日 時: 2026年3月16日(月) 15:00~16:45 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師:
大塚 健司 氏
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター長
蒋 宏偉 氏
国立環境研究所 リスク・健康領域主任研究員
藤田 香 氏
近畿大学 総合社会学部教授
講演資料: 以下の講演タイトルをクリックしてご覧ください。
YouTube [JST Channel]: 「第52回アジア・太平洋研究会動画」

大塚 健司(おおつか けんじ)氏
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター長
「アジアのワンヘルス/中国野生動物保護関連政策の展開から」
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785KB) 公開終了日: 2027年3月16日
略歴
筑波大学大学院生命環境科学研究科博士後期課程修了、博士(環境学)。
1997年~99年北京大学環境科学センター(持続発展研究センター)にて客員研究員。
中国・東アジアの環境問題、水・環境・流域ガバナンス、持続可能性課題をめぐる越境的協働実践などについて研究。
著書に『中国水環境問題の協働解決論―ガバナンスのダイナミズムへの視座』(単著、晃洋書房、2019年)、『中国・淮河流域と貴州省石漠化地域を歩く』(共著、成文堂、2024年)、Interactive Approaches to Water Governance in Asia(編著、Springer、2019年)、『アジアの生態危機と持続可能性―フィールドからのサステイナビリティ論』(編著、アジア経済研究所、2015年)など。

蒋 宏偉(しょう こうい)氏
国立環境研究所 環境リスク・健康領域主任研究員
「プランテーション開発・生活変容と新興感染症リスク —ラオス南部焼畑農耕民の事例—」
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5.6MB) 公開終了日: 2027年3月16日
略歴
東京大学大学院医学系研究科博士後期課程修了、博士(保健学)。
東南アジア大陸部・南中国における農村開発・環境影響と住民健康への影響などについて研究。
論文及び著書に、"Association between physical activity and activity space in different farming seasons among rural Lao PDR residents," Tropical Medicine and Health 49: 73(共著、2021年)"Factors contributing to the pre-elimination of malaria from Hainan Island, China, 1986-2009," American Journal of Tropical Medicine & Hygiene 109(5)(共著、2023年)、Population Dynamics and Livelihood Changes of Small-Scale Societies in Laos, International Perspectives in Geography (IPG, volume 22)(共編著、Springer、2025年)など。

藤田 香(ふじた かおり)氏
近畿大学 総合社会学部教授
「アーバン・ワイルドライフ(都市型野生動物)をめぐる兵庫県の取り組みから」
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4.3MB) 公開終了日: 2027年3月16日
略歴
神戸商科大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。
日本、中国の環境問題をはじめとした地域課題解決に向けての調査研究をおこなっている。
著書に『環境税制改革の研究:環境政策における費用負担』(単著、ミネルヴァ書房、2001年)、『中国・淮河流域と貴州省石漠化地域を歩く』(共著、成文堂、2024年)、『貧困・環境と持続可能な発展 : 中国貴州省の社会経済学的研究』(共編著、晃洋書房、2011年)、『テキストブック現代財政学』(分担執筆、有斐閣、2016年)、『Governing Low-carbon Development and the Economy — Multilevel environmental governance for sustainable development(同、United Nations University Press、2014年)、『環境政策のポリシー・ミックス』(同、ミネルヴァ書房、2009年)など。
近年、新型コロナウイルス感染症をはじめとする新興感染症の世界的流行により、「ワンヘルス(One Health)」という概念が国際的に注目を集めている。ワンヘルスとは、人、動物、環境(生態系を含む)の健康は相互に密接につながっており、それらを統合的に捉え、持続可能な形で最適化していこうとする考え方である。第52回アジア・太平洋研究会では、JETROアジア経済研究所から2025年2月に出版された「アジアのワンヘルス-人・動物・環境の健康をめぐるリスクとガバナンス-」より、中国、ラオス、日本の事例を通じて、アジアにおけるワンヘルスの現状と課題について、同書の3名の著者よりご報告いただいた。
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所新領域研究センター長の大塚健司氏より、アジアにおけるワンヘルス・アプローチの特徴と、その具体例として中国の野生動物保護関連政策の展開について報告が行われた。
アジアでは1990年代以降、SARS、新型インフルエンザ、COVID‑19など、野生動物を宿主とする新興感染症が頻発してきた。いずれも動物から人へ病原体が移行するスピルオーバーによるものであり、人の健康が動物や環境の状態と密接に結びついていることを示している。
「ワンヘルス」の概念は、歴史的には、医学と獣医学を横断する「ワンメディシン」や、生態系と社会に注目する「エコヘルス」を経て発展し、近年では地球規模の人、動物、環境のつながりによる健康課題に対するアプローチとして位置づけられるようになった。国際的にもWHOなどが連携を強め、パンデミック条約にワンヘルスの考え方が盛り込まれるなど、制度化が進んでいる。
中国ではSARSやCOVID‑19の経験を背景に、野生動物保護政策が大きく転換した。2020年には野生動物の食用目的での捕獲・取引・輸送を禁止する決定が採択され、法改正により人獣共通感染症の予防や人と自然の共生が明記された点は、ワンヘルス的視点を反映した成果といえる。一方で、人工繁殖個体の扱いや例外規定など、実効性に課題を残す側面もあり、理念を社会や経済活動とどう両立させるかが今後の課題として示された。
国立環境研究所リスク・健康領域主任研究員の蒋宏偉氏より、ラオス南部における焼畑農耕民の生活変容と新興感染症リスクとの関係について、現地調査に基づく報告が行われた。土地利用の変化が、人と野生動物の関係、さらには感染症の発生リスクにどのような影響を与えているのかが、ワンヘルスの視点から示された。
東南アジア大陸部では、1990年代以降、プランテーション開発による森林減少が進み、生物多様性の損失が深刻化している。この地域は新興感染症の発生リスクが高いことが先行研究でも示されている。
調査対象となった二つの集落のうち、一方はパラゴムのプランテーション開発により現金収入を得るようになり、もう一方は伝統的な焼畑・狩猟・採集中心の生活を維持していた。比較の結果、開発が進む集落では労働時間が長く、焼畑の遠距離化などにより生活行動範囲が拡大していることが明らかになった。また、開発が進む集落は、栄養状態に改善は認められるものの、安定収入があるにもかかわらず成人の約4分の1が低栄養状態にあることが示された。両集落ともに生活維持のため森林への依存が続く中、野生哺乳類との接触機会が多く、開発が進む集落であっても餌不足に陥っている野生動物、生態系の劣化を踏まえると、長い労働時間や低栄養状態の住民の存在は感染症のスピルオーバーリスクを高める可能性がある。蒋氏は、急速な開発地域こそ、人・動物・環境を一体として捉えるワンヘルスの視点が不可欠であると指摘した。
近畿大学総合社会学部教授の藤田香氏より、都市部における野生動物問題、いわゆる「アーバン・ワイルドライフ」をめぐる兵庫県および神戸市の取り組みについて報告が行われた。都市化が進む中で、人と野生動物の距離が縮まりつつある現状と、それに伴う新たなリスクを、ワンヘルスの視点から捉え直す重要性が示された。
都市にはカラスやハト、ネズミに加え、近年ではイノシシなどの大型哺乳類も進出しており、人との接触機会が増えることで、農業被害や事故、人獣共通感染症といったリスクが高まっている。
背景には、個体数の増加や分布域の拡大、耕作放棄地の増加、人口減少、気候変動など複合的な要因がある。また、野生動物を「かわいい存在」と捉える観念的なペット化や、逆に過剰な忌避反応が、適切な管理や合意形成を難しくしている。
兵庫県は森林動物研究センターを設置し、科学的知見に基づく個体数管理や被害対策を進めてきた。神戸市では全国初の餌付けを禁止するイノシシ条例を制定し、市街地被害の抑制を図っている。しかしながら、一度人の生活に適応した個体への対応は難しく、駆除を含む判断には住民の理解も不可欠である。藤田氏は、都市の緑化政策や担い手不足といった課題にも触れつつ、ワンヘルスの視点から人と野生動物の関係を再構築する必要性を強調した。
紹介された中国、ラオス、日本の3つの事例に共通して示されたのは、人間の活動や暮らしの変化が、動物や環境との関係を大きく変え、その結果として新たな健康リスクを生み出しているという点である。これらの報告から明らかなように、ワンヘルスは単なる感染症対策ではなく、開発、保全、都市政策、社会的合意形成などを横断する包括的なアプローチである。人、動物、環境を切り離して考えるのではなく、その相互関係を踏まえた意思決定と行動が、今後のアジアにおける持続可能な社会の構築に不可欠であることが、本研究会を通じて改めて確認された。
(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 光盛 史郎)