、すなわち「成果を規定するのは主体ではなく制度設計である」という主張を経験的に裏付けるものであった。
最後に黄氏は、日本への示唆について論じた。
黄氏によれば、中国の制度構造は教育・科技・人材を同時設計する「統合設計型」に特徴づけられる。国家戦略と大学改革は直接的に接続され、制度化された中間装置を通じて研究から社会実装までが体系的に設計されている。これに対し、日本の科学技術体制は省庁間の役割分担と競争的資金制度を基軸とする「分散協調型」である。大学の自律性が重視される一方で、教育政策、産業政策、科学技術政策は必ずしも一体的に設計されているとは言い難い。中間装置の制度化も限定的であり、省庁間調整は個別政策レベルで行われることが多い。
もっとも、日本においても制度的再設計の試みは進んでいる。指定国立大学制度は大学の戦略的裁量を拡大する枠組みであり、COI-NEXT等の共創拠点形成事業は研究成果の社会実装を制度的に支援する試みである。また、ムーンショット型研究開発制度は国家ミッション型研究の導入を通じて戦略的統合を模索している。
しかし、黄氏は、本質的な問いは能力の優劣ではなく、「制度接続の設計思想」にあると指摘した。すなわち、日本に問われているのは、中間装置が十分に制度化されているか、研究成果の社会実装が構造的に設計されているか、省庁間調整が戦略的に設計されているかという点である。
講演の結論として黄氏は、中国の研究大学発展を能力向上の物語としてではなく、制度設計の進化の物語として理解すべきであると強調した。比較制度的視点から制度接続の設計思想を検討することこそが、今後の日本の科学技術政策を考える上で重要な課題である。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)